第21話【真白への気持ち】
勝負が終わり、この場には俺達4人だけとなった。
漂う何とも言えない空気の中、雷神は俺に一言声をかけて言った。
「俺もそろそろ、帰るぜ」
「お前も帰るのか?」
なんとも寂しい一言だ。
もうすこしここにいればいいのに・・・。
「俺はまだやることがあるからな、まだお前らとはいたいが・・・」
俺はジンの言葉に仕方がないと思い、そのまま帰すことにした。
「・・・わかったよ、また戻って来いよ」
その言葉を聞いたジンはフッと笑い、その場を後にする。
残ったのは結局3人だが、まあいいだろう。
俺はすべてが終わった後、なんとも気まずそうにしている二人のところへ行くことにした。
「・・・」
「ま、真白ちゃん・・・大丈夫?まだ・・・怒ってる?」
なんとも言えなさそうな表情でもじもじとしている真白。
スカートを握りしめて、足をグッと固めている。
あれだけのことがあった後に、どうしたらいいかわからない。
そんな真白だが、勇気を振り絞って声に出す。
「・・・私、翠歌先輩に・・・キツイこと言って・・・本当にすみませんでした!」
真白は勢いよく頭を下げる。
深く、深く頭を下げて、誰かが言わなきゃずっとするんじゃないだろうかと。
そんな気持ちが伝わってくる、重い謝罪だった。
「怖かった・・・翠歌先輩が・・・もし・・・私の唯一誇れる才能まで取られたら・・・これでもう真白は・・・絶対に一番にはなれなくなるんだって・・・」
「真白ちゃん・・・」
「情けない・・・そんな自分が・・・情けないです・・・ッ」
真白がポツポツとこぼす涙を、見て翠歌は優しく微笑み言った。
「顔をあげて、頭なんか下げる必要ないんだよ」
「・・・っ」
そう言われて頭を上げる真白に翠歌は暖かな気持ちを込めて言う。
「真白ちゃん、怖いのは当たり前だよ」
「えっ?」
「自分が一番だって思った時に、後ろから誰かが迫って来て、自分だけの場所だったところが踏み荒らされるのって嫌な気持ちだし、もし、もう自分の場所じゃないとかなってしまったら・・・怖いよね、わかるよ」
「・・・っ」
「でも、それを理解できたのって真白ちゃんの言葉と、この勝負の果てで理解できたんだ」
「ッ!!」
「最初は何も考えてなかった、私、真白ちゃんと仲良くなれたらとか、びっくりさせたいとかって意味で真似して、もし喜んでもらえたらとか、自分勝手な相手への想像とかしちゃって、傷つけて、こんなになるまで全然気が付かなかった・・・私馬鹿だよね」
真白はその言葉を聞いて慌てて翠歌に言う。
「ち、違います!それは違いますッ!」
「えっ・・・?」
「真白が・・・真白がッ!あの時・・・つまらないことで怒ったりしたから・・・」
その時、なにか気持ちが動いた俺は声を出した。
「やめろよ、2人とも」
俺の声に2人は「ッ!?」と声にならない驚きでこっちを見た。
「どっちだって悪くないだろ?二人の気持ちは相手を思いやっていた違うか?」
その言葉を聞いた二人はどことなく違うような、そうだったような。
そんな気持ちが見えそうな、顔をしていた。
俺はそんな二人に話をつづけた。
「喧嘩ってさ、愛がなきゃできないんだと思う、仲が悪いなら何も言わない、それどころかその気になれば相手のこと殺しちまうかもしれない、それは喧嘩じゃないんだ」
「人助・・・」
翠歌は優しく声を出した。
気持ちが安らぐかのようになにか解放されたかのような。
「互いを思うがあまり、磁石が離れ続けて、それがぶつかり合う、だから・・・二人とも、悪くないんだよ、自分を責めることも、相手を傷つける必要もないんだ」
その言葉を聞いた二人は落ち着いた気持ちでいたような気がした。
その証拠に真白は言葉を発するとき、震えていた声はおさまっていた。
「・・・ありがとうございます、人助先輩」
「真白・・・」
俺の言葉を聞いて、とても嬉しそうに微笑んだ真白。
「でも・・・ッ!」
「?」
瞬間、真白はキリッとした表情で翠歌を見つめた。
