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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

儚げな令嬢はやり直したい

作者: 咲森碧

暇潰しにお読み頂ければ嬉しいです。


「――様。ヴィオラお嬢様。」


ああ、誰?私を呼ぶのは。それになんだか暖かくて柔らかいものに包まれている。とても気持ちいい…。出来ればこのままずっとこうしていたい。


「ヴィオラお嬢様、朝がやってきましたよ。」

「えっ…!?」


ぱちりと目を大きく開き、視線を右にやると侍女のルルが微笑んだ。大きなカーテンを開け、それを紐で纏めた後にルルは私のところへ歩いてきた。


「おはようございます、お嬢様。本日もいいお天気で――お嬢様、どうかなさいましたか?ご自分の身体をそんなに観察して…。」


ルルはヴィオラの奇妙な行動に疑問を浮かべ、そっと肩に手を触れようとする。その時、ヴィオラは凄まじい叫び声を上げたせいか、ルルは「ひぃっ!?」と怯えた。ヴィオラは起き上がり、ベッドからぴょんっと赤い絨毯に着地し、くるくると回る。


「なんてことなの!?私、()()に戻っているじゃない!!あっ、ルルおはよう。私の侍女になってくれてありがとう!」

「あ、ありがとうございます??い、いいえ!お嬢様どうかなさいましたか!?もしや、ご気分がお優れないのでは――…。」

「これはきっと神からの贈り物に違いないわ!ああ、神よ。感謝します!私、やり直してみせます。今度は絶対に間違えませんわぁあああ!!」

「だだ、誰かぁああ!!お嬢様がご乱心です!誰か、お医者様を呼んでくださぁあああい。」


2つの細腕を高く上げ、小さな拳に力を込めて叫んだ私にルルは青ざめた表情で自室の扉を開けて叫んだ。


暫くして、両親と兄のリドルが自室にやってきて、私をベッドに戻す。大丈夫だと言っても耳を傾けてくれず、おまけに医師も来訪してしまったので大人しくするしかないと諦める事にした。診察を終えた医師は「どこも悪いところは見当たりませんね。」と言い、そのまま屋敷を出ていく。本当に朝からごめんなさい、お医者様。


「本当に大丈夫なのか、ヴィオラ。」

「普段大人しいヴィオラが叫び声を上げたと聞いたから、私は心配したのよ。」

「我慢はしてないだろうね?」

「お父様、お母様、お兄様。朝から心配をお掛けしてしまい、申し訳ありません。ご覧のとおり、私は元気ですよ。ルルも吃驚したでしょう。ごめんね。ああ、お腹が空きました。朝食の時間が過ぎてしまいましたが…大丈夫ですか?」

「ヴィオラが気にする事はないよ。そうだ、ヴィオラの朝食を大好きなパンケーキにしよう。」

「本当ですか!?ありがとうございます、お父様。では、急いで着替えますね。ルル、着替えの用意を。」

「畏まりました、お嬢様。」


私の笑顔を皆に見せると安堵の表情を浮かべ、自室を出た。着替えを済ませ、食堂の向かう。自分の席に座ったと同時にメイドが私の大好きなパンケーキをテーブルの上に置く。ふわふわのパンケーキには蜂蜜とバターが乗っており、その上にはサラダとスクランブルエッグ。それを見た私は満面の笑顔でパンケーキを食べた。もぐもぐと食べていると、お母様が「あら?」と首を傾げる。


「ヴィオラ、いつの間にブロッコリーを食べられる様になったの。」

「えっ…す、好き嫌いは良くないと思って…!」

「偉いね。ブロッコリーは必ず最後に残して我慢して食べていたのに。」

「ありがとうございます、お兄様。」


この時の私は好き嫌いが激しかった。ブロッコリーの他にピーマンや茄子も嫌いだった。しかし、今は我儘を言ってられない。


「お父様、夕食には茄子の料理をお願いします。」

「ヴィオラ…!あんなに嫌いだった茄子を――。」

「野菜を丹精込めて育てた人達に申し訳ないし、料理人達も頑張って私達の料理を作ってくれていますから。」

「うむうむ、そうだね。ヴィオラ、いつの間に大人になって…。これなら2週間後に来訪する()もヴィオラの事を気に入ってくれるに違いないよ。」

「――はい、お父様。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



朝食を完食し、自室に戻った私はルルが淹れてくれた紅茶を一口飲み、ふぅ…と息を吐いた。ルルも居らず、この部屋には私1人しか居ないので今の内に状況を把握する為にノートを開き、羽根ペンを手に取る。


「お父様が2週間後に彼が来るって言っていたから、今の私は10歳ね。」


カリカリと紙にペン先を走らせ、少しずつ状況を纏めていく。


確かに私は死んだ筈――それも、自分の婚約者を殺してから。


「いいえ、一番悪いのは私なのよ…。」


ズキンズキンと痛む胸をぐっと抑えながら、羽根ペンを持つ手を必死に動かす。


ヴィオラ・スワロフ―――それが私の名前だ。

お母様譲りの黄緑色の髪と黄金色の瞳。スワロフ侯爵家の長女で前の私は家族や使用人達に沢山可愛がられ、ちょっとした我儘でも叱責される事なく、苦笑いで済まされる事が多かった。泣き虫なところもあり、分かりやすく言えば――『気弱で人見知りで儚げな令嬢』であろう。人見知りのせいで、初対面の相手に慣れるにも時間が掛かった。ぶるぶると震えながら、お兄様の後ろに隠れて……。


「ああ、前の私ったらなんてみっともないの…。沢山可愛がってくれたのは嬉しいけど。」


そして、2週間後に来訪する彼の名前はヘクシオン・ディスワルと言い、私の婚約者となる人物。ディスワル侯爵家の長男であり、跡継ぎ息子。その婚約者を―――18歳の時に紅茶に毒を入れて殺したのだ。


「ヘクシオン様…。」


私以外、誰も居ない自室で彼の名前をぽつりと言う。ごめんなさい、あなたを苦しませて。毒にもがき苦しみながら、見下ろす私を見てどんな思いをしたのか。必死に口を動かしていたが、それを私は耳を傾けなかった。あの時、私はもがき苦しんでる彼に『あなたが悪いのよ。』と冷たい眼差しで言った。ヘクシオン様は目を大きく開き、やがてゆっくりと目を閉じて――そのまま赤い絨毯の上で二度と動く事はなかった。


「私がちゃんとヘクシオン様に聞けば、こんな事にならなくて済んだ筈なのに馬鹿よね…。」


それに気付いたのは死んだ彼をただ、じっと見つめた時内側の胸ポケットから小さい箱とカードが入っていたのを見つけ、それを取り出す。二つ折りのカードを開き、内容を読むと私は血の気が引いた。



