12. 神の領域
「みんな長旅お疲れ様!いかにもグッタリって感じだね、そうだよね〜」
列車から降りると広場のような場所に案内された。ここから見えるのは山の頂のような巨大な建造物の足元のみ。
相変わらず、空気は粘度が高く気持ちが良いものではない。最初に感じた違和感に比べれば問題無いが、物理的に空気が重いと感じるのはこれが初めてだ。一歩一歩の足取りが重たく感じる。
「でも印がある君達なら、すぐ慣れるから心配しなくても大丈夫だよ」
違和感を背負いながらも、初めて見る神の領域の姿を目に焼き付けようと辺りを見回す私達に、元気よく説明しているのは、あの茶髪の女性だ。
「あ、言い忘れてた。私達はロードルの使者の中でも"先導者"って呼ばれてる、君達をこの場所に導く者だよ」
足を止めて振り返ると人差し指を立てて説明する。
「私はトワ!あの真っ白な髪の子はアインスだよ。暫くは私達2人が君達の面倒見ることになるから、これからよろしくね」
にっこりと笑った彼女はトワと名乗った。私達の後方でヒラヒラと手を振っている女性はアインスというらしい。
"先導者"と言っていたが使者の中でも役職が別れているのか。
未知の領域に多少の不安は感じているが、感じの良い案内人に少し前向きな気持ちを持つ。
「ここにはねぇ、エスペラのどこを探しても見られないような物が沢山詰まってるんだよ。例えばあの鳥とか、この草とか」
そう言って彼女が指差した先を目で追うと、羽が透き通っており、まるで水を纏っているかのような美しい鳥が空を舞っていた。
しかし感動する間も無く、続いて指された足元にはリボンの様な形をした可愛らしい草が生えている。かと思えば突然結び目が解け、近くを飛んでいた珍しい柄の蝶をあっと言う間に捕食した。
「ね、面白いでしょ!」
そう言って子供の様にケタケタと笑うトワさんの後に続き、見たことのない景色の中を歩き進める。
「あの、ちょっと質問イイっすか?」
トワさんの独特なガイドを聞きながら歩いてると、後ろの方から声がかかった。
「なーに? 質問いいよー」
歩みを止めると振り返り質問者の方を向く。皆どんな人が発言したのかと気になりつつも、トワさんと質問者が顔を合わせられる様に少し間を空けて道を作った。
「さっき"印を持つ君達なら"って言ってましたが印を持たない奴がここに来たらどうなるんスか?」
道が開かれ見えた先で、質問していたのは茶褐色の肌に明るいシルバーの髪色をした、背の高い青年だった。
印を持たぬ者がロードルへ入ったら...。いきなりの質問にトワさんも少し首を傾げる。
「どうして気になるの?」
すると質問者の青年は自分の後ろにいる人物を指差した。
「俺の後ろにいる奴が辛そうで。明らかにアインスさん、だっけ? の目には入ってるはずなのにいつまでも止めないし、何かワケがあるんじゃないかなって俺なりに考えた結論っス」
その返答にトワさんは、うーんと唸ると人差し指を顎に当てにっこりと笑った。
「なるほど、君は勘がいいんだね」
その意味深な言葉に青年は片方の眉を上げて言葉を返す。
「その返答ってことは俺が思ってる通りってコトすか?」
トワさんは後方にいるアインスさんをチラッと見ると、もう一度質問者の方を見て笑った。
「さぁ、どーだろ。本人に聞いてみたら分かるんじゃないかな?」
そんな会話をしている中、青年がトワさんの言葉に従って声をかけようとした所で、突然"本人"は血の混ざった吐瀉物を床に撒き散らした。
「わぉ、大丈夫っスか。美しくないっスね。」
近くにいた人々は咄嗟に身を引き、驚いた様子や心配する表情で傍観していたが、質問者の青年は近づくと肩をさすり声をかけた。
しかし、咳込みながら吐き気と格闘している少年はその言葉に応える余裕もない様子で必死に呼吸している。
あれ、、、?
そんな騒ぎを遠巻きに見ながら今朝の出来事を思い返した。あの姿は見覚えがある。
少し遠くて見えづらいが、吐き気を堪えて蹲っている人は、今朝の騒ぎで獣人の男性に殴られていた少年だった。
「そろそろ無理しない方がイイんじゃないすか?」
顔を覗き込むようにして声をかけると、肩をさすっていた手を背中に回す青年。
「実は今朝見えちゃったんスけど、その印って刺青っすヨね?」
襟首を少し捲り、ロードルの印を観察しながら言うと、少年はハッとしたような表情を浮かべたが、何度か咳き込んだあと何かを諦めたように小さく頷いた。
「...やっぱそうっスよね、本物の"価値"じゃないっスもん」
その返答を見て小さく呟くと、茶褐色の青年は立ち上がりアインスさんの方を向く。
「俺でも分かるんだからアンタらは気づいてたんスよね。何で止めずにいたんスか、見せしめにでもするつもりだったんスか?」
願いの塔はそんなにも残酷なことをする場なのかと問い詰める青年に対し、矛先を向けられたアインスさんは涼しい顔で口角を上げる。
「いや、違うよ」
そう言うと、他の人々の間を抜けて質問者の方へ近き、倒れている少年の前で屈むとそっと手を翳した。
すると、吐き気を堪え荒くなっていた呼吸が少し落ち着きを取り戻し、暫くすると眠ったように静かになった。
「私達はただの使者。願いの神である"あの方"の意志に従ってるだけだよ」
少年の容態が安定したのを確認すると、立ち上がり青年の目を見据える。
そんなアインスさんの行動や堂々とした立ち振る舞いに少したじろいだ様子を見せる青年だったが、少年の吐瀉物に目を向けて眉間に皺を寄せた。
「...これが神の意志なんスか?俺には理解出来ないんスけど」
分かりやすく教えてもらえませんかね、と言う青年に対し、アインスさんは少し表情を緩めて話し始める。
「この場に到着した後でも印は発現することがある、あまり多く無いけど。それでも、印を偽り苦しみ悶えてまで願いに縋る者、あの方がそれを見極めて選ばれし者として印を与えることがある。だから、私達は自分で選択した道を歩む者を限界と判断するまで見守ることしか出来ないんだよ」
そう告げるとアインスさんは、少年の様子をもう一度確認して片腕を持つと担ぎ上げた。
「偽物であってもここまで来た努力を認めて、ロードルに挑戦するチャンスを与えるってことっスか」
まだ何処か腑に落ちない表情ではあるが、使者の行動の理由について多少理解出来たようで、それ以上は何も言わず口をつぐんだ。
「まぁ、そんなに大層なことでは無いけど。大体は正解かな」
青年の言葉に頷くアインスさん。
「でも残念だけど、彼は君が言うようにこれ以上無理しない方がいいね。この様子じゃ、選んでいただけ無かったようだし」
ふっと笑うと、少年を担いだ状態で背を向け歩き出した。
「トワ、神力については質問者に答えといて。私は帰りの列車乗ってくるから」
そう言い残すと、彼女は返答も待たずに今歩いてきた道を戻って行ってしまった。
その時その場にいた殆どの人間は、小さくなっていく使者の背中を見送りながら、自らの身に刻まれた印の意味を改めて認識していたことだろう。




