8. 発車
アナウンスが鳴り響くと、温まりきったエンジンが汽車を動かし始めた。
ガタンゴトンと線路を進む音が鳴り、段々とスピードが上がっていく。
「動き出した!」
ミナカは景色が流れていく窓の外を見つめて嬉しそうに声を出す。
先程まで静かだった他の部屋からも声が聞こえてくる。発車したことへの感動や不安などそれぞれが様々な気持ちで、今この景色を見つめているのだろう。
「そういえば、なんで今日行かなきゃいけなかったんだ?明日も発車するから空いてなかったら無理しなくても良くねぇか?」
列車の出発を一緒に喜んでいたカイヤだったが、ふと思い出したかのようにミナカへ疑問をぶつける。その問い掛けに頷きながら、私も昼間の出来事を思い返した。
「昼間に走っていた理由もまだ聞いてませんでしたしね。」
それぞれ感じていた疑問を重ねて問う。
「それは、えっと......」
窓の外を嬉しそうに眺めていたミナカは、私達の疑問に向き直ると少し言いづらそうに次の言葉を選ぶ。
「お師様から逃げるため、かな」
その返答にカイヤが質問を重ねた。
「"お師様"って、昼に追いかけられてた人か?」
ミナカの方へ駆けていった女性の姿を思い出す。師匠という立場であれば、あの親密そうな感じに対して、親子とは違い外見が似ていないことも説明がつく。
「そうよ。......お師様のこと見たの?」
私達と"お師様"とのやりとりを知らなかった彼女は、少し驚いた様子でカイヤに聞き返した。
「あの通りで走ってたら、嫌でも目につくだろ」
会話したことについては言及せずに返事をするカイヤ。
「確かにそうね」
その返答に納得したのか、ミナカは事の経緯を話し始める。
「幻想の民は7歳くらいになると自分の師匠を探して教えを乞うの。昼のあの人が私のお師様よ。もう10年近くも一緒にいるわ」
それを聞いて、幻想の民について昔に聞いた話を思い出した。
より研究を深め、人々に役立てられる薬品を作り出すために、種族内で積極的に師弟のような関係を持ち知識を増やしているという。
大抵の場合は親が師の役割も果たすと聞いた記憶があるが、力のある人を探して血縁関係に囚われず教えを乞う人もいるらしい。どうやら彼女は後者のようだ。
「お師様は厳しい人だけど私の母親みたいな存在でもあるの。だけどその分、とっても世話焼きが酷くて、いつまでも私のこと子供扱いするのよ」
もともと面倒見がいい国民性を持つコペケだが、幻想の民である彼女の師はその中でも世話焼きらしい。
「だから、心配しなくても自分で自分のことは出来るって証明したくて色々頑張ってたら、願いの印が発現したの。でも、お師様はそれでも心配みたいで私がロードルに行く事をいつまでも認めてくれなかったわ」
コペケでは16歳から成人だっていうのに、と話す彼女は、腕を組んで頬を膨らませ己の師への不服を示す。
「もう、あたし15歳なのよ?来年で成人。それなのに、お師様は心配し過ぎなのよ」
私達の故郷であるオルドリーゼでは18歳で成人だが、コペケでは2歳早いらしい。そのため、私の感覚では15歳はまだ幼い方だと感じるが、彼女は子供扱いされるのは不愉快に感じるようだ。リスのように膨らんだ頬で、師について話し続ける。
「ロードルの印を貰える事なんて、この先一生無いかもしれないのに、何度説得しても聞く耳を持ってくれなかったのよ。"お前はまだ半人前だから別の道を探せ"って。でも、ロードルに行けば一人前だって証明出来るでしょ?結果を残せばお師様だって何も言えないはずよ!」
ロードルと言う危険で魅力的な場に弟子が向かうことを、心配する師匠の気持ちは分かる。それと同時に、数少ない切符を手に入れたのだから絶対に挑戦したいというミナカの気持ちも理解できる。
実際、自分もちゃんとした願いを持っていれば印の発現に喜び、挑戦に迷いなど無かったはずだから。
「それで無理矢理抜け出して来たの。2人に助けてもらった後、捕まって口論になったりして大変だったけど、何とかこの汽車に乗れたのよ」
経緯を理解したカイヤはなるほど、と頷く。
「だから今日じゃ無いと駄目だった訳だな。明日も上手く来られる保証は無いから」
そう言うとミナカは頷き、もう一度私達に感謝を伝える。
「そうよ。2人がここに入れてくれなくて列車を追い出されてたら、今頃お師様に連れ戻されてたわね」
小さくなった街の明かりを見ながら呟くミナカの表情からは、少しの後悔と大きな決意が感じられた。
「そういや、"一人前だって証明しようとしてたら印が発現した"って言ってたけど、お前の願いは何なんだ?」
カイヤの言葉に窓から視線を戻すミナカ。
「あたしの願いは早く一人前になってお師様を安心させることよ。」
少し言葉を選び口を開いたが、その答えにカイヤは納得していない様子で、もう一つ質問を投げかける。
「それってロードルじゃないと叶えられないのか?」
"一人前になる"という願いであれば、カイヤが言うようにロードルに行かずとも、師匠の元で鍛錬を続ければ成し遂げられること。
「そうね。言葉にするのは難しいけど、ただ一人前になるだけではダメなの。何があっても大丈夫だと安心できるほどの強さが欲しいのよ」
"お師様を安心させてあげたい"、その願いに必要な"強さ"、反対を押し切ってまで成し遂げたい"願い"。
まだ何処か話していない事が残っている様子だが、それ以上は追求せずに話を切り上げる。
「そっか、じゃあお互い頑張ろうな」
言いたいこと、言いたく無いことは人それぞれ違う。違和感を覚えても話を掘り下げないのはカイヤなりの優しさだろう。
「そうね、頑張ろ」
互いの幸運を願いながら、ロードルで願いを叶える為に就寝の準備を始めた。