『愛しのヴィオラへ。

18歳の誕生日おめでとう。君が私の婚約者になってから8年が経ったな。私はこの通り、自分の気持ちを口に出す事があまり得意ではない。それでも、ヴィオラは私の傍に居てくれた。それが嬉しい。ありがとう、ヴィオラ。君が私の婚約者で本当に良かったと心からそう思う。ヘクシオンより』



震える手で小さい箱の蓋を開けると、入っていたのは紅玉色(ルビー)の宝石がついた花形のネックレスだった。その宝石の色はヘクシオン様と同じ瞳の色。二度と動く事無い彼の身体を揺すっても起きなかった。当然だ。私が殺したのだから。このサロンにルルや他のメイドが居ないのは私が2人きりにして欲しいと追い出したから。紅茶も私が用意した。それほど彼を憎んで。


絶望に染まった私は彼の後を追い付くように、ドレスのポケットに入っていたガラス瓶の中身を全て飲み―――死んだと思ったらどういう訳か子供に戻った。


「どうして時間が戻っているのか分からないわね…。まだ夢をみているのかと思ったけど食べ物の味はちゃんとするし……痛みも…いたたっ。うん、現実だわ。」


自分でつねった頬を擦りながら、ノートに書かれている内容を読み直す。


「さて、何故こんな事になったかというと…前の私はあまりにも無知だった。―――だから彼女の言葉を鵜呑みにしたのよ。」


その彼女の名前をノートに書く。名前の文字を書いただけなのに、眉をしかめてしまった。


カロン・フーリエス子爵令嬢。前の私の親友であり、この事件を起こすきっかけを作った人。ふわふわのストロベリーブロンドにくりっとした大きな瞳。可愛らしい容姿に天真爛漫な性格で人見知りな私を引っ張ってくれた。いつも私を励ましてくれたのに、カロンの言葉で私はヘクシオン様へ勝手に失望した。


『ヴィオラ様…あなたの婚約者、ヘクシオン様は私がいいって言うんです…。あまり喋らないヴィオラよりも私の方が婚約者になって欲しかったって私に言ってきました。なんて酷いんですか。ヴィオラ様はこんなにもヘクシオン様を愛しているのに…。』


泣きながら言うカロンに私は怒りが込み上げてきた。確かに、私は喋るのが苦手だった。話題を振るのはいつだってカロン。楽しそうに話すカロンが好きだったのに―――。


けれど、冷静に考えてみるとヘクシオン様は私を毛嫌いした事は一度も無かった。例えばすぐに俯いたり、泣く私に「うるさい。」や「泣きわめくな。」とかは言わなかった。ただ、黙ってハンカチを渡し、泣き止むまで私の傍を離れなかった。泣き止んだ後は手を差し伸べ、一緒に歩いた。あれが彼なりの不器用な優しさなのだと気付いた時はもう手遅れだったが。思わず、重い溜め息を吐いた。少しだけ冷めた紅茶を飲み、目を閉じる。


美しい蜂蜜色の髪に紅玉色の瞳。無口で感情もあまり顔に出さないが、きっと私にみっともないところを見せたくなくて我慢していたのかもしれない。私の髪の毛を優しく撫でながら、私の名前を呼んで――唇を重ねた時もあった。


鼻水を啜り、(こうべ)を横に振る。再びあの様な事件を起こさず、私とヘクシオン様が太陽の下で笑って生きる為には私が変わらなければならない。これまでの私を捨て、新しい私に生まれ変わる。それが神に与えられた挽回の機会。


「それと、カロンと友達になるのはやめて新しい友達を探そう。」


外見は子供だけど、心は18歳だからどんな状況でも耐えられる筈。好き嫌いも無くす。臆病な性格やすぐに泣くのを治すには家庭教師の怖い眼差しに慣れればいけるかもしれない。居ても立っても居られない私はノートを閉じ、自室を出てお母様に明日、家庭教師を呼び出すのをお願いした。


待っていて下さい、ヘクシオン様。私、生まれ変わります!!あなたに相応しい婚約者になる為に頑張りますから。


家庭教師からの厳しい指導に耐え、淑女の知識を身に付けると教師や家族からの称賛が増えた。貴族同士の婚約は家と家との約束なので、私とヘクシオン様の婚約も親同士が決めた事。だが、婚約解消なんて考えたくもない。もう一度、彼に私を愛してもらいたいから。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ついに待ちに待った顔合わせの日が来た。


鏡に映る10歳の私をじっと見つめる。お母様譲りの黄緑色の髪と黄金色の瞳。薄水色のドレスを身に纏い、髪型は三つ編みハーフアップにしてリボンで止めている。更に華やかに見える様に造花の髪飾りを所々に差す。今の私の姿にルルは「まるで花の妖精ですね。」と言った。あの日、着ていたドレスを再び着る事になるとは。だが、ルルは頑張って私を可愛くしてくれたのだからお礼を言わねば。


「ルル、私を可愛くしてくれてありがとう。相手の方も喜んでくれるといいのだけど…。」

「いいえ、自信を持って下さい。お嬢様は2週間前と比べて輝きが更に増しています。マナー教育をあれだけ頑張ったのですから。ああ、これなら婚約者様もお嬢様を好きになる筈です!」


はしゃぐルルにクスクスと笑うと、自室の扉がノックされたので返事をする。入ってきたのは執事長で来訪した2人をサロンに案内させた事を教えてくれた。呼吸を整え、自室を出て廊下を歩く。私にとっては2週間ぶりだが、彼にとっては初めての顔合わせ。




今、私の目の前には幼い顔立ちの婚約者が立っている。今は幼いが、数年後には麗しい青年になっていた。そんな彼に私は優雅に挨拶(カーテシー)をした。


「初めまして、ヴィオラ・スワロフと申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」


にこっと微笑むと、ヘクシオン様と一緒に来訪したディスワル侯爵は私の対応に満足したのか頷く。前の私は緊張していたせいで固まっていた。そして、ヘクシオン様の方から先に挨拶をしてしまった苦い思い出がある。


「ヘクシオン・ディスワルだ。宜しく。」


無愛想だが、きちんと挨拶を返すヘクシオン様。あの日と変わらなく私に挨拶をしてくれたのが嬉しい。


「はい、ヘクシオン様。どうか、私の事はヴィオラとお呼び下さい。」

「……分かった、ヴィオラ。」


お父様が気を利かせ、私に「2人で庭園を散歩したらどうだい?」と言われたのでその通りにする。ルルから帽子を受け取り、前と同じ流れになったのを確認し、ヘクシオン様を庭園に案内する。今回は私がリードしなければならないのだから。前回の庭園での失敗の時は一緒に並んで歩くどころか、私は俯きながらヘクシオン様の後ろを付いていた。ある程度、歩いたところでヘクシオン様が振り向いて私に話し掛けてきたが、「あの…。その…えっと…。」としか言えず、思わずその場から逃げてしまったのだ。


