4. 蛇と獣
私の願いは...
トワさんの合図で、それぞれがクリーションを握って願いを込め始めるなか、私はクリーションに伝える願いを探していた。
〈託された願いを叶えること〉
......クリーションに変化はない。
〈ロードルの頂上へ行くこと〉
......変化なし。
〈願いから自由になること〉
......変化なし。
言葉を切り貼りしながら幾つも考えてみるが、クリーションは一切反応を見せない。
周りから成功したという声が聞こえ始め、焦りも加わるが手の中の神物は、知らないふりを決め込んでいる。
願いを勝手に託したのなら最後まで面倒を見てくれと溜息を漏らすが、その願いさえも届かない。
トワさんは、クリーションへ願いを込める作業は、祝福を使うための第1ステップだと言っていた。このまま願いが分からずにいれば、この先祝福を使うなんて無理なのだろう。皆が神に与えられた特別な能力を使う中、何も持たない私に何が出来る?
そんな風に物語の結末を絶望的に捉えているとトワさんから声がかかった。
「どうかな、上手くいってる?」
周りを見渡すと半数は願いを込めることに成功したようで、それぞれが己のクリーションの輝きを眺めている。
「自分の願いが、分からなくて......」
握った手を開き、無色透明なままのクリーションを見つめ呟くと、トワさんはそっかぁと笑って顔を覗き込んできた。
「焦らなくても大丈夫だよ、願いって複雑なものだから言葉にするの難しいって人も多いんだ。早ければいいって訳じゃないし、もう一度ゆっくりやってみよ」
と肩を優しく叩き深呼吸するように言われる。
言葉にするのが難しい、以前の問題だという事実が余計に自分を追い詰める。自分の願いを知らずにこの場に立っている人なんて居ないのだから。
ロードルに挑戦すると決めた時点で覚悟はしていたし、旅の間ずっと考えて来たことだが、結局私は私の願いを知らないままだ。
もう時間はない。このまま何も変化が無いということだけは避けなければならない。
いま私に残された選択肢は、クリーションにひたすら願いを伝え、輝くことを祈るだけ。
トワさんが少し離れるともう一度目を閉じて願いを込めようと意識を集中させる。
〈私の願いは...〉
そう考え始めた時、会場の入り口付近から大きな音が聞こえて来た。
「俺も参加するぞ!!!」
観音開きの扉を突き破る勢いで現れたのは、大柄な男性。
何事だ、と思わず目を向ける。
あまりに唐突なことに、願いを込めようと必死になっていた人達も、クリーションを眺めていた人達も静まり返って、一斉に彼に目を向けた。
「俺はガオラ・ラジャードだ!!」
そんな私達の反応は気にも止めず、大音量で自己紹介する彼は、よく見ると列車で暴れていた獣人の男性だった。
列車では、騒動自体に集中していたため気が付かなかったが、彼は虎の特徴を持つ家系の生まれのようで、黄色がかった毛色に黒系の不均一な模様が入っている。
「それくらいにして、落ち着いて下さい」
ガオラと名乗った彼に声をかけたのは、腕を組み一緒に会場へ入ってくるモノさん。
「モノ!!!」
トワさんが嬉しそうに駆け寄ると、進行は上手くいっているかと問いながら会場内を観察し始める。
「今はクリーションへの接続中、あと3人で完了だよ〜」
質問通り進行に関する報告を行うと、長い尻尾を揺らしている彼の方を見て、少し声のトーンを落とし言葉を続ける。
「ガオラ君が来れるようになるのって明日じゃなかった...? 私がミスしちゃったから...」
最後の方は消え入るような声で申し訳なさそうに言ったトワさん。そういえば、クリーションを渡される際に、参加できる状態じゃないと言っていたのは彼のことだったのか。思い返せば、列車の騒動を落ち着けた時、アインスさんに薬の量が間違っているのではないかと指摘を受けていた。ミスとはきっとそのことなのだろう。
「お、お前!! あの時の!!」
そんなトワさんの話を聞いていると、当の本人も何かを思い出したようで大きな声をあげる。黒い縞模様の入った長い尾は、毛を逆立てて膨らんでいた。
「解毒剤を打った後すぐに回復したそうです。もともと何らかの耐性があったのでは無いかと」
モノさんの説明を聞くと、トワさんはなるほどと頷き、威嚇の姿勢をとる彼にゆっくりと近づいた。
「ごめんね。傷つけるつもりは無かったんだけど、早く落ち着かせなきゃって焦っちゃって......元気そうで良かったよ」
目の前でしゃがみ込むと謝りながら、低い姿勢を保つ彼の頭を撫でるトワさん。その光景は異質であったが、暫く警戒していた彼も触れられることが段々と心地よく感じて来た様子で、気がつけば穏やかな表情を見せていた。しまいには腹を上に向け撫でられるほどに。
「俺は強いから平気だぞ...」
喉をゴロゴロと鳴らしながら言う彼の姿は、列車で大暴れしていた姿とは似ても似つかない。あの凶暴さは見る影もない。
あまりの変わりように皆驚いていると、モノさんは小さく溜息をついた。
「トワは獣に関する力を持っているので扱いに長けているんです」
私達に簡潔に説明を済ませると、トワさんの方へ向き直り声をかける。
「彼が獣人であったことに感謝して下さい。耐性もあったため軽傷でしたが、他の種族の人間であれば致死量でした」
その言葉に一瞬空気が張り詰め、撫でられている当人もハッとするような表情を見せたが、止まらないトワさんの手にまた穏やかな表情に戻る。
「...ごめんなさい」
子犬のような瞳で見上げて謝罪するトワさんに危うく騙されそうになるが、致死量の薬物を注入したという事実に躊躇する。
次はありませんよ、と軽く受け流す2人の会話に追いつけないまま、モノさんは何事もなかったかのように連絡を伝え始める。
「本来はアインスがこの班のサポートを担当するはずでしたが、問題が生じたため私が同行することになりました」
よろしくお願いします、と改めて自己紹介しながら淡々と説明するモノさん。
これからは2人でこの班を担当してくれるということか。その連絡に、祝福の影響を受けなかった件について直接聞ける良い機会だと思う一方、どうしてもあの獲物を狩るような目に怯んでしまう自分がいる。確信はないが、彼女は私が自分の願いを持っていないことを知っているように感じるのだ。そして、それを責め立てているようにも。
「では、上手く接続できていない方から私が手伝わせていただきます。接続を完了した方はトワの指示に従って待機していて下さい」
全員を見渡しながら今後の進行を伝えるモノさん。その言葉に何だか嫌な予感がして思わず身をこわばらる。
「それでは、貴方から始めましょう」
こんな時ばかり勘は働くもので、蛇に睨まれた蛙の気持ちを味わいながら、目の前に立ったモノさんの言葉に従った。




