1. 罪の記憶(2022年12月20日)
数多の作品の中から、本作に目を留めていただきありがとうございます。
よろしければ最後までお付き合いいただけますと幸いです。
冷たい雨が降っていた。
肌を刺す雨粒が俺の体温を徐々に奪っていく。日が沈み街灯のみが照らすこの道は閑散としており、それが一層の寒気を誘っていた。天気予報の通りに未明には雪に変わるんじゃないだろうか。
そんな様子だったから、先程から俺の胸部に感じる暖かさに強い違和感を感じる。その温もりを不快に感じ、俺に密着していた“それ”を突き飛ばした。
“それ”は崩れ落ちるようにそのまま目の前に倒れる。
「......ぅぐ......」
痙攣を始めている“それ”から、小さくうめき声に似た音を聞いたように感じた。
「心臓を狙ったはずなんだけどな」
零した俺の呟きは雨粒と共に地面へ叩きつけられる。
俺の目の前には少し前まで人だった筈のものが倒れていた。胸元にはペティーナイフが突き立てられており、刀身の殆どは埋もれて見ることができない。地面には赤黒い水溜りが広がりつつあった。
「......莠コ谿コ縺」
水溜りが海に変わる様子を眺めていると、近くから甲高い声が聞こえた。嗚呼、そういえば彼女も居たんだったね。
声のした方へ視線を向けると、一人の女子生徒がその場に座り込んでいた。近隣の白雪高校の制服を身に纏う少女は、整っていた筈の顔を痙攣らせている。先程まで一緒に談笑していた友人が突然目の前で肉塊になったのだ。無理もないだろう。
「......お願い。殺さないでーー」
声を震わせながら叫ぶ彼女は、尻餅をついた状態で少しずつ後ずさろうとしていた。
彼女は白雪高校内でも屈指の美貌を誇っていると聞いていた。制服を少し着崩し、茶色の髪の隙間から覗く耳元には主張の激しい装飾品が見え隠れしている。そんな彼女が泥水でスカートを濡らし、俺の目の前で地面を這っていた。
「......ひぃ.....」
一歩近づくと、恐怖に顔を歪めながら彼女は更に後ずさる。まるで殺人鬼でも見るような視線を俺に向けていた。失礼なやつだな。
「殺さないよ」
そう呟きながら俺は携帯電話を取り出すと、寒さで震える指に力を入れてフリックする。
「あのー。もしもし」
電話の向こうには明るい声の女性が居た。事務的に対応する彼女は、暖かい事務室で日常を感じながらこの通話に応えているのかもしれない。俺の置かれている現状との乖離に小気味の良さを感じる。
「先ほど人を殺しました。ええ、自首です。場所はーー」
淡々と受け答えを続けながら俺は天を仰ぐ。
冷たい雨が降っていた。
肌を刺す雨粒は俺の体温を徐々に奪っていく。日が沈み街灯のみが照らすこの道は閑散としており、それが一層の寒気を誘っていた。しかし身体は冷え込む一方で、胸の奥で燻る漆黒の炎は熱量を高めていた。