#34
「この子の家庭教師をしてくれる方を探しているんですの。日曜の午後に誰か、お願い出来ませんかね?」
そう言い、娘を前に出す母親。少し緊張している娘は、僕の顔を見ると驚いた顔に変わる。
「...伊折先生、ですか?」
「...もしかして、昔僕が受け持ったクラスの子?」
「はい。あの時小学3年生だった、紺迫榮子です。お久しぶりです」
紺迫榮子、聞いた事のある名前だ。彼女との交流を思い出してみる。
最初に出会ったのは、多分僕が小学6年生の時だろう。あの頃は交友関係がかなり広かったのもあり、榮子ともちょっとは絡んだと思う。しかし、特に記憶に残るような事は無い。
中学2年の夏の、職業体験というイベントで彼女と再会した。
職業体験では、4日間生徒だけで職場に通い、色々と仕事を体験させてもらうものである。田舎なので行ける場所は限られているが、クラスメート達は結構色んな所に行っていた。
僕は母校の小学校へ行き、小学3年生のクラスの手伝いをした。そこで、彼女は僕に話しかけてきた。今のように、勉強を教えてもらう為に。
やんちゃな児童ばかりのクラスの中で、榮子は変わり者だった。授業中はもちろん、休み時間や放課後にも頼まれ、かなりの時間、彼女だけの教師となっていた。
「そのぅ、この子は今度、楼隠中学の受験をする事になっているのですけれども...」
榮子に話しかけようとした瞬間、母親はまた、僕達を気にかけずに説明を始める。