#58
夏祭りは、そこまで好きではなかった。
虫に刺されるし、タバコと酒の臭いがすごいし、おいしいものがある訳でもなければ、楽しい遊びができる訳でもない。しかも、ある年、それなりに意味のある日と被ったことが問題になった。
今となっては関係無い話だが、昔は知人の誕生日を祝う風習があった。
僕自身は自分の誕生日を話さなかったし、そもそも長期休暇中にあるため、基本的には誰からも祝われなかった。とはいえ、僕も人の誕生日を覚えておらず、当然何も準備しなかったのだが。
だから、本来なら幼馴染の誕生日がいつかなんてことは、どうでもいい話である筈だった。
直接聞いたのではなく、小学校入学前にたまたま会話が耳に入って知った。不思議なことに、それまで彼女が祝われたという話すら聞いたことがなかった。
知った直後の誕生日を除き、何かプレゼントを用意したり、パーティーを開いたりすることはなかった。ただ唐突に、おめでとうとだけ言った。祝う度に僕の誕生日を聞かれ、花鳥風月とか61万3489日とか答えるのがお決まりだった。
あの例外が気まぐれだったのか、彼女を気遣ったからだったのかはもう忘れた。とにかく、園児の僕は何かサプライズをしたかったのだろう。今では間違いなくできないが、当時は幼さ故に、やんちゃさと厚顔さで押し切る度胸があった。
実際、プレゼント自体は探した割に、そこまで思い入れはない。黒瀬がピアノっぽい鍵盤楽器を練習していたから、本屋で初めに見つけたそれらしい本を買っただけである。
買った後にそれがチェンバロ用の楽譜だって気づいたし、彼女が弾"かされ"ていたのはオルガンだった。まぁ、あの頃の僕はそれらの違いすら知らなかったが。