いや、前の私よ。何故逃げたのだ?せっかく、ヘクシオン様が話し掛けてくれたのに。


普通、これなら顔合わせは失敗し、ヘクシオン様は不満に思って婚約解消する流れになっても可笑しくないのにしなかった。なんて、お優しいのでしょう。


「庭園には薔薇の他にもラベンダーがあります。ここのところ、天気が悪かったですが、今日は晴れて本当に良かったですね。」

「そうだな。」

「ヘクシオン様が良ければ、ラベンダーの方を見に行きますか?」

「ああ。」


ラベンダー畑に向かうと、そこは紫色の絨毯でした。そよそよとした風のお陰でラベンダーのいい匂いがこちらまで漂い、鼻を擽る。私が「どうですか?」と聞くとヘクシオン様は「とても綺麗だな。」と答えた。ヘクシオン様は黙ってラベンダーを見ているが、今はそれで十分。少しずつ心を開いてくれればいい。


「ディスワル侯爵家の庭園にラベンダーは咲いていますか?」

「……多分、咲いていないと思う。いや、あるかどうかも分からない。私は庭園に咲いてる花を把握してないから。」

「そうでしたか。では、庭師にお願いして花束を作りますか?ラベンダーの香りにはリラックスする効果がありますので、自室に飾るととても心が安らぎますよ。」

「心が安らぐ…か。そうだな。ヴィオラの言う通りにしてみよう。」


一瞬、目を逸らしたヘクシオン様に内心で焦ったが、断らなかったのでこれは大丈夫だと自己判断した。散歩を済ませて屋敷に戻り、ルルに「庭園に咲いてるラベンダーを小さな花束にして。」とお願いする。サロンでティータイムを堪能すると、いつの間にか帰る時間になったところでヘクシオン様にラベンダーの花束を渡すと、ヘクシオン様は「ありがとう。」とお礼を言った。相変わらずの無愛想だが、そんなところも愛おしいです。


その日の夜、私の自室にもラベンダーを飾った。ヘクシオン様はあのラベンダーを飾ってくれただろうか。あれこれ考えている内に私はいつの間にか眠りに落ちた。




これからはヘクシオン様との絆を深める為にお茶会を何度もしなければならない。夫婦円満になるにはどうしたらいいか――その秘訣をお母様に聞いてみると、お父様はありのままの私を見てくれているから分かりやすいと教えてくれた。確かに、お父様は些細な事でもお礼を言ったり、お母様の様子が少しでも可笑しいところがあると心配もしてくれる。しかし、ヘクシオン様は無口で自分の気持ちを口に出す事が得意ではない。難しい顔をすると、お母様が私の頬をむにむにと揉む。


「ヴィオラ、相手を観察するのも大事な事なのよ。」

「観察?」

「そう。人の癖ってね、なかなか治らないの。例えば、好きなものは先に食べるか、最後にとっておいたり。仕草や態度――いつもと違う時、それは何を表しているのか。それを勉強しなさい。」

「はい、お母様。私、頑張ってヘクシオン様を観察してみます。」

「それと、あなたの方からあれこれ言葉を掛けるのも1つの方法よ。」


お喋りはまだまだ苦手だが、ヘクシオン様を観察すれば話題も浮かぶかもしれない。本当にお母様は頼りになるな、と思いながら忘れない内にメモをする為にお礼を言ってから自室に戻った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



当日、スワロフ侯爵家を訪れたヘクシオン様をサロンに案内する。まずは様々なデザートを用意し、どのデザートを食べるかを頭の中でメモしながら私の方から話題を振った。ヘクシオン様は私の話を聞きながら相槌(あいづち)をしているが、きちんと私の顔を見ている。


―――でも……ちょっとだけ恥ずかしいかな。だって、2つの紅玉色が私をじぃっと見てくるもの。私、喋る時変な顔してないよね?


前の私は何をしていたかというと、会話はあまり進まなく黙々とデザートを食べていたので時計の音がサロン内に響くだけでした。虚しい~。


聞いてもないのに趣味嗜好も自分から言った。その3日後―――ディスワル侯爵家でお茶会する事になったのだが、用意してくれたデザートが私の大好きな苺尽くしデザート。それだけでも嬉しいのにヘクシオン様は5種類のリボンを私に贈ってくれた。4種類は私の好きな淡い色だが、1種類は蜂蜜色と紅玉色の組み合わせリボン。つまり、ヘクシオン様の色だ。贈り物なんて前は仲良くなるのに時間が掛かったせいで、ようやく初めての贈り物を貰えた時は婚約者になってから半年後だったのに―――。


「ヴィオラが自分の好きな食べ物や色を教えてくれたから、すぐに用意する事が出来た。ありがとう。」


私の手を握って、そう言ったヘクシオン様。お茶会が終わった後、屋敷に着いたのは夕方。自室に辿り着くまで私は無意識に鼻歌を歌いながら、リボンの入った箱を大事に抱えていた。そんな私を見ていた使用人達がほっこりとしていた事には気付かず。


何度も顔を合わせるたびにヘクシオン様は色々贈り物を用意してくれた。気持ちは大変嬉しいのだが、毎回贈り物を用意するのは大変ではないのだろうか。なるべく、傷付けない様に必死に言葉を選んで言ってみる。


「ヘクシオン様。毎回私の好きなものを贈り物にするのは嬉しいですが、手ぶらでもいいのですよ。例えば、手を繋いで庭園を散歩したり頭を撫でてくれたり…それだけで私にとっては素敵な贈り物となるのです。」


目を大きく開き、黙るヘクシオン様に気まずい空気が流れる。背中に冷や汗がぶわっと流れた。使用人達もおろおろとしている。


しまった!!これだとヘクシオン様のプライドを傷付けてしまったのか…。どど、どうしよう。謝れば許してくれるかな…!?


