2. 大切な人
リストにある品全てにチェックが付き、家路に着く。
「ただいまー、親父帰ったぞ」
カイヤの父であるリアム・ラックルスが営むのは彼の親の代から引き継がれている本屋。この町唯一の本屋であり、じっとしていることが苦手な狩猟の民が読書に自ら触れるようになったのは彼のおかげと言っても過言じゃない。
「おー、おかえり。外は寒かっただろ」
買い物かごを受け取りながらカイヤの肩をとんとんと叩く、髭を蓄えた優しい琥珀色の瞳のリアムさん。
「執筆始めたら他のことほっぽり出すのは昔からの悪い癖だなぁ。買い溜めが切れそうだったのに忘れてしまってたよ」
申し訳なさそうに言う彼は、これまで様々な物語を生み出してきた街でも有名な作家だ。
「いや、こんぐらい全然手伝うから無理すんなよ」
カイヤがそう言うとリアムさんは嬉しそうに笑い、温かいマグカップを渡す。
「お前はエリシアに似て優しい子に育ったなぁ」
彼は懐かしそうに妻の名を口にした。
エリシアはカイヤの母であり、9年前に病気で他界している。柔らかい花の香りのする、とても優しい方だった。身体は弱かったが外に出るのが好きで、4人で散歩に出掛けた日のことを今でも覚えている。
「ヤヅキもありがとう、これでも飲んでゆっくり休んでくれ。私は明日まで机に引っ付いたままだろうから」
冗談めかした口調でマシュマロの溶けたココアを手渡すとカイヤにそっくりな悪戯な笑みを浮かべる。
「今回もいいのが書けそうだぞ、楽しみにしててな」
一番の読者である私にそう言い残し上機嫌な足取りで自室へと戻っていった。
リアムさんの新作、今度はどんな世界を覗けるのだろうか。
あったかいココアで身体が温まるのを感じながら、またひとつ日常の楽しみが増えたことを嬉しく思う。
冷たい指先がマグカップの温度で暖まり始めた頃、物思いに耽っていたカイヤがぽつりと呟く。
「...母さんに似てる、か」
普段明るい彼が少し気落ちした様子で、まるで自身に問うかのように口にした言葉。まだ幼かった頃にこの世を離れてしまった母親を思い出したのか、少し遠くを見つめながらココアの入ったマグカップに口をつける。
「俺と母さんって似てた?」
ぼんやりと、だがほんのりと喜びも感じられる声で私を見る。
「......あまり覚えてないけど、優しくて暖かい感じは似てるかな」
薄れた記憶を辿りながらカイヤとエリシアさんの姿を重ねる。
いつも本当の家族のように接してくれた彼女。短い間だったが私にとっても母親のような存在だった。太陽のような笑顔で、優しく手を握ってくれた姿は、カイヤにその面影を残している。
そっか。と小さく呟くと少し考え込み、また口を開く。
「ヤヅキは寂しくないのか?」
口元に運びかけたマグカップを静かに机に置いた。
カイヤに投げかけられた1つの質問。
それは彼の母エリシアさんにもう会えないことに対してか、それとも私に"血の繋がった親がいないこと"についてか。
カイヤがどんな意図で私に聞いたのか、私にはわからない。だが、前者であれ後者であれ答えはひとつであることに変わりはない。
私達の元を去った方をいつまでも引き留めてはいけないから。
記憶にもほとんど残っていない親なんて必要じゃないから。
そして、それ以前に私には家族と呼べる人が2人もいる。だから。
「寂しくないよ。」
私が感じている私の中の答え。
カイヤは少し微笑むと納得したようで飲み終えたマグカップを机にそっと置く。
「そっか。なんかごめんな。急に懐かしくなって」
恥ずかしそうに顔をそらすと、椅子から立ち上がり台所へと向かう。
彼が今感じている感情を埋められるような言葉を、最も正解に近い言葉を探したが、生憎そんな気の利いたものは持ち合わせていないようだった。
ココアが溜まったカップの底を見つめながら、少し笑って大丈夫と口にした。




