妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
私……レリシアが誕生日プレゼントに買ってもらったドレスを着て家族にお披露目しにいくと、妹のシルフィが目の色を変え迫ってくる。そしていつものように私から奪ったドレスを着ながら「狡いわ、お姉様だけドレスを買ってもらって!」とも。
私はその様子に溜め息を吐き、また説明するしかないのかと口を開くが。
「あのね、これは誕生日プレゼントに買ってくれたドレスなの。それにあなたはいっぱいドレスをもらってるでしょう?」
内心では「私のドレスは今着ているものを含め、もう二着しかないのよ」とも。
「そのドレスが欲しいの。頂戴!」
まあ、そう思ったところで両親に溺愛されて育てられた妹にそんな理由関係ないことだけは理解していたけど。
「あのっ……」
それでも私は困った顔を両親に向ける。内心、ほんの少しだけ期待して。
「レリシア、お姉さんなんだからシルフィにあげなさい」
「そうよ、妹には優しくしなきゃ」
残念ながら今日も彼らはいつも通りだったけれどと私は唇を噛む。最後とばかりに再び口を開いてみるけど。
「……本気で言ってるのですか?」と半ば諦め気味に。そして、やはりというか案の定というか父は首を傾げるだけだったけれど。
「何を言ってるんだ。私は本気だぞ。可愛い妹にお前はあげないと言うのか?」
「でもサイズは……」
母を見ると笑顔で頷いてくる。
「大丈夫よ。明日すぐにお店の人に来てもらうから」
「……じゃあ私のドレスはどうなるのですか? また買って頂けるのですか?」
もう諦めていたが……いや、機械的にそう口にする。父は「流石に何度もそんな高いものは買えないだろう。お姉さんなんだから我慢しなさい」といつも通りの台詞を言ってくるだけだったが。
私の誕生日など既に忘れているようで。
「……そうですか」
なので私はやっと腹を括ることができ、なおかつこれが本当の最後と、その場でドレスを脱ぎだす。破けてもいいと強引に。慌てて「な、何をしているんだ!?」と止めてこようとする両親を無視して。
ただし、下着姿になった私がドレスを思いっきり投げつけると驚いた表情で動かなくなったけど。
いや、また何か言ってきそうだったので「もう、沢山よ!」と脱いだ靴も投げつけ自分の部屋に駆け込む。ドレスも靴も貴重品も化粧品も人形も全部奪われた使用人より物が少ない自分の部屋へと。
いいえ、ここだっていつかは。
「だから……もう良いわよね」
そう呟くと窓の外を眺めながら決心するのだった。
◇
レリシアが部屋から居なくなったと彼女付きの侍女から報告があった。
けれども私も妻も昨日の件で拗ねているだけだと放っておいたのだ。どうせ何処かに隠れているだけでいつか出てくるだろうとも。
ただし夕方近くになり事情が変わってしまうが。レリシアが出てこないどころか探せる場所のどこにもいないと報告を受けたから。
「しかも近くの町に行った様子もないようだと……」
「はい」と頷く侍女に大変な事になってしまったことに気づき私は慌てる。
ただし、シルフィが呑気に私達の前に姿を見せてくるまでだったが。「お父様、お母様、寸法直しが終わったんですけどこれ似合いますか?」と昨日レリシアにねだってもらったドレスを着てきたことで落ち着きを取り戻せたので。
まあ、正直言えばシルフィの姿を見て髪とドレスがマッチせず似合わないと冷静になれたからなのだがと、それでもシルフィの為に私も隣で同じことを感じている妻も笑顔を作ったが。
「よ、よく、似合ってるよ」
「そ、そうね……」
ただし「わーい! やっぱり、私にこそ相応しいドレスだったのね! じゃあ、早速、お姉様にも見せてこなきゃ!」と満面の笑みを見せて走り出すシルフィに私は慌てて立ち上がるが。
「ま、待ちなさい。今はそれどころじゃ」
残念ながら言葉は届かずじまいだったがと、レリシアの部屋に向かったシルフィを私も追いかける。
結局、止める事ができずシルフィはレリシアの部屋へと入ってしまうが。
「しかも、ノックもせずに……」
溜め息を吐きながら私も部屋へと……ただし、踏み出そうとした足は宙で止まってしまうが。衝撃的な光景に思わず驚いたので。
レリシアの部屋に何もなかったから。