「ご、ごめんなさい。ヘクシオン様。今の言葉は取り消します。」

「今から庭園に行こう。」

「え。」

「2人で庭園を散歩しよう。」

「は、はい…!」


ああ、神よ。見ておられますか。今、私はヘクシオン様と手を繋いで庭園散歩をしています!勿論、ルル達は屋敷の方で待機です。


スワロフ侯爵家の庭園は広い。途中、白い屋根のついたガゼボがあるのでそこのベンチに座る。丸いテーブルもあるから次のお茶会はここでやろうと、計画を立てていると頭に何かが触れてきた。ヘクシオン様が私の頭を撫でているのだ。


「へ、ヘクシオン様…!?」

「他に欲しい贈り物は?」

「ななな無いです。今のところは!あ、あの…こうやって撫でてくれて嬉しいです。」

「そうか、それは良かった。……別に贈り物を用意しなくともこうするだけでもいいのか。ありがとう、色々と勉強になった。」

「いえ……どういたしまして。」


神よ、今、私は最高に幸せです!やっぱり、お母様の言う通りに私の方からあれこれ言葉を掛ければヘクシオン様はそれに応えてくれるのですね。


「ヴィオラ。」

「はい、なんですか?ヘクシオ――…。」


話し掛けられたので返事をするが、そこで私は婚約者の名前を最後まで言えず、固まってしまった。いきなり、ヘクシオン様の腕の中に閉じ込められてしまったのだから。ふわりといい香りに包まれ、ドキドキが止まらなくなる。


う、嬉しいけどいきなりどうしたの?というか、こうやってヘクシオン様に抱き締められるのも早くない!?


彼にこうやって抱き締められるのが前の私だったら、まだ警戒心が強くて突き飛ばしたりしただろう。しかし、今は突然の事なのに嫌悪感が全く無い。心が18歳だからなのか、相手がヘクシオン様だからなのか。分からないが、それくらい私は成長したと言ってもいい。


「ヴィオラ、1つお願いがある。」

「はい、私に出来る事でしたら。」

「私の事はシオンと呼んで欲しい。」


今度は愛称呼びを求められて、心臓の鼓動がドクンと鳴った。こんなの、前の時は無かった。腕の中から解放されたと思いきや、腰まで伸びている黄緑色の髪の毛にちゅっと口付けする。その行為にときめいた私は要望に応える。


「し、シオン様…。」


再び、腕の中に閉じ込められてしまったが、そのまま耳元で「――ありがとう、とても嬉しい。」と囁かれた声は耳から離れなかった。


愛称呼びに気付いたルルが「おめでとうございます。お2人の今後がとても楽しみです。」と嬉しそうに言った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



新しい友達が出来たのは11歳の時に行った王家主催のお茶会。そこで侯爵令嬢のラニ・ルベルと親友になった。私は恋愛小説を読むのが好きで、ラニも愛読者だったからあっさりと仲良くなれた事が嬉しい。カロンは別の令嬢達と一緒に居た。私という親友が居ないが、あの性格ならすぐに別の親友が出来るだろう。カロンは何故私にあんな事を言ったのかは分からないが、今はもう他人同士なのであの事件を阻止する事が出来た。内心でガッツポーズをする。


スワロフ家やディスワル家の名に泥を塗らぬ様に、シオン様へ相応しい婚約者となる為に、成長するにつれ侯爵令嬢たる所作を身に付けながらピアノも習い始めた。バイオリンやピアノは貴族の嗜みだ。前の私の嗜みは刺繍くらいしかなかった。あとは静かに本を読むくらいしか。いや、それは趣味でしたね。


ダンスのレッスンも加わり―――月日は流れて私は15歳になった。


前の私は『気弱で人見知りで儚げな令嬢』であった。今の私はどんな感じかルルに聞いてみると、ルルは熱く語り始める。


「確かに、お嬢様は小さき頃は人見知りでしたね。ですが、今や美しく成長なされたお嬢様を分かりやすく言うと才色兼備です!!謙虚で控えめでまさに高嶺の花ですね。」

「さっ………!?ルル、それはさすがに大袈裟過ぎるわ。あと、今の私は泣き虫ではないよね?」

「はいっ!本当に立派になられて…。これからもお嬢様にお仕えさせて頂きますね!!」

「ありがとう、ルル。」

「来年はついに学園入学ですか。」


貴族の令息令嬢は16歳から王立貴族学園に3年間通う決まりがある。しかし、そこに最大の試練が待っている。それが社交界デビューだ。入学した後は王宮で社交界デビューを果たさなければならない。


大丈夫、大丈夫よ…。今の私なら人酔いもしないし、ダンスでシオン様の足を何度も踏む事は無いでしょう。


「……やっぱり、またお兄様にダンスの練習相手をお願いしようかしら。」

「も~、お嬢様は心配しすぎです。はい、紅茶です。熱いのでお気をつけ下さい。それと、午後にはヘクシオン様が来訪されますね。」

「そうね。あっ、学園に必要なものを纏めたリストはそこの机にあるから用意をお願い。」

「えっ、まだ半年もありますのに―――ノート、羽根ペン、インク……分かりやすく書いてくれるのは助かりますが、これなら来月には準備も終わりますが。」

「準備は余裕があるうちにやるものよ。」


だって、前の私はのんびりし過ぎたせいでギリギリになったもの。



―――午後の時間になり、庭園にあるガゼボでシオン様と優雅な一時を過ごす。テーブルには紅茶の他に数種類のクッキー、スコーン。私の隣に座っているシオン様が紅茶を一口飲んでから口を動かす。


「もう入学準備しているのか。なら、私もヴィオラを見習って早めに準備に取りかかろう。ヴィオラは本当に凄いな。欠点が全く見当たらない。学園に入学したらきっと淑女の鑑と呼ばれるだろう。」


淑女の鑑!?そんな大層な呼び方、私には似合わないわ。


「シオン様、私にはその様に呼ばれる資格を持ち合わせておりません。」

「何故?」


不思議そうに首を傾げるシオン様。傾げた時に蜂蜜色の前髪がさらりと揺れた。仕草や表情も柔らかくなり、それが私をどきどきさせる。早く慣れたいものだ。


「わ、私はいかに自分が凡庸であるかを自覚していますから。なので、家名に泥を塗らない様にするには身分に相応しい振る舞いをしなければなりません。あと、この髪の色に合う流行りのドレスも探しているんです。」


性格は努力したお陰で変わった。しかし、顔立ちや声は普通。家族やルルや他使用人達は私の容姿を褒めてくれるが、それは贔屓目だって分かっている。鏡で確認してみるが、どれだけ成長しても絶世や傾国の美女と呼ばれる様な容姿とはお世辞にも思えなかった。せめてスタイルが良かったら…。胸とかもうちょっと大きかったら…。この国の人はシオン様の様な明るめの髪色が目立つ。お母様譲りの黄緑色の髪は()()()()目立つが、私にとっては大好きな色。落ち着きがあり、優しい色だと思う。


ディスワル家は美男美女揃い。シオン様の姉君であるパトリシア様は青を浴びた漆黒の髪と紅玉色の瞳。髪色は明るくはないが、光に反射すると夜空の様に輝き、顔立ちも美し過ぎて女性である私も思わず見とれてしまうくらいに。麗しい容姿を持つシオン様に私が並び立つと影が薄くなってしまうので、必要なのは振る舞いや流行りのドレスなのだ。


