第14話【そこでなにか終わる気がした】
都会の雰囲気に包まれた夜の街、広場に大きな水音がする噴水。
ここはサイバー・ファンタジアK区。
俺は今緊張している。
あの有名なアープル様と散歩しているからだ・・・。
そうだ、これは誰が何と言おうと散歩なんだ・・・。
「ははは、あまりぎこちない動きをするでない、ばれるぞ」
「サングラスとベージュコートではあまりにも安直だとおもいまずが」
「ふむ、では筋肉モリモリの男性アバターにでも整形してくるかな」
「やめてください、しんでしまいます。」
「ははは、冗談だ」
くそう、さっきからこの人のいいようにやられている。
いや、語彙力も判断力もこの人のほうが上なんだから仕方がないんだけど。
俺はぐぬぬと悔しがるしかできなかったンゴね。
「アープル様はいいですね、なにやってもかっけぇよ、俺もあんたみたいになりてぇ」
と、俺が苦し紛れに愚痴をこぼすとアープル様はフフッ笑い答えた。
「それは違うぞZIN、貴様らが我を強くしてくれたんだ」
「あうあ?」
「なんかもうどういう反応なのかわからんけど、続けていいか」
「あい」
色々な思いが重なってとんでもない反応をしてしまったが。
アープル様は続けて話した。
「我が最初は下から数えた方が早い人気だったのはお前も知っているだろう」
「・・・さあ、でもオーディションの段階を見てたならそうなんじゃない?」
「ほう・・・、まあそれはさておき、我が今もかっこいいと言われる様になったのも、みなに認められたのも、我がなりたいと願う我になっただけ」
「なるほど」
「そこに誰かになろうとは思ってない、なりたい自分になる、他人が優れているなら自分がそれ以上になればいい、追いつくことも大切だが、追い越してゆくのもまた必要だ」
「・・・重みが違うね」
「ははは、まあ無理して走るなよ?追いつくこともままならない時は休め、そして寝るんだ、休息をとれない奴は未熟の証だ」
アープル様の言葉の一つ一つ。
これはおそらくデビュー当時の自分のことを言っているのだろう。
本当は俺も知ってたけど、古参アピールはしたくないし、こうやって話せただけでも十分。
聞いた言葉を心の中にそっとしまっておいた。
「・・・おや、あそこの噴水に座っているアバター・・・見覚えがあるな」
「んあ?」
広場のほうへ向かって歩いているとそこにいたのは白い髪の毛に長いウェーブ。
ピアノ柄のフリルと黒いゴスロリの衣装。
あれは・・・真白だ。
なんだかすごくしょんぼりして座っているが・・・。
「知り合いなんで、ちょっと見てきていいですか?」
俺がアープル様に確認をとるとニッと笑いうなずく。
「ああ、大丈夫だ」
「ありがとうございます」
急いで駆け寄ると真白はその音に反応してこちらを向いた。
「・・・ZIN先輩ですね」
「さすがに分かったか」
冷たい声、重い空気、なんとなく何か嫌なことがあったんだろうとすぐわかった。
「人助は一緒じゃないのか?」
「喧嘩しました、真白のせいです」
「そうなのか、なにがあったんだ」
「真白が悪いんですよ、全部」
「なにも知らないでお前のせいだって納得できるかよ、わけを話せって」
俺が理由を聞こうとしても真白はとても話したい雰囲気にならなかった。
そして唐突に真白はその場でグズッと泣く声を発した。
「真白が・・・悪いんですよ・・・全部ッ!」
「おいおい、だからそれは・・・」
「真白が全部悪いんですよ!素直に翠歌先輩の実力を認めなかったのも、人助先輩の誘い断ったのも、なにもかも真白が悪いんですよッ!」
膝を抱えてギュッと握りその場で怒りなのか悲しみなのかわからないぐちゃぐちゃした感情が真白を動かしている。
なにかとてもまともとは思えない、感情だ。
コイツになにがあったのかわからないが、ここで聞くのを諦めたらなにか。
強い後悔が生まれそうな気がした。
もう、コイツと話すこともないんじゃないか、人助とも会えないんじゃないか。
そんな、強い意思が・・・俺を動かしていた。
俺は覚悟を決めて、冷静に言葉を出すことにした。
「真白、俺は世界一頭が悪いからよ、馬鹿だから言ってくれなきゃわかんねぇ、マジで」
「・・・」
「人助ほど、心の拠り所じゃねぇのは知ってんだ、だけどよ、お前の助けになりてぇ、そう思ってる」