いや、もしかして……
レリシアは部屋を変えたのかもと。「あれ、お姉様どこなの?」とシルフィの発した言葉で違うという事を理解したが。
いや、やはりと私はシルフィに「ここは間違いなくレリシアの部屋なんだよね?」と声をかける。
「うふふ、お父様何言ってるの? 当たり前じゃない。ていうか相変わらず何もない部屋ね!」
そう満面の笑顔で答えてきたシルフィにゾクッとしながら私は項垂れてしまったが。
そして「まさか……」とある考えも浮かびと、急いでシルフィの部屋に入る。理解するなり妻の元にも。
「おい、どうなっている! お前に家を任せてるのだぞ! 何故、レリシアの部屋には何もないんだ!」
「えっ、何もないですって……」と私の怒声に怯えながらも、急いで妻はレリシアの部屋に入っていく。本当に何も知らないという表情で。
ただし、その表情はあっという間に真っ青にも。
「……そんな、どうやって物を持ち出したというの?」
「持ち出したんじゃない。全部、シルフィの部屋にあるんだ……」
「えっ、どういう事……あっ!」
「何故、気づかなかった?」
私の問いに妻は黙る。執事が音もなく近づいてくるなり冷たい口調で言ってくるまで。
「この件については何度も報告致しました。ただ、姉なので我慢するのが当然だと……」
「うっ……」
「もちろん旦那様にもですよ」
そう言われて私は確かに報告が何度もあった事を思いだしてしまう。
更に今度は侍女が同じく冷めた口調で言ってくることで別のことも。
「旦那様と奥様はいつもシルフィ様しか見ておりませんでした。だから、昨日はたった一日だけ、自分を見てもらえると喜んでいたのです。けれども、そのたった一日も奪われて……」
私と妻はその言葉を聞き項垂れる。何せ今の今まで忘れていたのだから。レリシアの誕生日が昨日であったことを。
「私達がいつも選んでいたのです。お二人に言われて」
そしてあのドレスこそが誕生日プレゼントであることも。レリシアはもう着れないだろうがと、陽気に駆けまわるシルフィを目で追う。貴族らしからぬ酷い仕草でドレスの裾を掴んだところで視線を執事へと向けたが。
「シルフィには淑女教育はしていたか?」
「何でも途中で投げ出してしまいまして、ほとんど何もご存知ではないかと……。この事も報告しましたが」
「……そうか」と呟いた直後、シルフィが何か言ってくる。
けれども私は返事をすることはしなかった。何せシルフィの言葉が理解できなくなっていたから。そしてシルフィ以外も。周りにある文字も。
たた、しばらくすると理解できるようになったが。レリシアを探索する憲兵が来て色々と調べた結果、手紙が一枚見つかったことで。
『妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……』
黄ばみからかなり前に書いたであろう紙を目にすることで。
おかげでレリシアの部屋と手紙を発見した憲兵達には白い目で見られ、私達は終始俯く事しかできなくなってしまったのだ。
更に私達にはレリシアへの虐待容疑もかけられ、最終的には観察処分にも。
「遠くの森で見つかりましたよ……」
ただ、数週間後にレリシアの発見報告で私達は国からもっと罰を受けることになったが。そして取り返しがつかない過ちをしたことにも。
何せレリシアは衣類でしか判別できないほどの酷い状態で見つかったのだから。
◇
「お母様のドレス頂戴! 後、その着けている指輪も!」
「何を言ってるのシルフィ!? これは結婚指輪なのよ!」
「そんなの知らない! お母様だけ持っているなんて狡い狡い狡い! 頂戴!」
「ああああああっ!」
妻は遂に発狂して倒れてしまう。
しかし、そんな妻の指からシルフィは指輪を抜き取ってしまう。しかも自分の指に嵌めるなり満面の笑みまで。
「うふふ、綺麗ぇぇ!」
ただ、私にはもう止める気力すら残っていなかったが。それは執事とレリシア付きの侍女が近寄り「私達は今日でお暇を頂きます。では、失礼します」と頭を下げてきても。
そして……
「あの……」
私は顔を上げずに次に来た侍女の靴だけ見つめる。
それから何人もの靴を見て残りは私達三人しかいなくなったことでやっと顔を上げたのだ。終わりを悟りながら。
◇