「そんなに自分を卑下するな。」

「ふえっ!?」


突然、抱擁されたので思わず変な声を出してしまった。抱き締めたまま、ごつくて長い指を私の頬に添える。そこで、シオン様はとんでもない事を言い出した。


「私の婚約者は凡庸には全く見えない。どんなに美しく飾った令嬢よりもヴィオラの方が一番愛らしく見える。」

「えっ。」

「ヴィオラの笑顔は癒されるし、声も心地いい。」

「いや、あの。」

「この美しい黄緑色の髪だって、こうやって手に触れたり弄ったりするのも飽きない。まるで、光を織り込んで生きているみたいに艶めいているな。」

「ああ、ありがとうございます。ですが、それはルルが念入りに手入れをしてくれるからで…。」

「それに私は会話があまり得意ではないのに、ヴィオラは嫌な顔もせず接してくれる。忍耐力も素晴らしい。」


ひぃいいい!!こんなに口説かれた事なんて前は無かったのにぃ。あんなに自分の気持ちを口に出す事があまり得意ではないシオン様が饒舌になってるけど、さすがに想像しなかったわ。私が変わった影響が強すぎるせいなの!?


「シオン様、落ち着いて下さい。突然、どうなさったのですか。」

「ヴィオラに愛称で呼ばれるのも心地いいな。」


はぅあっ、微笑みの表情も目の保養だわ。いい匂いもするし、もっと眺めていたい……―――って違ぁああううう!!!駄目だ、これ以上は心臓に悪いっ。


そもそも、淑女とはどんな状況でも動揺せず、凛とした振る舞いを心掛けるべきなのだ。シオン様の誘惑に負けない様に謝りながら離れると、心なしか残念そうな顔をする。そのままデザートに手を伸ばすシオン様。スコーンを半分に千切り、クロテッドクリームと苺ジャムを乗せているのをなんとなく見ていると、私の口にスコーンを運ぶ。シオン様とスコーンを交互に見ると、「口を開けて。」と言われ、私は思考を諦めて彼の言う通りに口を開けた。スコーンの味は砂糖や蜂蜜よりも甘かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



この春―――私は無事に王立貴族学園に入学した。新入生の入学式なので授業は無く、今夜、王宮で社交界デビューもあるので、準備の為に学生達がぞろぞろと馬車乗り場に向かう。


馬車乗り場に向かいながら、シオン様と会話する。


「今、私は舞い上がっているんだ。」

「まぁ、何故ですか?」

「ヴィオラと一緒に居られる時間が増えるから。」

「えっ、あっ…そそ、そうですね。私も同じ気持ちです。」

「学園にはカフェもあるから、ヴィオラの大好きな苺デザートもある筈だ。」

「ふふ。どんな苺デザートがあるか楽しみです、シオン様。」


神よ、感謝します。再びシオン様の制服姿を見る事が出来るなんて……。大変お似合いですよ!!


「制服姿のヴィオラも可愛いな。」

「―――っ!!」


顔が火照りながらもお礼を言おうとしたところで、女子生徒達の黄色い声が耳に入る。気になったので声がした方に視線をやると、第二王子ヨハネス殿下と留学生としてやってきた隣国の第二王子メイナード殿下が談話しながら歩いていた。王族で容姿も完璧過ぎるので、女子生徒達の憧れの的。


前の時もこんな風に女子生徒達に見られながら歩いていた事を思い出す。その時の私はあの光景の圧迫感に押し潰されそうになっていたので、シオン様に隠れていた。でも、今は全く何ともない。傍観者になるのも悪くない。


「凄い光景だな。」

「ええ、あのお方達は女性達の憧れの的ですから。以前、耳にした事があります。婚約者を探しているらしくて…だから、振り向いてほしくて必死なんでしょう。」

「……ヴィオラもその1人か?」

「えっ!?」


シオン様は何を言っているのだろうか。私は既に婚約者(シオン)が居るのに。


「……えっと、私の婚約者は目の前に居ると思うのですが。」

「そうだったな。いや、今のは忘れてくれ。」

「???」


苦笑いをしたシオン様に心情が読み取れなかったので、追求はしなかった。屋敷に戻り、メイド達に囲まれながら支度をする。誰かが社交界デビューしたのか、それを分かりやすくする為に決められた色がある。令息なら黒を基調とした夜会服で胸ポケットに白薔薇を添える。令嬢なら白ドレスだ。


前回は流行りに忠実だったデザインのを着ていたが、せっかく時間が巻き戻ったのだから今回は違うデザインのにしようと考えていた。ハイネック✕七分丈のレースでエンパイアラインの白ドレス。ドレススカートに宝石は付けず、裾から上に向かって散りばめられた星柄の金糸刺繍が刻まれ、緩い編み込みでふんわり纏めた髪に小星を所々に付けている。露出控えめで清楚な雰囲気にルルが「まさに星の女神ですよ!!」と満足げに言った。サロンに行くと、両親やお兄様が私を囲んで褒める。


「ドレスとても似合っているわよ、ヴィオラ。」

「ついにヴィオラも社交界デビューか。成長するにつれ、ますます美しくなってきたな。」

「お父様、お母様、ありがとうございます。お兄様、何度も私のダンスの練習相手になってくれてありがとう。」

「可愛い妹からの頼みなんだし、断る理由が無いよ。これなら、ヘクシオンとのダンスも完璧だ。楽しみにしてるよ。」


和やかな雰囲気のまま4人で馬車に乗り、王宮に辿り着くと私は家族と離れて案内人と共に控え室に向かう。陛下と王妃様への謁見の為だ。控え室の前に立つ騎士が扉を開け、中に入ると皆の視線が一気に私に刺さる。


………!?な、何故皆私を見るの?


表情には出さず、視線だけ見渡すと誰かが私の名前を呼ぶ。


「ヴィオラ、こっちだ。」

「シオン様。先にいらしていたのですね。」

「ああ。ラニ嬢やセドリックも君を待っている。」


セドリックという方はシオン様のご友人だ。一緒に歩くと、「ヴィオラ。」と話し掛ける。見上げると頬がほんのり紅に染まり、穏やかな表情をしているシオン様に失明するところだった。


「上手く言えないが、今はこの言葉しか思い付かない。とても綺麗だ。」

「あっ、ありがとうございます…。シオン様も大変お似合いですよ。」

「ありがとう、ヴィオラ。」


向こうの壁に立っているのはラニとその父であるルベル侯爵が居た。セドリック様も私に気付き、手を振る。社交界デビューする令嬢には父、兄弟、婚約者の誰かをエスコート役にする必要がある。勿論、私のエスコート役は婚約者(シオン)。ラニが私のドレスを見て目を輝かせ、ルベル侯爵も「ほぅ…。」と呟く。


