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RORDOL -願いの塔ロードル-  作者: 神山
第1節 不変なき世界
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11. 責任と無責任


「まずは改めて自己紹介だ。僕は叡智の民のビクトル・コロブネフ。ロードルの使者をしているよ」


 私が席に着くと同時に自己紹介が始まる。


「叡智の民については知ってるかな?」


 叡智の民は、他の種族に比べとても長生きで、成人を迎えてからは13年に1歳ごとのペースでしか身体的な歳を取らない。23、4歳くらいの外見の彼は、300歳近いのだろう。

 長寿であるため、多くの物事を知っていることから知恵の奏者とも言われる種族だ。慈悲深く、温和で優しい者が多い種族だと聞いていたが例外もあるらしい。


「簡単には理解しているつもりです。本の中だけで実際に会うことはないと思っていたので御目にかかれて光栄です」

 そう言うと使者は面白そうにコロコロと笑った。


「そんな、光栄だなんて照れちゃうなぁ」


 実際、本の内容だけで実物を目にする機会なんて一生無いものだと思っていた。だから、今の言葉は嘘では無い。


「嬉しい言葉も聞けたことだし、とりあえず難しい話は置いといて本題に入ろうか」

 表面上の穏やかな挨拶が終わると、彼は顔の前で指を組み真っ直ぐ私を見る。


「君は神に選ばれた訳だけど、ロードルに挑戦する意思はあるのかな」


 しんと静まり返った空間に、少し緩んだ蛇口から落ちる雫が音を響かせる。ガラス玉のような瞳には先ほどの笑顔はなく、張り詰めた空気に呼吸が自然と浅くなる。

 短く息を吸い込むと、重たい口を開き返答した。


「私は神に認めていただくほどの願いを持っていません」


 今朝、印の発現が発覚してから一瞬のうちに色んなことがあった。情報の多過ぎる状況に混乱してはいたけれど、私の答えはすでに決まっていた。

 ここを離れ、危険を冒してまで手に入れたいものはない。ロードルに挑むほどの願いを、私は持ち合わせていない。


 それなら、ロードルへ行く必要はないだろう。私はその選択が正しいと思った。

 リアムさんが言うように自分の選択を信じることにしたのだ。


「なので、挑戦する意思はありません」

 私は使者の瞳をまっすぐに見て意思を伝える。


「そっか」

 使者は少し残念そうな表情ではあったが、特にその返答に対して問い質すことはなくことはなく、彼はその場で大きく伸びをした。


「残念だよ」

 嘘くさい笑顔に戻ると軽く笑いながら続ける。


「でも、君の意志を否定する権利は僕にないしね」


 そう言うとリアムさんの方を向き、先程私にやったように自分の隣の椅子をトントンと叩いて座るよう促した。


「だけど、君に伝えておかなきゃいけない話が一つあってね」


 渋々といった様子で席に着くリアムさん。

 諦めたようにも、腹を括って覚悟を決めたようにも見えるその姿は、私の中の不安を煽り続けた。何時になく重々しい空気に自然と身構える。


 使者と共に、リアムさんが口を開くのを黙って待った。

 席についてからも深く考え込んでいたリアムさんだったが、しばらくすると意を決したように一言一言慎重に話し始めた。


「......私はずっと自分の選択が正しいと信じてきた。今回の印の発現は私が知るものでは無く、ヤヅキ自身の願いによって得たものだと信じたかった」


 リアムさんは先程まで飲んでいたコーヒーカップをくるくると回し、もう冷め切ってしまった液体を見つめる。


「だが、叶えたい願いは無く、ロードルへ行かないという選択をした」

 リアムさんは深く息を吸い込み一言呟いた。


「人生は思うようにいかないものだな。」


 自分の願い。ロードルの印が発現して疑問に思っていたこと。


"願いを持たない私になぜ印が発現したのか"


 リアムさんの言葉に静かに頷くと、彼は深呼吸とも溜息とも取れるような息を吐いた。


「ヤヅキ。お前には、ある人の願いが託されているんだ」


"ある人の願い"......?


「......どういうことですか」


 ロードルへ挑む者は自分自身の願いのために印が発現する。

例えるなら、"友人のための願い"はあったとしても"友人の願い"で発現することはないということ。


「ヤヅキに発現した願いの印は、その人の願い、その人のモノなんだ」


 リアムさんは、起こり得るはずのないことが私の身に起きていると、言葉を慎重に選ぶようにして言った。


 誰かが願ったことが神に届き、その願いによって私に印が発現した?

 なぜその人は私に願いを託したのか、自分では叶えることが出来ない願いだったのだろうか。そうだとしても、何故多くの人間が存在する中で私を選んだのだろうか。

 そもそも、私に願いを託した本人は。


「誰なんですか......その人って」


 誰がそんな無責任な真似をしたのか。自分の願いを自分で叶えられないような事情とはなんなのか。


「それは......」


 重苦しい雰囲気の中、リアムさんが言い淀むとその言葉を引き継ぐようにして使者が話し始める。


「それは追求すべきじゃないね。勿論、気になって仕方ない気持ちは痛いほどわかるが、今はまだ目の前にある問題を先に解決する方が良いと思うよ」


 気になって仕方ない疑問はまだまだある。それなのに、後回しにしろと言う彼の言葉に反抗しようと短く息を吐く。


「これは使者としてではなく、長らく生きている人生の先輩からの助言だ」


 しかし、私が口を開く前に使者はそう言った。相変わらず表面に浮かぶだけの笑顔だが、その言葉を発した時その奥にある瞳には真実があるように見えた。


「......わかりました」

 数々の不満を飲み込み、一旦彼の言葉に従うことにすると静かに返事をした。


「うん。物分かりが良くて助かるよ」


 安心したように笑顔になると話を続ける。

「リアムが言ったように君には自分ではない誰かの願いがかけられている。まぁ、願いというには歪みすぎてるし、呪いと言っても過言じゃないかもしれないけどね」


 いくらか優しい表情になり、過酷な運命の星の元に生まれてしまったね、と慈愛の目で見つめられる。


「最初にも言いかけたが、君は印を得た者の中でも特別な存在なんだ」


 "特別"は誇らしいものだと思っていたが、現実は私が認識していた物とは違うようだった。使者は嬉しくもない事を淡々と突きつけ続ける。


「ロードルの適年齢についての話は聞いたことあるよね?」


 15歳から25歳が1番発現率が高く、"適年齢"なのではないかと巷で噂になっているもののことだろう。小さく頷くと、使者は続きを話し始める。


「君は誰かの願いを叶えるために印が発現した。その上で現在、ロードルを挑戦するかどうかの選択を迫られている。もし君がロードルへ行かないという決断を下した場合、今日の話はこれで終わりだ」


 話しながら、使者は人差し指をテーブルの上にトンと置いた。


「でも、ロードルへの挑戦を拒否したとしても10年後に、また印が発現しないという保証はない」


 そう言うと、先程置いた指を右へスライドさせ、次にトントンと指を動かし私の目をまっすぐ見る。


「そして、ロードルの頂上へ登り切るために君の願いは君の体を適年齢に留める可能性がある」


 一呼吸置くと、その先の言葉が紡がれた。


「つまり、挑戦を断り、願いを無視し続ければ、僕の種族のように"不老不死"となってしまうかもしれないんだよ」


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