あの呪われた場所から出てひたすら遠くに向かっていた。もちろん当てもないとかではなくてちゃんとした目的地に。
私の居場所になるところへと。
まあ、途中寄り道もしてしまったのだけれど。
森の近くに痩せ細った女性の遺体があったので申し訳ないが偽装するため。着ていたドレスを引きちぎり側に置くことで私が死んだ事になればいいと。
そして、今の私の名は……
現在、私は偽名を使い遠く離れた町でパン屋を開いている。シルフィに取られないよう隠しておいた貴金属を売ったお金で。
「さあ、今日も一日頑張ろう」
そう呟きながら私は店の扉を開ける。そして驚いてしまう。だって外に婚約者だったクロードが立っていたから。
しかも「探したよ」とも。
無言でいる私に向かって続けて「君が死んだと聞かされた時、あの家で唯一君に寄り添っていた二人が全く悲し気な表情をしていないことに気づいて。あっ、だけど、今日はちゃんと二人には許可をもらって来ているよ」とも。
後ろにいた侍女のターニャに顔を向けて。
「レリシアお嬢様、申し訳ございません」
「ターニャ……」
「彼女を怒らないで上げて欲しい」
「怒るわけないわ。彼女には感謝しかないもの。ゼバスは元気かしら?」
「はい! あそこを出てから別のお屋敷で元気よく働いてます!」
「そう、良かったわ……」
私が胸に手を当ててホッとしていると、クロードがゆっくりと近づいて来る。もちろん慌てて距離を取るが。私の今の立場もあるし。
「クロード、ごめんなさい。もう私の事は……」
「それ以上は言わないで欲しい。僕の行く場所はもうここしかないんだ」
「えっ、どういう事?」
「家を出てきた」
「なっ….」
立場が要は同じになってしまったクロードを私は呆然と見つめる。次の言葉で安堵することもできたが。
「親も行ってこいってさ。まあ、僕が次男だから言えたことなんだろうけど」
「でも良いの? パン屋よ……」
「毎日、焼き立てのパンが食べられるなら最高じゃないか。それに僕はこう見えて厳しい騎士団にいたからね。こういう生活にもなれてるし」
「……じゃあ期待しても良いの?」
「もちろんですよ、お嬢様」
クロードがそう言って笑みを浮かべるので思わず私も笑ってしまう。ただ、クロードが真顔になり、跪きながら私に手を差し伸べたとことで更に口元が緩んでしまうけど。
「レリシア、僕と結婚して欲しい」
もちろん、その手を握る。
「はい、お願いしま……」
ただ、最後まで言い終わる前にクロードに抱きしめられてしまったけど。
「はあっ、良かった……」
「もう、クロード! ターニャがいるわ」
「いいじゃないか。祝ってくれるよね?」
「もちろんです、レリシアお嬢様、おめでとうございます!」
「そ、そういう事じゃないのよ」
私はクロードに抱き締められながら、火照った顔を両手で隠す。
「あのう、いちゃついているところ申し訳ありませんが、そろそろお店をお開けになる時間では?」
すぐにターニャの言葉に我に返ってしまったが。
「あっ、いけない!」
私は急いでクロードの腕から逃れる。足が地面に着いたところで再びターニャが口を開いてくるが。しかもとても嬉しいことを。
「あの、私も一緒に働かせて下さい!」
「い、良いの? 正直、ターニャに教えてもらったパンが凄く売れて人手が足りなかったのよ」
「もちろんです。私、パン屋をやるのが夢だったんです。豆を混ぜ込んだりしたパンも考えたんですよ!」
「まあ、それは楽しみね。それじゃあ、二人とも今日は来たばかりで疲れてるだろうから部屋で休んでて良いわよ。丁度使ってない部屋が二つあるし」
「何言ってるんだよ。これから開店するんだろう?」
「そうですよ。それに私、今は思いっきり動きたい気分なんです!」
ただ、二人はそう言って腕まくりをしてきたが。
そしてすぐに荷物を置くと戻ってくるなり、私よりも手際よく焼いたパンを並べて。
まるで前から働いていたようにと思っているとあっという間に全ての準備が済んでしまう。
いや、最後の仕事だけを残して。
「あれは君の仕事だろう?」
「ええ、そうですよレリシアお嬢様」
「わかったわ。では、開店するわね」と私は早速、店の入り口に向かう。そして笑顔で店の扉を開けると、かかっていた札を営業中にするのだった。
fin.