「ヴィオラ、そのドレスとても素敵よ!わぁ…星柄の刺繍…ずっと見ていたいくらいだわ。流行りのドレスじゃないのね。」

「ありがとう。デザインは私が考えたの。」

「えっ、そうなの!?凄いわ…。ああ、だから皆はヴィオラのドレスから目が離せないのね。」


ラニに言われて、ちらりと皆の方を見ると確かに私のドレスを凝視している。頬を染めながら溜め息を吐いたり、ちらちらと見ながら会話してる令嬢達も居る。このデザインにして良かったと内心で喜ぶと、さっきまで壁の傍に立っていたシオン様が私を壁の方に移動させる。


あら?これでは皆さんが私のドレスを見る事が出来なくなるのでは……。


「おや、ヴィオラ嬢の婚約者は分かりやすいね。」

「どういう事ですか?ルベル侯爵。」

「えっ、ヴィオラ嬢は分からないのか?」

「はい、セドリック様。」


すると、セドリック様は片手で頭を抱え、ルベル侯爵は軽く笑う。


「お父様、笑うのは失礼ですよ。」

「おっと、これはすまない。」

「にしても…ヴィオラったら鈍いのね。ここに居るのは令嬢達だけじゃないのよ。」


令嬢達以外だと父や兄弟や婚約者に社交界デビューする令息達しか居ないのだが。その意味が分からず、首を傾げるとルベル侯爵が「まぁ、頑張りなさい。」とシオン様の肩をぽんと置く。呼び出しが来るまで会話をしながら、そういえばカロンはどこに居るのか気になったので探すと見つけた。フーリエス子爵と一緒に居るが、知り合いの方と会話をしている。ラニが「どうしたの?」と聞かれたので、「なんでもない。」と返すと強烈な視線に背中がぞわりとした。


―――!?


シオン様の影に隠れてる筈なのに視線は刺さったまま。視線の正体を確かめる為に振り向くと、カロンが視線を逸らす。これまでカロンは王家や他貴族主催のお茶会でしばしば見掛ける事があったが―――たまにこちらの様子を探る事があった。入学式でも。


もしかして、カロンも私と同じく記憶持ち?


一度も私に話し掛ける事は無かったが、油断は出来ない。せっかく、神が挽回の機会を与えてくれたのだから、カロンに何を言われようが冷静に返す。いや、本音を言えば関わりたくないが今の私なら大丈夫だと決意を胸に潜めながら、謁見の間へと案内された。公爵家出身の令息令嬢から順番に入室し、陛下と王妃様が皆が並ぶのを見届けてから祝福の言葉を述べる。その後、謁見の間を出て再び控え室に戻りエスコート役の人と合流し、会場に向かう。シオン様の腕に手を回し、会場に入ると大勢の視線は相変わらずだ。


皆は初めてだけど、私は二度目の社交界デビューね…。気になるから見たくなるのは仕方無いけど、前の私は緊張してて俯いたまま歩いていたわ。ああ、もぅ恥ずかしい!!前の私に今の私を見せてやりたい。


「お茶会とはまた違った雰囲気がありますね、シオン様。」

「私としてはこういった煌びやかな場は少し苦手だが、隣にヴィオラが居るおかげか気を強く持っていられる。勿論、お世辞ではなく本心だ。」

「まぁ……。」


シオン様の腕に回した私の手の上にそっと手を重ねられた。私を見つめる眼差しには感謝の意味が込められていた。だって、シオン様に相応しい婚約者になる為に努力したのだから。


「ヴィオラが私の婚約者で本当に良かった。」

「!!!」


神よ、お聞きになりましたか。私はやりましたよ。これはもう将来、夫婦円満になる未来が確定したとみていいでしょう。


内心でガッツポーズし、シオン様と一緒に両親のところへ向かった。




暫し、談笑すると王族の入場合図が来た。皆、(こうべ)を垂れ、王族の入場を待つ。陛下、王妃様、第一王子、第二王子の順に入場する。第一王子であるライモンド殿下は去年に学園を卒業した。


陛下が「皆の者、面を上げよ。」と告げる。面を上げ、陛下からの挨拶を聞く。挨拶が終わるとライモンド殿下が動き、ある令嬢のところまで歩いて手を差し伸べる。その相手はライモンド殿下の婚約者ティアラ様だ。ティアラ様は今年3年生になったばかりなので来年、学園を卒業した後に結婚式を挙げる予定。


ティアラ様のウェディングドレス、とてもお美しかったわ…。また生で見られるのを神に感謝しなければ。


婚約者が居るならファーストダンスが必要なので、ダンス場でライモンド殿下とティアラ様のダンスを観賞する。皆、甘い溜め息を吐き、私も思わず吐いてしまう。見とれていたらいつの間にか2人のダンスは終わり、盛大な拍手を贈る。今度は社交界デビューした者達がエスコートする男性と共に踊る番だ。


「私達も行こうか、ヴィオラ。」

「はい、シオン様。」


差し伸べられたシオン様の手の上に重ねて、ダンス場の方に向かう。辿り着いたら、ゆっくりと流れる音楽に合わせて私達もダンスを開始する。こうやって、向き合いながら踊るのは初めてだ。俯いたり、よろけたり、シオン様の足を何度も踏んだあの苦い思い出が段々と消えていく。思わず、涙目になるがそれでもなんとか耐えた。


「ヴィオラはダンスも得意なんだな。」

「本当ですか。この日の為にお兄様と沢山練習したんです。」

「……リドルとか。まぁ、兄なら当たり前だが……。」


不満そうな表情にどうしたのかと思ったが、シオン様から「このダンスが終わったらもう一曲付き合ってくれないか。」と言われたので「はい。」と頷いた。二曲目を終えた私は壁の華になりながら、ラニと談笑する。すると、誰かが私に話し掛けダンスのお誘いを貰う。初めてのダンスお誘いに舞い上がり、ラニと分かれて男性とダンスをした。踊り終え、お礼を言い、ラニのところへ戻ろうとしたら別の男性からダンスのお誘いが来たので引き受け、またダンス場に戻る。これまでのを数えると5回も踊ってしまい、身体全体は悲鳴を上げていた。


だ、ダンスのお誘いは嬉しいけど…!こんなに誘われるとは思わなかったわ。もうこのダンスで終わりにしよう。


相手にお礼を言い、ラニのところに戻ろうとしてもまた次のお誘いが来たので断ろうとした時―――。


「そろそろ、婚約者も疲れてきた頃なので休ませてあげたいのですが…。」


ナチュラルに私の肩を掴むシオン様は相手にそう言うと、「分かりました。では、私はこれで…。」と残念そうにどこかに行ってしまったが、私としては助かりました。果実水を頂き、外の空気を吸う為にバルコニーに出る。冷たい風が私の熱を冷ましてくれるのが有難い。上を向くと、夜の空には小さな星がキラキラと輝いていた。ダンスのあとに冷たい飲み物を飲むのは最高です。


