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九州大学文藝部 初冬号

我が葬列

作者: 奴

 ぬかるみに足を取られるから、御堂に向かう道の途中でもふだんになく疲れていた。雨が森の葉を打ちながら土に降った。音も景色も、あるいはほかのあらゆる感覚をも霧に呑まれていた。山道を登るほどかえって重力が強くなり、目前から色が失われる気がした。もとより色などなかったかもしれない、と私は思った。土の匂いが山に色を付けていたように、もしくは山の色自体が土の匂いを持っていたように、褪せた色だの匂いだのの残滓が霧散していた。鳥がどこかに止まっているはずだった。


私は私の葬列に連れ立って歩いていた。私が四人で私の入った棺桶を運び、私が鉦を鳴らしながら読経し、私がすすり泣き、私が泥に足を取られながらに過去を偲び、私が御堂まで葬列を導いた。棺桶の中の私は死ぬ前に何を考えていただろうと参列の中の私は思った。私は町の高架下の道で死んだのだった。私に撲殺されたのだった。私が私を撲殺するとき、殺される私は何を思ったのだろう。しかしそれは私のことであり、それにもかかわらず参列の中にいる私とは別であるから、つまりそのときの感情をすこしも知りえない。私が私を慰めていた。まだ幼い私は麓の家で高校生になった私と一緒に留守をさせてある。いつから幼き私はこの葬列に加わるだろう? 高校生の私は、次の私の葬儀に参加しなければならないだろう。というのも、私がはじめて参列したのは、高校三年生の春だったからだ。そのころ癌で亡くなった私を、私と私と私と私で棺桶に入れて担ぎ、私が先導し、その後ろから私が追ったのだった。抗いようもなく死んだ私が、ほとんど肉を削がれた体で生を終えてしまったことを、私は不幸な終わり方だと思った。私が死に向かいながら、いったい何を思うか、尋ねられなかった。だから、病魔に蝕まれていく私を呆然と見るだけの私の無力感のほかに何を感じられよう。そのときの私は、私だけは癌で亡くなりたくないとも考えなかった。


雨天の葬儀はしばらくぶりだった。四人の私は水気の多い泥のせいで随分と歩きづらいようだった。しかし棺桶に触れてよいのはその四人の私だけだと決められているから、最後尾の私はじりじり進む背中を眺めるだけだった。私の読経も鉦の音も聞こえなかった。雨が私の体を濡らしながら音を立てずに沁み込んでいくのが分かった。私は熱をも失った。死んだ私とこの私と、ほとんどまったく差がないように思われた。いまだ霧に隠れて姿の見えない雨で冷えた御堂と、死んだ私と、この私は、何ら違いのないようだった。


色も匂いも音も熱もなかった。

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