3. 叶えたい願い
「そういえば、町で話聞いたけど今年は開門の年なんだろ?」
少し重たくなった空気を入れ替えるように、いつも通りの口調で私に言葉を投げかける。
"開門の年"
10年に一度開かれる願いの塔"ロードル"の扉。今年はその10年に一度の特別な年だ。
「ヤヅキはロードルに入ってみたいのか?」
自分が飲み終えたマグカップに水を注ぎながら言う彼はロードルに興味が無く、ロードルについての本を読んでいると、私のことをいつも不思議そうに眺めていた。
「そうだね。興味はある」
中にはどんな世界が広がっているのか、神はどんな姿をしているのか、どんな方法で願いが叶うのか、知りたいことは山ほどある。
「でも、ロードルって叶えたい願いがある人しか入れないんだろ? ヤヅキは何か願い事があるのか? 昔から興味持ってただろ?」
当たり前と言えば当たり前の質問。
どうしても叶えたいと渇望する願い事がある者にのみ"印"は発現し、塔に挑むことを許される。ロードルに興味を持つということは何かしら叶えたい願い事があるということ。そう捉えるのが一般的だ。
しかし、私にはこれといった願い事は無い。今の生活に不満はなく、孤児にありがちな親探しの旅なんてするつもりも毛頭ない。
ただ、ロードルという存在について知りたいと感じ、願いの塔に関する本を読んできただけだ。
「私はロードルに興味があるだけで叶えたいことがあるわけじゃ無いよ。ただ、みんなが望むものがどんな姿をしてるのか知りたいだけ、だと思う」
私自身にもまだ確証がない考えを伝え、飲み終えたマグカップをカイヤの元へ持っていき同じように水で流す。
「なんだよ、そのあやふやな答え」
自信のない返答が面白かったのか少し笑いながら此方を見る。
「でも、よかった。ヤヅキに印が発現したら一人でロードルに行っちゃうだろ?願い事が無いならあと10年はまだ安心してられるな」
冗談まじりに話しているが先程の話とも重なり、少し寂しそうにしているのがなんとなく伝わってくる。
大切な家族のそばに居られる今が私にとっての一番の夢だ。この時間が続くのなら私が望むものは他に何もない。
「カイヤは願い事、ないの?」
物心つく前からお世話になっているラックルス家。血が繋がっている訳でも無いのに本当の家族のようにそばに居てくれる彼ら。
もしも願い事があるなら、叶えてあげたい。
「んー、欲しいものはみんなここにあるし。もっと狩りが上手くなりたいって思うけどそれは俺自身でしか変えられないし」
毎年行われる町の狩猟大会で、現在2年連続優勝している彼だが、その実力に驕ることなく毎日欠かさず鍛錬を続けている。彼にとって、皆が望む実力は自分の努力で叶える目標であり、願うものではないようだ。
「願い事は何も無いかな。俺の大切な人が幸せならそれで充分」
いかにも彼らしい返答に思わず口元が緩んだ。今のこの生活が私にとっても1番の理想であり、カイヤとリアムさんが幸せであるのなら他には何も要らない。
「そっか」
同じ考えであることが嬉しく、笑みが溢れる。
「リアムさんがいつ来てもいいように、そろそろ夕食の準備しようか」
お互いマグカップを片付け終わり手が空いたところで、19時を指し示す時計の針を見ながら言う。
「あぁ、そうだな」
明るくいつも通りのカイヤ。
少し暖かい時間が秒針の音と共に流れていく。このまま変わらない日常が続くのだろうと心のどこかで信じながら。




