1「十七番の場合」
あけましておめでとうございます!
今年も一年、よろしくお願いします
暗闇に乗じて、複数の影が敷地内へ足を踏み入れる。まだ二十歳に満たない少女たちだ。
息を潜め、気配を殺し、世界を包む闇に身を隠すようにコンクリート塀に囲まれた場所の中を進んでいく。
傍から見る限りでは何の変哲もない建物である。白で統一された壁はわずかに色褪せ、短くない時間そこにあったことが窺える。
視線のみを交わしながら少女たちは広い敷地内を進む。足音や呼吸にすら気を遣って進む姿にあるのは慣れで、四人いる少女の誰一人として労する様子はない。間もなく出入り口付近で立ち止まった。
身を隠した状態で警備員の位置を確認する。目に見える位置に立っているのは二人。
「猫も位置についたみたいやな。ほな、いこか」
赤縁眼鏡を押し上げた言葉に他の少女たちは各々頷きを示す。作戦の決行は告げられた。
戦闘で待機していた少女がほとんど同時に地面を蹴った。サイドテールにされた青髪で軌跡を描きながら、一蹴りで二人の警備員へ迫る。投げナイフで気付かれるより先に命を刈り取り、どこからか取り出したカラーボールを建物内へ投げ入れた。
カラーボールは床を弾んだ衝撃で白い煙を吐き出す。そこでようやく異変に気付いた者たちの頭上にスプリンクラーの雨が降り注ぐ。
慌てふためく相手に笑みを零し、青髪の少女は濡れるのも厭わず、建物内へ身を躍らせる。
「外は任せたで」
「承知いたしました」
「お任せを。わたくしにかかれば、造作もありませんわ」
作戦決行を告げた少女、赤縁眼鏡の彼女が追いかけるように建物内へ侵入する。場に残されるのは二人の少女だ。
ピンクの髪を膝の辺りまで伸ばした不思議な雰囲気の少女。
派手な赤いドレスを揺らす、高慢さを全身にまとった少女。
駆け付けた黒服を目に収めたと同時に赤い少女が古銃の引き金を引いた。
放たれるのは鉛玉ではなく植物の種。先頭に立つ男の足元を打ち抜いた種は即座に発芽し、後続の者たち諸共長い茨で拘束する。
「戦闘行動を開始します」
感情の灯らない機械的な声とともにピンク髪の少女の五指が変形する。距離を詰め、五指から弾丸を放つ。
身動きの取れない男たちに無感情に降り注ぐ弾丸の雨を避ける術はない。
「前方三十メートル先、敵影を確認」
「分かっていますわ」
古銃と五指、それぞれの銃口が次の相手へと向けられる。
――六湊町。水瀬家の支配が根付き、事実上の治外法権が認められた町。
第二の貴族街と謳われるこの街で一つの組織が暗躍する。
|MaveRick(異端者)と名乗る少女たちは弱者を屠る理不尽を糾弾する。
妙な騒がしさが鼓膜を叩き、十七番は目を覚ました。寝惚けなまこで目をこすり、冷たく固い床から身を起こす。
人より優れているらしい聴覚が離れた場所の騒ぎを拾い上げる。
銃声や怒号、悲鳴。いつもとは違う音に小首を傾げた。
「外で何かあったんでしょうか?」
非常事態と言うべき音を拾い上げながら、十七番の中に湧くのはそんな疑問だけ。
焦りも恐怖も生まれず、いつもとの違いを少し不思議に思うだけだ。
何せ、いつもと違うだけで、この音たちは十七番にとって日常に近いものだから。
十七番は実験体であった。人並みを外れた聴覚を買われ、幼い頃にここへ連れてこられた。
ここは表向きには医療品の開発製造を置こう会社であるが、裏では非人道的な実験を繰り返す研究所だ。ギフテッドやタレンテッドを始めとする天才的な能力を持った子供を集め、その才能の増幅や複製を目的とした実験を行っている。
二十年に満たない人生の大半を十七番はこの研究所で過ごしてきた。悲鳴や怒号なんてもの、日常と呼べるくらいには慣れている。十七番の耳には防音である実験室の音も拾えるから余計に。
だからこそ、聞こえる騒ぎを異常と認識することなく、そんな自分自身を異常とも思わない。
「こんなに騒がしいのはいつぶりでしょうか。三十七が死んで以来、いいえ、二十一が処分されて以来ですね」
事もなさげにそう言って十七番は立ち上がる。明かりのない部屋は暗く何も見えない。
とはいえ、十年以上もここで暮らしている十七番は慣れたもので、仄かな光を目指して壁まで歩く。
「二十一は泣き虫でしたからね。よく怒られていましたっけ」
今は亡き仲間の姿を思い浮かべては明るい語調で紡ぐ。そこに悲しみの色は欠片もない。
危なげなく壁際まで辿り着き、高い位置にある窓を覗き込む。
「わあ、今日は満月ですね!? まんまるですっ」
鉄格子を掴み、つま先立ちで窓を覗き込んだ十七番はその目を輝かせる。
真っ暗な空にたくさんの小さな点と、大きな丸がある。小さな点は星と言って、大きな丸は月というのだと後から入ってきた仲間が教えてくれた。
月は日によって形を変えて、丸いときは満月というのだと。教えてくれた彼女も死んでしまったが。
「んー、ここからじゃよく見えません」
騒ぎの正体を突き止めようと思ったが無理そうだ。ここは諦めて眠るしかない。