「私は翠歌先輩に酷いことを言いました・・・ッ!だから・・・翠歌先輩は私に言う権利があります・・・ッ!」
「おいおい・・・ッ」
真白の唐突な償いの精神に止めたい気持ちが入った時。
翠歌の表情を見て気持ちが止まった。
どこか、しかめ面にも見える顔は怒りから感じられない。
なにか、思いを秘めて覚悟を決めている様な顔。
「・・・いいんだね」
翠歌のその言葉に真白は答える。
「構いません、私が言ったのに翠歌先輩が何も言い返さないのは・・・私の気持ちが収まりません!」
「じゃあ、ハッキリ言うよ」
真白の言葉に翠歌はゆっくりと口を開いた。
「私ね、真白ちゃんのことがすっごく羨ましい」
「・・・?」
その翠歌の一言に、真白はふと、不思議そうな表情になっていた。
「ピアノが上手いのは当然で、努力して、みんなに追いついて、憧れの背中にたった一人で手を伸ばして、突き放されても突き放されて絶対に諦めない」
「ち・・・違う!!そうじゃなくて・・・!」
「一つのことに追及し続けて、誰もたどり着けない場所にまだ行って、私はそれが羨ましくて、真似することくらいしかできなかった、羨ましい、だって私こんなにたくさん楽器弾けても、一番じゃないんだなって、真白ちゃん出会ってわかったんだ」
「・・・」
一言一言、翠歌が真白に嬉しそうに言う度、真白は目を震わせていた。
「それだけじゃないんだよ、大好きな人に尽くす為に色んな事を頑張れる、真白ちゃんは努力の天才なんだよ!何より、真白ちゃんが弾いてるピアノさんはとっても嬉しそう!それに真白ちゃんも楽しそう!」
「す・・・翠歌先輩っ」
「私も1つのことが凄い人間でありたかった、たくさんできても、できるだけで全然すごくないんだもん、音楽は好きだけど、平等に好きなだけでこれが好きってないから、たった一つを選んで自分の道を歩いて行った真白ちゃんってすごいんだなって思った」
真白は翠歌の言葉にとても泣きそうになっていた。
「真白ちゃん、私真白ちゃんのことが大好きだよ、人助のことを思って、優しくて、自分よりみんなのこと見て、大好きな人の為に色んなことできる様になって、一番でありたいためにずっとピアノを弾き続けて、努力できる、真白ちゃんはたくさんいいところがあるよ!だから、私」
「やめて・・・やめてください・・・」
耐えきれず、声を荒げて、涙を流す真白。
「そんなこと言われて・・・私、どうすればいいんですか・・・心が痛いですよ・・・」
「真白ちゃん・・・」
「翠歌先輩は・・・ッ!!悔しくないんですか!?言い返したいとか、やり返したいとか、むかつくとか、イライラしたとか、そういう気持ちは・・・ッ!傷つけられた・・・傷つけ返したいって!」
「・・・石ころ投げられても、私は許すよ、関係ない人も、君にも傷ついてほしくないから」
「・・・ッ!」
「真白ちゃん、もう一つね、言いたいことがあるんだ」
翠歌は泣き出し叫ぶ真白にニコッと笑い言う。
「私はもう、どんなに頑張っても、ここから抜け出すこともできないし、人助のことを幸せにしてあげることもできない、人としてね」
「翠歌先輩・・・」
「だけど、真白ちゃんは人助の傍にいられて、たくさん尽くせることあると思う、こんな体よりも、人間でいる方がずっと、できること多いと思うよ?」
「でも・・・でも!」
翠歌の言葉になにか言いかけていた真白、だが翠歌の顔を見て言いやめる。
「だから、私は私でできることで幸せにする、真白ちゃんも自分でできることで幸せにする、それでどうかな」
真白は小さな声で不安げに言う。
「迷惑じゃないんですか・・・私みたいな・・・人がいて・・・」
「人助にとって一番も人助が決めること、迷惑かどうかも・・・私が決めること、迷惑だなんて思わないよ、むしろ・・・真白ちゃんがいなきゃ、嫌だな私」
俺は暗く沈み、目の曇りが晴れない真白に言う。
