第5話【おかえりなさい、先輩】
さて、気を取り直して俺はこのAIの調整に移る。
モデルは完成しているのであとはコイツが元の声通りに歌えるかどうか。
「真白、ちょっとピアノひけるか」
「おまかせください!」
元気よく敬礼し、両手を前にピアノをひく前のようなポーズを取る。
そのまま前を開けるように両手を伸ばすと、どこから現れたか透明のピアノの鍵盤が現れた。
そのまま彼女は一つ、音を出す。
「ドー・・・」
するとAIもその音に合わすように声を出した。
「すごい!音だけでどれかわかるなんて・・・」
透明な鍵盤を次々と鳴らしていく真白。
「ドーレーミーファーソーシーラードー」
「すごい・・・最後のドのフラットまで完璧・・・」
全く違う順番や音を変えても声をしっかり合わせられる。
調整はどうやら完璧だ。
「それだけじゃなく、歌声もそっくりですね・・・」
「ああ、当時できるだけ多くの声を探してそのまま再現させた、間違いなく彼女の声だ」
真白はきらきらとした目で歓喜していた。
「なんだか・・・昔に返って来たみたい・・・」
「えっ?」
思わず涙を流して指で拭うと真白は嬉しそうに微笑む。
「だって、私も中学で一緒に音楽を作らせてもらって、先輩の作った曲が好きで先輩と一緒ならどこまでもいけそうな気がしたんですよ」
「それが高校入って大学は自分たちでチームを作ったけどやっぱり気が合わなくて、大人になってお母さまから状況を聞かされて、もうきっと先輩は音楽に返ってこれないんじゃないかなって」
「それでも、諦めずにずっとピアノ続けてよかったって・・・きっと先輩は立ち上がってくれる気がしたんです」
真白は俺に微笑み、にっこりと笑い言った。
「おかえりなさい、先輩」
俺はそれに答える様に少し微笑み返した。
「ただいま、真白」
本当になんだか懐かしい気分だ。
こんなに楽しい世界だったことをすっかり忘れていた。
俺はなんというか愚かな存在だ、本当に。
「さて、楽しい気分だし懐かしい思い出に浸っていたいが、時間は限られている、今日だけでできるかぎりのことをしよう」
「はい!まだ完全復活ッテわけじゃないですからね!」
そうだ、俺と真白が曲を作ってこいつが歌って世の中に返って来たことを示さないとなにも始まらない。
俺達はその日できるかぎりのことを何時間にも渡り努力を費やしていた。
気が付けば時刻は10時だ。
「こんな時間か、そろそろ休むか真白?」
と、真白のアバターがなにやら棒立ちしていた。
特に反応もないしなにかあったのではないかとゴーグルを外して確認してみたところ。
「・・・」
寝落ちしていた。
こんな無防備に床に転がり寝てしまうほど疲れていたとは。
少し無茶させすぎたかな、久々に力入れて音に取り組んだんだ。
そりゃ疲れるよな。
俺はお姫様抱っこする形で真白をベッドに運んであげた。
布団をかけて、電気を消して、ゆっくり休ませてあげることにした。
「せんぴゃい・・・わらしたち・・・せかいにいきひょうね・・・」
寝ぼけて寝言を言う始末。
「ああ、必ず行こう世界に」
俺はそれに答えてあげてこの部屋を後にした。