「・・・ZIN先輩は・・・私のなんですか?」
その凍り付くような声に俺は真っすぐ答えが出た。
「仲間だ」
真白はその言葉を聞いてなにか安心したのかはいまだ不明だが。
少し、理性が戻って来たような感じがした。
「人助先輩がこの間ライブしていたのは知ってますね」
「ああ、俺も実は見てたんだ、いや・・・じっさいは後から聴いただけなんだけどさ・・・」
「翠歌先輩・・・帰って来たんですよ」
「へ、へえ・・・(どういうことなんだ)」
「オカルト的なことではなく、あの電子肉体の中に翠歌先輩の魂が宿ってるんです」
「・・・!マジで!?」
信じがたい事実だが、真白がゆっくり顔を上げて目を見た時確信した。
その憂鬱を表すくらい瞳の中に悲しみを感じさせるオーラは。
本当のことを話していると見た。
「翠歌先輩の死後・・・正確には大学人生の中でずっとAI研究に没頭していた先輩はどれだけ時が経とうと翠歌先輩を復活させようと頑張っていました、けれども、機械に感情のことなんか理解できるはずもなく、どこまでも言っても、猿真似の機械が完成するだけ・・・」
「そんなことしてたのか、アイツ」
「私はそんな先輩が好きでした、翠歌先輩のことがいつまでも好きで、真っすぐで、どれだけ時間がかかっても絶対に生き返らせてやるって、だから、そんな先輩の少しでも力になればいいなって、お弁当作ってもっていってあげたり、たまにお部屋掃除してあげたり、時にはピアノを聴かせてあげたり・・・」
「献身的だな、お嬢様とは思えないな」
「そういう地位を捨てでも、彼を愛したかった」
「・・・」
真白の目はうるうると涙を流していた。
さっきは読み取れなかったが、これは自分への怒りと、愛する者を悲しませたという。
その思いが重なった、心だったんだと。
「私が翠歌先輩より優れているのはお金があるというだけなんです、だからもしそれ以外のことで優位に立つには地位を捨て、料理を学び、家事を一通りこなせる、メイドのような生き方を選びました・・・」
「だから、ほかのお嬢様より優れてんのな・・・真白は十分すげぇと思うけど」
「それだけじゃ・・・ダメなんですよ・・・・!どんなに頑張っても頑張っても・・・人助先輩の先には・・・必ず翠歌先輩がいる・・・」
「・・・真白、けどお前にはピアノがあるじゃん」
「・・・翠歌先輩が私のピアノを真似できたんですよ」
「なんと」
確かにアイツの楽器使いは誰かのやり方を真似ることも容易い。
だからアイツは楽器の天使と言われているんだ。
「どれだけ尽くしても、一番の場所がとられても、ピアノの一番は私の唯一の居場所だったんです、それさえもとられたら・・・私は何で一番をとれば良かったんですか?」
「・・・真白」
「私にはもうなにも残ってないんですよ、やるだけやって、私は死んだ人にすら負けたんですよ」
俺が聞き続けて真白はまた顔を埋めてしまい心が閉じようとしてい時。
後ろから声がした。
「勝負を諦めるのか?」
「?」
真白はその声に反応して顔をあげた。
その声の主は、アープル様だった。
「ど、どちら様・・・」
真白は思わず動揺していたが、その動揺も知らんと言わんばかりにサングラスを取り。
顔をあらわにしたアープル様。
「貴様は・・・この顔を知っているか?」
「あ、アープル様!?どうしてここに!?」
真白は当然驚きに驚く、座っていた場所から思わず立ち上がり開いた口を手でふさいだ。
俺は大胆な行動に思わずあわあわとしてアープル様に言った。
「あああ、アープル様、顔!顔!」
「この際、まどろっこしい変装はやめよう、我どうしても言いたいことがあるのでな」
「・・・わかりました」
アープル様は腕を組み、キリッとした表情で真白に語りだす。
「真白、お前はあのキーボードのBlancで間違いないな?」
「は、はい・・・」
「我は貴様らの仲になにがあったかは聞かない、だが、これだけは言ってやろう」
「・・・」
「ピアノはこの世にお前以上に優れた音を聴いたことがないと」
「・・・へ?」
真白はその言葉を聞いて唖然としていた。
アープル様の眼は本気で思っていた時の眼だった。
なにも嘘のない、いつもの真剣な目で真白を見てそう言ったんだ。