「真白、お前のピアノが世界一好きだよ、お前の頑張る姿も、良いところも悪いところも全部含めて俺の真白だ、お前がいたから、翠歌のことも諦めなかった」
「人助先輩・・・そうですよ、翠歌先輩のことが大好きな先輩の気持ちを・・・」
「お前がいなかったら、俺は死んでいたかもしれない」
「ッ!」
「死にたかった人生を支えてくれて、本当にありがとう、真白」
翠歌も俺の言葉を聞いて微笑み真白に言う。
「真白ちゃん、私からも・・・人助の気持ちをずっと支えてくれてありがとう、でなきゃ、私ここに戻って来れなかったから!」
真白はその言葉を聞いて、グスッと声を出す。
「うぅ・・・ぁぁ・・・ッ!なんですか・・・それッ!」
止まらなくなった涙を、必死に手で拭い、その場で足が崩れそうになるくらい悲しむ心。
「そんなん・・・私クソダサいじゃないですかァッ!!」
大きな声をあげた後、大粒の涙をまたいくつもいくつもあふれさせた。
「これでごめんなさいって言って許されるわけないじゃないですか!一人で勝手に思い込んで、相手を陥れて、こんなの・・・」
「いいんだよ、誰も、相手の心のことはわからないんだから、機械になってなにも便利なことも、特別なこともないよ、だからこれからは教えてほしいかな」
翠歌は真白に優しく声をかける。
「なにがダメで、何が良いのか、どうしていきたいのか、真白ちゃん、私は真白ちゃんの幸せを応援するよ」
真白はその言葉を聞いて、泣き止み、翠歌の顔を見て安心したかのような顔を見せて言う。
「・・・翠歌先輩、人助先輩」
俺達2人の顔を見て、勇気を振り絞り、声を出す。
「私・・・二人と・・・また音を奏でたいです!」
その言葉を聞いた、翠歌はこう言う。
「私もだよ!真白ちゃん!」
曇っていた真白の目は晴れ晴れとしていた。
振り続けていた雨が晴れて、綺麗な青空を表していたような気がした。
2人の間にあった大きな溝はいつのまにか埋まっていた。
これからまた、3人で歩む新しい世界が待っている。
トラブルはあったけど、また真白のピアノを聴ける日々が・・・。
「(ピアノ・・・?)」
ふと、思い出したことがある。
そういえば、真白のピアノ・・・俺は真白に夢の中で何言いかけていたような。
「そうだよ!真白!」
「ふえ?なんですか!」
俺は真白に思い出したかのように言った。
「真白!お前小学校の頃に初めて会った時!」
「え?ああ・・・あの時の・・・それがどうかしましたか?」
「俺あの時・・・なんて言ったか覚えてる?」
その言葉を聞いた真白はグズっていた涙がひっこみ呆れていた顔でいた。
「自分で言っておいてもう忘れたんですか?」
「す、すまん」
ため息をした後、真白は少し恥ずかしそうに答えた。
「毎日、俺に演奏を聞かせてくれって言ったんですよ、人助先輩」
「・・・そうだった」
「でも、確かあれって翠歌先輩にも言ったんですよね?」
「へ?」
「そのセリフ言った後に、これは俺が好きな演奏者によく言うセリフだって言ってたじゃないですか!」
「あー・・・それも言った気がする」
俺の記憶があいまいすぎて思い出せずにいる。
しかし、直後に翠歌は言った。
「言ってないよ?」
「えっ!?」
「そんなセリフ聞いた覚えがないよ、むしろ、君は私にそういう言葉を言ってくれたことの方が少ないよ?」
「ま、マジでー?」
思わず変な声で答えてしまった俺。
そんな不甲斐ない俺を見て、真白は怒りを見せていた。
「じ・・・人助先輩ッッ!!」
「いや、真白、すまん、まあ、昔のことだ、気にするな」
「気にしますよ!正直そんな特別感あるセリフだったのならもっと丁寧に覚えてください!」
「仕方がないだろ!言ってる気がしたんだから!」
「若いうちから存在しない記憶なんか作りやがって!キザキザ先輩ィィーーッ!」
「ふざけんなよ!!お前なんなんだよッ!」
またしてもどこかで繰り広げたかのような喧嘩をする俺達を見て翠歌は言った。
「はははッ!やっぱり二人は仲がいいね!いつでも・・・!」




