13. 知らぬ常識
「あらら、アインス行っちゃった。みんなびっくりしたよね、ごめんね〜」
トワさんはアインスさんが離れていくのを止めることなく、戸惑っている皆に明るい声で呼びかける。
「アインスが言うようにね、私達は君達を騙したりする気は無いよ。使者はより多くの人がロードルに挑戦して願いを叶えられるように導くお仕事だからね」
そう言うと質問者の青年に向かって笑い、だから安心してねと声をかけた。
「あ、えっと、あとね。さっきの質問なんだけど、神力の話は今後も重要になってくるから今のうちに簡単に説明しておくね」
さっきの質問というのは茶褐色の彼がした、印を持たない者がロードルに来たらどうなるのか、と言う話だろう。少年がもしあのまま居たらどうなっていたのか、みんな興味津々で耳を傾ける。
「まず、神力っていうのは分かりやすく例えると"海水"みたいなものなの。んで、私達は淡水魚。まぁ正確にはちょっと違う所もあるんだけど、大体はそんな感じだよ」
身近なものを例えに挙げながら、淡水魚は海水の中では生きていけないでしょ、と話を続ける。
「でね、印はその海水から私達を守る真水の膜を張ってくれるものなの。選ばれし者だけがロードルに来られる理由はコレが大きいよ」
そう言われ自身を振り返るが、例えられた膜とやらを感じることは出来ない。簡単に認識できるようなものでは無いのだろう。
「質問に戻るとね、印が無い人は守ってくれる膜が無い状態なんだよね。それでどうなるかって言うとね、最終的には全部が溶けてドロドロになっちゃう、ってのが答えだよ」
先程までの笑顔は保ったままだが、目の奥から感じる冷たさは列車で見た時のトワさんの姿と重なる。あまりの急な話に処理しきれないでいる我々を横目に、説明を続けるトワさん。
「私達はもともと神様の創造物、だから神力と一つになろうとする性質を生まれつき持ってるの。守ってくれる印が無いと、神力は段々身体に入ってきて要らないものをどんどん外に出し、空いた所にまた入ってくる。そして遂には、場所を空けるために内蔵まで吐き出しちゃって内側から崩れてしまうの。これが印を持たない者がロードルに留まると迎える結末だよ」
口調は明るいままだったが、それがより一層恐怖を掻き立てた。
「詳しい説明はワストテロス側の人達と合流したらまたされると思うけど、知識は多い方がいいもんね」
そう言うと安心させるかのように笑顔を向けるトワさんだったが、話を聞いていた者がどんな感情を抱いたのかは言うまでもないだろう。殆どの人は血の気が引き、先程の少年がここに留まっていたらと想像した。
そして、自分自身の印がもしも無くなってしまったら、と。
「ごめん、ごめん。怖がらせちゃったかな。でも、印が消えるなんてことは無いから安心して大丈夫だよ。それに、神力はこれから無くてはならない存在になるから身構えずに普通の空気と変わらないって考えて大丈夫だよ」
そんな考えを感じ取ったようで、トワさんは皆に声をかける。
「じゃ、気を取り直して合流場所に向かうよ〜!」
先程までの冷たい印象は消え、少し真面目な声色から底抜けに明るい元の振る舞いに戻り、片腕を振り上げると歩き出した。
「......俺、他人事には思えねぇや」
皆が一瞬感じた恐怖を飲み込み進む中、隣を歩くカイヤが小さく呟いた。
それもそうだろう。もしも使者が訪れたあの時、印が発現せずに一緒にこの場に来ていたとしたら、アインスさんに連れて行かれたのは少年ではなくカイヤだったかもしれない。
「気ぃ引き締めていかねぇとな」
気合を入れ直したカイヤの言葉に頷くと、再び始まったトワさんのガイドを聴きながら一歩一歩進んだ。
「到着!!!」
そう言って両腕を振り上げたトワさんの後ろには80人程の団体が集まっている。トワさんの案内で連れて来られたのは、エスペラのどの地域にも見たことがない様式の建物で、神殿に近い雰囲気が漂っている。
「あっちにいる人達がワストテロス側から来た君達と同じ願いの印を持つ者だよ。海上列車No.17のメンバーはこれで全員!」
そう言うとワストテロス側の先導者であろう人物に手を振った。
「ライバルではあるかもしれないけど、広い意味で見たら同じ日に列車に乗った仲間でもあるからなるべく仲良くね」
と言うトワさんの話を聞きながらも、私はひとつ気になっていることがあった。
「思ってたより少ない......」
本で読んだ数少ない情報では印を得る者はエスペラ全土で8千人いるかいないか、と書かれていた。しかし、ここにいるのは私達を含めて150人程度。列車は全部で25回運行するため、単純に計算すると3800人程にしかならない。
印が発現したとしてもロードルに来ることが出来ない状況の人間、というのは存在するだろうが、それを考慮したとしても少ないと感じる。
「倍くらいは居ると思った?」
そんな風に考えていると背後から明るい声がかかる。驚いて振り返ると私の目を覗き込むようにして立っていたのは、先程まで先頭にいたはずのトワさん。
「150、150で合計300人以上、この場にいないと計算合わないよね?」
突然声をかけられ戸惑っている私と目を合わせると、にっこりと笑いながら問いかける。
「そう、ですね。昔読んだ本には8千人程度と書かれていたので」
そう答えると、だよねだよね、と頷くトワさんに周りの視線が集まった。
「実は、年々印を授かる人々は減っていってるの。君が読んだ情報の時に比べると半分以下、塔ができた当初と比べると5分の1程度まで減ってるんだ」
そう言うときょとんとしている内の1人だったミナカに質問を投げかけた。
「赤髪の君はどうしてこんなにも減ってると思う?」
突然の話に考え込むミナカだったが、少しすると直ぐに答えを出した。
「願いを叶えたいと思う人が減ったから、ですかね......?」
自信なさげな様子を見せるが、トワさんは嬉しそうに同意すると解説を始めた。
「そうなんだよね、彼女が言うように願いを叶えたいと思う人が減ってるの。それが何でかって話なんだけど、ざっくり言っちゃうと"願い"ではなく"欲"を持つ人が増えちゃったんだよね」
願いと欲。この2つは似ているようで違うものだと話すトワさん。
「願いは目的で、欲は手段って言えば分かりやすいかな。例えば、"幸せで豊かな家庭を築きたい"これが願いだとしたら、"お金が欲しい"これは欲なの。目的を叶えるための手段であるはずの欲が、段々と目的を見失って願いに勝ってしまってるんだ。これが原因」
未だにきょとんとしている人が多い中、トワさんは笑顔で全員を見渡す。
「何が言いたいかって言うとね、君達はそんな人が増えていってる中、強い願いを持ってロードルに挑む特別な存在なんだってこと。だからね、これから大変なことが沢山あると思うけど、負けないで最後まで頑張るんだよ!」
これまでで一番眩しい笑顔を見せるトワさんの言葉を噛み締めると、建物内にアナウンスが響いた。
『ロードルに挑む選ばれし方々、会場中央にお集まり下さい』




