7. あの日の約束
9年前の夜。
この世を去った1人の女性を弔うかのように広い空も大粒の涙を流していた。
カイヤは母の形見のネックレスを手に棺桶の前を絶対に離れようとしなかった。"死"という概念をはっきりと理解できないような年齢だったが、それでももう二度と母親に会えないのだということは感じ取っていた。
冷たい雨の中、顔を伏せているカイヤの隣で傘を差しながら、実の母親ではない彼女の死に私が涙を流してもいいのかと戸惑っていた。
「おかあさん...... おかあさん......」
雨音と共に聞こえるのは苦しそうな言葉。
そんな悲痛な叫びを止めてあげたくて必死に言葉を探すが、正解を見つけるには経験も知識も足りなさ過ぎた。
それでも小さな頭で一生懸命考え、なんとか捻り出した言葉は簡単な言葉だった。
「私が側にいるからもう泣かないで」
今考えれば、お前が母親の代わりになどなれるものかと言われても不思議ではないが、あの時はこれが精一杯の答えだった。
自分が一人ぼっちにならなかったのは、そばにいてくれた3人の暖かい家族のお陰だから。寂しい時は誰かが側にいれば、その穴を埋められるのだと幼いながらに感じていた。
だから、一人ではない、そばにいるとどうしても伝えようと思ったのだった。
その言葉を伝えた後、カイヤがどんな反応をしたのかはもう覚えていない。だけど、あの日した一方的な約束は時間が経つごとに2人の約束になっていって、いつの間にか本当の家族になっていた。
そんな約束を結んだ日の思いは、9年経った今でも何一つ変わっていない。楽しい時は一緒に笑い、悲しい時は共に支え合えるよう、必ず側にいること。
その約束を破ってまで叶えたい夢などあるはずがない。この思いに嘘はないということだけはどうしても伝えたかった。
「昨日言ったことに嘘はないよ。これは私が望んで得た印じゃない」
そばにいると約束したのに、ロードルへ行くほど強い願いがあることを黙っていた。家族という存在に人一倍執着心を持っているカイヤにとって、それが何よりも許せなかったのだろう。
一人残されることへの不安や、たとえ離れたとしても応援するのに信用して貰えなかったことへの悔しさ。彼の怒りはそれらの感情が絡まって生まれたものだ。
冷静さを取り戻し真っ直ぐに自分の言葉で伝えると、カイヤはゆっくりと私の顔を見た。
「......ごめん」
カイヤは自分が取り乱していたことに気がつくと、少し距離を取る。まだ残る熱を覚ましながら本当かどうか見極めようと私の目を見る。少しすると私の言葉が真実であると認めたようだった。
「でも、それなら余計に......」
言いかけて再び口を紡ぐ。
それなら何故、印が発現したのか。
きっと彼が聞きたいのはそれだろう。しかし、その先の言葉は伝えられずに飲み込まれた。
「......いま冷静に考えれる気しねぇから、ちょっと頭冷やしてくる」
問い質すとまた同じ状況に陥ってしまうと判断したのか、カイヤは静かにそう言った。
「サノスのおっちゃんには俺が適当に伝えとくから、今日は休んでろ」
いつも通りの優しい声色だったが余裕のない様子で、伝えた後は返答も聞かずに部屋を出て行った。
しんと静まり帰った部屋に残ったのは、受け入れきれない現実とショートしそうな思考回路だけだった。




