6. 選ばれし者
「何言って......」
真剣なその表情に緊張が伝わってくる。
ロードルに挑む事を神に許された者にのみ発現する"願いを抱く者の印"。ロードルを目指す者であれば喉から手が出るほど欲しがる印。
そんなものが私に印が発現するはずないじゃないか。心の底から渇望するような願いなど持っていないのだから。
そんな真剣な表情で冗談を言われたら勘違いしてしまうだろう。それとも何か見間違えたのだろうか?
そんな考えの中、ゆっくりと鏡に目を向けた。
「............。」
人は本当に驚くと声が出ないものだと聞くが、それはどうやら本当らしい。
小さい頃、ロードルへ挑戦した人物に会う機会があったのだが、彼女が見せてくれた印は淡く輝いていて、とても美しかった。
その紋様は今私の首に発現しており、同様の輝きを放っている。
自分の首元に浮かぶ"願いを抱く者の印"は、見間違いようがない本物だった。
これは現実か?
私は、ロードルへ行けるのか?
神に選ばれたのか?
どんな願いも叶えることができる挑戦へ?
だが、何を叶える?
なぜ私が? 何のために? どうして?
尽きることの無い疑問。
鏡の中の自分を見つめながら、これが現実であると認識できずに押し黙っていると、耐えかねたかのようにカイヤが口を開く。
「それ、本物だよな」
「昨日俺に気使って願いは無いって言ったのか......?」
悲しそうに、そして話してくれなかったことを悔しがるように静かに呟いた。
カイヤのこんな表情は見たことがない。
先程まで夢だと信じていた頭が、途端にこれは現実だと認識させてくる。
寝起きでぼーっとしていた頭に水をかけられたような気分だ。
「......違う」
この生活を手放してまで手に入れたい願いは無いと言ったことに嘘はない。昨日言ったことに、そんな意図は決して無かった。
「何が違うんだよ」
少し震えたその声は張り詰めていた空気を切り裂くように発せられた。あっという間に燃え広がる火花のような声色。
思わずカイヤの視線から隠すように首元に触れると一歩後ずさった。
「それは願いを持ってる奴にしか現れない印だ。俺だってそれくらいわかってんだよ」
首に触れた腕を少々乱暴に掴むと言葉の端々に熱が篭った声で続ける。
わからない。
なんで発現したのか。
なぜ選ばれたのか。なぜ今なのか。
私が望んでいる願いが何なのか。
「言いたくないなら別に言わなくたっていい」
カイヤは、強く握っていた手を離すと吐き捨てるようにして言った。
様々な本を読んだが、一貫してロードルに挑戦する者には明確な願いがあった。
不治の病にかかった妹を治してあげたい、村の英雄になって両親に認められたい、強い力を手に入れて不公平な規則を変えたい。
本だけじゃない。実際にロードルへ行った彼女だって揺るぎない願いを持っていた。
だが、私はどうか。
昔からロードルへの興味はあったが、そんなのこの世界に住んでる人なら大半が考える程度のこと。どんな世界が広がっているのか、神はどんな姿なのか。知りたいと思う者の方が多いだろう。
ロードルに関して長い長い論文を書いている人でさえ、実際に行った人から話を聞いて書いている人が多い。私なんかより実際に目で見て研究したいと願う気持ちは強いに決まってるのに。
それなら印が発現した理由は?
私が選ばれたのは何故。
そんな思考で頭は一杯になる。
だが、今は目の前の問題を先に解決しなければいけない。自分の心の整理は後回しだ。
全てを理解してもらう必要はない。
これだけは知ってて欲しいこと、どうしても伝えたい本当の思いだけが伝わればいい。
ごちゃごちゃした頭から、自分の伝えたいことを辿るとひとつの言葉を紡ぎ出す。
「私は、カイヤを1人にするような願い事は絶対しない」