「ヴィオラが誰かと踊っていたのは見ていたが、まさかあんなに踊るとは思わなくて…。止めるのが遅くなってすまない。」

「いえいえ!!私もそろそろ断ろうかと考えていたんです。」

「そうか。寒くはないか?」

「大丈夫です。ダンスをしたせいか、少しだけ暑かったので…。果実水、とても美味しいです。」


シオン様は黙ったまま頷いたが、表情は微笑んでる。そして、顔をゆっくりと近付けてきたが、私は抵抗する事もなくそのまま唇を重ねた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



これから3年間、学園に通う。前とは違う展開ばかりだったがどれも問題なく、シオン様との関係も良好。


だから、安心はしているのだが―――。




「ヴィオラ様っ。」


ヒエッ。


放課後にて、私はついにカロンに話し掛けられた。別クラスなのにわざわざやってくるとは。私は侯爵令嬢でカロンは子爵令嬢。下位貴族は高位貴族においそれと声を掛ける事が出来ない。まぁ、前の私なら大歓迎していましたけど。それにカロンの親友ではないのだから、まずは挨拶からするべきでは?


どうしましょう。やっぱり、関わりたくないです。


「ごめんなさい。私、あなたの事を知らないの。名前を教えて下さる?」

「えっ………初めまして。カロン・フーリエスと申します。ヴィオラ様、お話があります。私に付き合って頂けますか?」

「ええと……カロン様。申し訳ありませんが、この後用事がありますので。」

「えっ、あっ……!」


席から立ち上がり、会釈をした後そそくさと逃げる。


それから1ヶ月が過ぎた。


「………まただわ。」


ふぅと溜め息を吐きながら封筒とにらめっこする。お茶会の招待状で差出人は彼女からだ。ルルも眉間に皺を寄せながら、封筒を睨む。


「また送られてきたのですか。これで3回目ですよ。」

「そうね。」

「何故、このカロン・フーリエス子爵令嬢はお嬢様にそこまでお茶会に来て欲しいんでしょうか。そもそも、招待状が来たら必ず行くとも限らないというのに…。」

「何度も断ったら私、冷たい女に見えちゃう?」

「いいえ、お嬢様はご自分できちんと断りの手紙を書いてますからそんな風には見えません。」

「ありがとう、ルル。」


ルルの優しさにじわりと胸が温かくなった。フーリエス子爵家に行くなんて、敵の陣地に行くようなものである。学園でもカロンからの強烈な視線を貰うのも変わらず。なるべく、1人で行動しない様にラニやシオン様と一緒に居たりもしている。


そんなある日、学園にあるカフェにてシオン様とティータイムしている時にカロンはやってきた。何故か、泣きそうな顔で私を睨んで。


「ヴィオラ様、酷いです!!」

「えっ?」

「そんなに私の事が嫌いなんですか?私はただ、ヴィオラ様と仲良くなって()()になりたいだけなのに…!」

「あ、の…?」

「彼女は何を言ってるんだ?ヴィオラの親友はラニ嬢だろう。」

「ええ。カロン様、私の親友はラニです。」


俯き、小声で「っなんで…前は私だったのに…!」と呟いたのを私の耳は聞き逃さなかった。そこで、私は確信した。カロンも私と同じく記憶持ちなのだと。


「ヘクシオン様、聞いて下さい。ヴィオラ様が冷たいのです。私が何度かお茶会の招待状を出しても、全てヴィオラ様から断られてるんです。」


身体を震わせながらぽろぽろと涙を零す。他生徒達やカフェの従業員も遠巻きにしているが、ここで私は違和感を感じた。カロンはすぐに泣く性格だっただろうか。天真爛漫な性格をしていたカロンはどこへ?観察しながら、思考を進めるとシオン様が口を動かす。


「ヴィオラにも事情があるんでしょう。それと私は今、婚約者(ヴィオラ)とお茶しているのですが?」


ああっシオン様が不機嫌です。そうですね、婚約者との時間を邪魔するとはマナーがなっていません。


カロンもシオン様の冷たい眼差しに驚いたのか、びくっと肩が跳ねる。


「わ、私はただ……。」

「次からは気を付けて下さい。」


そう言って、シオン様はカロンを無視して紅茶を飲んだ。カロンは唇をぎゅっと固く結び、私を見て何か言いたげの表情を見せるが諦めてカフェから出る。遠巻きに見ていた皆もささっと視線を戻す。


「ヴィオラ、招待状が何度も届いていたのは本当か?」

「はい。ですが、私はカロン様の事をあまり知らなかったので…断りの手紙を出しました。」

「それがこの結果か。彼女は少しだけ礼儀に欠けているみたいだな。」


キャラメルケーキをフォークで一口サイズに切って、ぱくりと食べるシオン様。食べる仕草も綺麗です。


招待状が届くのがぴたりと止まり、平和な日々は過ぎていった。警戒心が薄くなった私は図書室で本を貸りようと思い、創作フロアに足を踏み入れる。本棚からタイトルを見て、気になる本を2冊取り出し、受付コーナーの方へ踵を返しながら窓の外を見る。そこで足を止めた。


あそこに居るのは……シオン様とカロン?


バレない様にそっと顔半分だけ出し、ベンチに座っている2人を見つめる。裏庭であまり人気ない場所だ。そこはシオン様が読書するにお気に入りの場所なのだが…。なにやら話をしているが、ここは2階で窓も閉めているので声は聞こえない。そっちに行こうか悩んでいると、カロンがシオン様に抱き付いた。その光景に驚き、本をテーブルに置いて早足で2人のところに向かった。





「やめて下さい。」

「きゃっ…。」


ヘクシオンは抱き付いてきたカロンを無理矢理離す。


「何故、こんな事をするのかは分かりませんが、いきなりこうされるのは不愉快です。私のところに来たのはこれが目的ですか?」

「ご、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ…。」


眉を八の字にし、潤んだ眼差しで見つめる。他の男性から見たら庇護欲をそそられるかもしれないが、ヘクシオンはただ肩を竦めた。読んでいた本をバタンと閉じ、立ち上がるとカロンも何故か立ち上がりヘクシオンの制服の裾を掴む。


「……なんですか?」

「ヘクシオン様、ヴィオラ様はご自分に自信が無いのです。いつも、俯いてばかりであまり喋らないからヘクシオン様も退屈な日々を過ごしているでしょう?これじゃ、ヘクシオン様がお可哀想です。私、こう見えてお喋り大好きなんです。いろんな話を知っていますのでヘクシオン様も楽しめるかと。今度、我が屋敷でお茶しませんか?あっ、私の事はカロンと呼んで下さい!敬語も使わなくていいんですよ。」

