13. 共に歩む願い
「なら、俺も一緒に行く」
突然、しんと静まり返った部屋にカイヤの声が響く。
「カイヤ?」
リアムさんが驚いた様子で振り返った。
訓練時の服装のまま私達の背後から現れたのを見るに、裏口から帰宅したところだったのだろう。
「今の話、本当なら俺もヤヅキと行く」
もう一度確かめるように同じ言葉を繰り返す。どうやら使者との話を聞いてしまったようだった。
「否定しないってことは事実ってことだよな」
言葉に詰まる私を見ると、カイヤは次に使者の方へと視線を送った。
「強い願いがあればいいんだろ」
一歩前に踏み出すと靴の金具がカランと音を立てた。
「俺は母さんがいなくなってから、ずっと変わらない願いを持ってる」
熱のこもった声で話始めたカイヤは、ゆっくりと使者のいる此方へと近づいてくる。
「カイヤ。そんな簡単な話じゃ......」
一緒に行くと言う彼を落ち着けようと口を挟むが、話しかけたところでカイヤは言葉を重ねてくる。
「大切な家族の側にいること。悲しいこと、苦しいこと、全部支え合えるように、どんな時でも側にいること」
私やリアムさんのことは一切見ずに真っ直ぐ使者の瞳だけを見据えた。
「それが俺の願いだ。神が認めようが、認めまいが、俺は俺の願いのためにヤヅキと一緒に行く」
使者の方へ近づくと、片方の手を机にドンと軽く叩きつけ睨むようにして使者を見る。
「ははっ、なかなか良い願いだね」
そんなカイヤを涼しい顔で見返すと、使者は足を組み直す。
「しかし、ロードルは神の領域だよ」
そんな簡単に行けるのなら誰も苦労しないさと笑いながら話を続ける。
「あの方に認めて頂けなければ足を踏み入れるなんてことは出来やしないよ。連れて行ってあげたい気持ちは僕にもあるんだけどね」
使者は冷静に返答するが、カイヤは諦める様子を見せずに食い下がる。
「そんなの俺の知ったことじゃない。いくらでも方法探してやるよ」
カイヤはエリシアさんが亡くなった時、その場にいなかった。
当時、私達はまだ7歳だったがカイヤは"悪者に出会ったとき体が弱い母をいつでも守れるように"と毎日のように剣術、弓術、体術の練習に励んでいた。そんな姿をエリシアさんは喜んでいたし、リアムさんも応援していた。
だが、そんなカイヤが稽古のために家を出た日に、エリシアさんの病状は急変した。医者も呼んで素早い対応が為されたが治療の甲斐もなく、彼が知らせを聞いて急いで帰ってきた時にはもう既にエリシアさんはこの世を離れた後だった。別れの挨拶もできず離れてしまったことが、9年経った今でもずっと心残りになっている。
だからカイヤは家族と離れる事に対して、恐怖に近い感情を抱いているのだ。
「家族が苦しんでる時に側にいられないのは嫌なんだよ」
少し勢いが落ちたかと思うと、自分自身を戒めるように言葉を口にする。
私は立ち上がるとそっとカイヤの肩に手を乗せた。
「カイヤ、」
私が何を伝えたいのか、カイヤにどうして欲しいのか、心の内ではどう思っているのか。
「ごめんな」
カイヤはそれら全てをわかっているかのように、私の言葉を待たず話を遮った。
「朝のこと、本当に悪かった」
カイヤにしては珍しくあんなに声を荒らげたこと、私はもう気にしていないけど申し訳なく思っているようだった。
「お前はずっと俺たちの大切な家族でいてくれた。自分のことを何も知らないまま、俺たちのことを沢山知ってくれた。だから今度は俺の番だ。ヤヅキが自分自身を知る手伝いがしたい」
カイヤはゆっくりと振り返る。
「お前が幸せになれる道を一緒に見つけたい」
「だから俺もロードルへ行く」
カイヤはもう一度使者の方へ向き直り、先程よりだいぶ落ち着いた口調で話しかけた。
「理不尽な運命を背負わされたんだ。これくらいのことは許されたってバチは当たらないだろ」
ごもっともだ、というように頷く使者。
だが彼は小さくため息をついた。
「本当は僕だって認めてやりたいし、そもそもこんな選択肢を少女に迫るなんて悪趣味な事したくないよ。だけど、こんな下っ端じゃ出来ることは......」
そこまで言うと使者は突然口を噤んだ。
まるで誰かに突然声をかけられたかのような姿だった。
何か思考を巡らしているのか、少し目を見開くと何かまた考え込むかのように細める。唐突な使者の様子に戸惑いながら3人で顔を合わせていると、
「あはははっ」
と突然笑い出した。
そう思うと次には天を仰ぎながら何か喋り始める。
「本当によろしいのですか、?」
ぼそぼそと呟いていたかと思うと、何処か一点を見つめはっきりとそう言う。
どうやら使用しているのは叡智の民の言語らしく、その言葉以外は聞き取ることは出来なかった。他言語を操りひとり話すその姿は、使者でなければ頭の狂った青年のように見えただろう。
暫くひとりで喋っていたが、数分後何かに満足した様子で、真面目そうな表情からあの薄っぺらい笑顔へと戻った。
「君、カイヤと言ったね」
ゆっくりと立ち上がるとカイヤの正面に立ち、左手を肩にそっと乗せる。
「んだよ、急に」
唐突に此方へと意識が向いた使者を警戒して身をよじろうとするが、使者は置いた手に力を込め、カイヤと目を合わせる。
少し微笑むかのような表情を浮かべると、使者はもう一度あの言語で何かを呟いた。
すると、ノースリーブの訓練服から見えていた左の肩口が淡く輝き始める。
「っ!?」
カイヤは驚いて身体を硬らせるが、使者は肩を離そうとしない。
ほんの数秒経ち、光がゆっくりと収まるとカイヤの腕に現れたのは、
"願いを抱く者の印"
だった。