残念そうに息を吐いた十七番はその目に映ったものを見て、見開いた。元々大きくて丸い青碧の目をさらに大きくして目の前の光景を見つめる。
まんまるな月に影が差す。三角耳と揺れる二本の尻尾。
落ちていく影が見えなくなったのと同時に何かが近くに着地する音が聞こえた。
「今の音、すごく近いですっ」
つま先立ちをやめて、首を傾げる十七番。その耳は近付いてくる足音を捉えている。
「こっちに来てくれるんでしょうか!? 猫を近くで見るのは初めてです。どきどきですっ」
遠くで見たことはある。三角耳の毛もくじゃらを遠目に見つけ、猫という動物だと教えてもらった。
柔らかそうな毛並みを触りたいと思ったことを覚えている。
十七番を含め、実験体は外に出ることが許されていない。実験や検診で連れ出されるとき以外はこの狭く冷たい部屋の中で過ごす決まりだ。
本当なら複数人で部屋に収められるところだが、今この部屋にいる実験体は十七番だけ。
慣れてしまった孤独は十七番の心を揺らさず、猫に会えるかもしれない歓喜だけが胸を占めている。
近くに来てくれるのなら少しだけ触らせてもらえないだろうか。そんな考えの方が十七番には重要だ。
わくわくで、どきどきで、目を輝かせて足音の主を待つ。
廊下に面した壁は一面ガラスで、来訪者の姿が見えるようになっている。
すぐに一人の少女が姿を現した。少女は十七番の姿を目に収めて、眠たそうに落ちた瞼をわずかに上へ持ち上げた。
「びっくり」
耳を擽る声とは裏腹に表情は驚きを映し出していない。対する十七番は分かりやすく驚いている。
「あれ? 猫じゃありません。でも耳が……そういう種類ですか?」
猫にはいろんな種類があるとも聞いている。人間に似た猫もいるのかもしれない。
「違う。私は人間。これは服」
フードについている三角耳をつまんで答える少女。肩を擽る長さの癖髪を掻き上げて、十七番へ見せる。
「本物の耳はこっち」
「本当です。人間でしたっ。私の勘違いでした」
少女はこくりと頷いて、自分の耳をしまう。満足げにも見える少女を十七番は改めて見る。
年齢は十七番と同じくらいだろうか。三角耳――猫耳のついたフードの中に隠された顔は可愛らしく、眠たげな目がじっとこちらを見ている。感情を覗かせない、淡白な印象を受ける子だ。
「貴方は誰? ここの人?」
「私は十七番です。ここの人? ですかね。ずっといますからここの人ですっ」
「じゅうなな……実験体はみんな処分されたって聞いてたけど」
「それ、間違いです。私がいますから」
薄い胸を張って主張する。妙に得意げな表情の十七番を少女は首を傾げて見つめている。
彼女に見つめられるのは悪い気はせず、十七番もまたじっと見つめる。
「他にもいるの?」
「私ひとりだけです。三十七が死んだのが一ヵ月前なのでそこからずっと。前はもっといましたけど、みんな死んでしまいました」
仲間の死を明るい語調で語る十七番。ネガティブな感情を持ち合わせていないとでも言うように十七番は暗い色を欠片も見せない。
十七番にとって仲間の死は日常だ。今まで何人もの仲間が連れてこられて、そのすべてが死んでしまった。毎日のように誰かの死が告げられていたときもあって、それが当たり前の世界で生きてきた。十七番はここ以外の世界を知らない。
実験体として生きてきた時間が十七番のすべてであった。それより前のことは幼すぎてよく覚えていない。
そんな十七番の歪さを気にするふうもなく、無感動な少女は必要な情報だけを拾い上げる。
「蛇、実験体の生き残りを見つけた。……うん、一人だけ。どうする?」
少女は誰かと話しているようだ。相手の声は聞こえないので電話だろうか。
研究員たちが電話している姿は何度か見たことがある。少女の言葉から察するに十七番のことを話しているらしい。自分のことを他人事のように考えながら、十七番は事の行く末を見守る。
「わかった」
話が終わったようで眠たげな目が改めてこちらを向いた。知らず、背筋を伸ばす。
「出てこられる?」
「鍵がかかっているので無理です。開けてくれたら出られますよ」
「鍵。……カードキー?」
実験体が勝手に逃げ出さないよう、この部屋には常に鍵がかけられている。窓にも鉄格子が嵌められているので、運動もほとんどしていない少年少女の力で逃げ出すのは難しい。十七番は逃げ出そうと考えたことなどないが。
鍵の位置を確認した少女は黙して考え込み数秒、銃を構えた。
「離れて」
言われるがままに十七番は距離を取る。それを確認した少女が引き金を引く。
発砲音が二回。強化ガラスに二つの穴が穿たれた。穴を中心に広がっていく皹を目掛けて蹴りを放つ。脆くなった部分を狙った一撃で、ガラスは粉々に砕け散った。
派手な音に思わず耳を塞ぐ十七番と向かい合う形で少女は立つ。
「一緒に来てもらう」
「はいっ、分かりま――」
最後まで言い終わる前に首に衝撃が走り、十七番の意識を奪った。
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