「…………そうか。」

「ヘクシオン様?」


ヘクシオンはぽつりと呟き、黙ったのでカロンは首を傾げる。無表情のままカロンを見下ろし、紅玉色の瞳の奧から温かさは感じられない。そこには婚約者のヴィオラには決して見せない冷たい感情があった。足を動かし、カロンの横を通り過ぎて行く。カロンは慌ててヘクシオンに近付こうとした時、ヴィオラの姿に気付く。「シオン様。」とヴィオラが言おうとした同時にカロンはヘクシオンの背中に抱き付こうとした。


―――だが、ヘクシオンの方が一枚上手だった。


カロンよりヘクシオンが先に気付いたのでヴィオラの方へ駆け寄る。そのせいでカロンの手は空振りし、バランスを崩して倒れた。その光景を見たヴィオラは唖然とした。



「どうしたんだ、ヴィオラ。もしかして、私を探していたのか?」

「あ……いえ、その……。」


話し掛けてくれるのは嬉しいが、倒れたカロンが気になってそれどころではない。シオン様がカロンの方を見ると、「ここの芝生は柔らかいから怪我は無いと思うぞ。」と興味無さそうに言う。私の手を握って、一緒に生徒達が居る方へ歩く。カロンをそのまま置いて。



それから、カロンの行動は豹変した。身分の高い美男子ばかりと交友を重ねる悪い意味で評判となったのだ。国の将来を担う有能な若手達。その中には婚約者も居るというのにカロンに骨抜きされたのか、婚約者をほったらかして競う様にカロンにアプローチを繰り返す。そこに至るまでの所要時間は3ヶ月。これもカロンの可愛らしい容姿のせいだろう。小柄だし、小動物みたいに見えるから守ってあげたくなるし。たまにシオン様に近付く事もある。


廊下を歩いてる時。

ベンチで本を読んでいる時。

昼食やティータイムをしている時。


私が一緒に居るにも関わらず、隣に座ってシオン様の身体に触ろうとしたり。カロンの視線はずっとシオン様だけを見つめていた。――ああ、カロンはシオン様に好意を寄せていたのね、と改めて前の私の鈍感力に苦笑する。


「カロン様。シオン様は私の婚約者です。婚約者が居る殿方と親密になるのは色々と問題があるのですよ。ですので、どうかシオン様に付き纏わないで下さい。触れるのもお控え下さい。」

「ひ、酷いです…!私はヘクシオン様とお話がしたいだけなのに……!嫉妬深い女は嫌われますよ。」


注意しても、カロンは泣くだけ。すると、カロンに骨抜きにされた令息達がどこからもなくやってきて私を睨む。


「カロン、大丈夫かっ。何故こんな酷い事をするんだ。」

「何故と言われましても…私はただ、カロン様に注意をしただけです。」

「だったら、どうしてカロンが泣いているんだ!」

「あの、皆様。皆様にもそれぞれ婚約者がいらっしゃいますよね?ええ、カロン様とお話をするのは別にいいのですが、適度な距離感を保ち下さい。もし、ご両親の耳に入ってしまったら――…。」

「そ、それとこれとは話が別だ!!」


おい、問題ありまくりだっつの。


「皆さん…私は大丈夫ですっ…。私が悪いんです。だから、ヴィオラ様を怒らないであげて下さい。」

「カロン、なんて優しいんだ…。もう大丈夫だから、泣くな。」

「ありがとうございます。皆さん優しくて、私とても嬉しいです。」

「「「カロン……。」」」


なに、この茶番劇は。私は一体、何を見せられているのだろうか。


呆れた私は黙ってその場を去った。貴族同士の結婚は政略結婚が多く、恋愛結婚は稀。家同士が勝手に決めた婚約に不満を持っている令息は居るかもしれないが……。


「確か…こういうのって逆ハーレムって言うんだっけ?たった1人の女性が複数の男性に好かれて囲まれている状態を。いやいや、婚約者が居るならはっきり言って浮気だわ。この国は一夫一妻制なのに。」


それぞれの立場に合った節度をとらないと、最後に待っているのは地獄だというのにカロンに骨抜きにされた令息達は分かっているのだろうか。重い溜め息を吐いてしまい、慌てて口を抑える。ここは学園だから、はしたない行動をしてはいけない。周りを見て、誰も居ない事に安堵し再び廊下を歩き始めた。


神よ、この学園はどうなってしまうのでしょうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「暫く、カロン・フーリエスは学園に来ない筈だ。」

「へ……?」


淑女らしくない返事をしてしまった。ガゼボでお茶会をしていたのにシオン様がいきなりそんな事を言うから。


「来ない…というのは?」

「彼女は今、謹慎しているから。」

「ききき、謹慎!?」


シオン様は持っていたティーカップとソーサーをテーブルに置く。


「覚えているか?私とヴィオラが学園のカフェでティータイムしている時に彼女がやってきただろう。招待状がどうのこうのとか。」

「はい、いきなりの事でしたので覚えています。」

「あれ以来、嫌な予感がしてて……裏庭で私に馴れ馴れしくしてきたから。ヴィオラ、まさかとは思うがどこかで様子を見ていたのか?」


うぐぅ、シオン様するどい。その時の事を言うと、シオン様は目を伏せた。


「タイミングが良すぎたとは思ったが……そうか、ヴィオラに見られてしまったか。」

「それで、私はカロン様に注意をしようと思って……はい。でも、私は不安を抱いていません。カロン様がどれだけ靡かせようとしても、シオン様は私を見ていてくれる。だから、私はそんな誠実なシオン様をお慕いしております。」


シオン様の手を優しく握り、そう言うと抱き締められた。彼の腕の中はとても落ち着く。


「話を逸らして申し訳ありません。それで……カロン様に謹慎と何の関係が?」

「カロン嬢が婚約者が居る令息達と親しげにしているのを見た事は沢山あるだろう。令嬢達がカロン嬢に注意をしても、友達として仲良くしているだの嫉妬だのとか……。私にはあれが友達関係には見えない。」

「はい。距離感がどう見ても、その…浮気としか。」

「このままでは両家にとって不味いから、私も令息達に注意したんだ。だが、聞き入れてくれなかった。」

「そんな……。」

「だから、セドリックに協力してもらい、記録する事にしたんだ。」

「記録ですか?」


シオン様の考えはこうだ。カロンの周りに居る令息3人は伯爵・侯爵・公爵といった身分の高い令息。男爵と子爵令息には眼中に無いようなので彼らにカロンと骨抜きにされた令息達とどういうやりとりをしているか、記録を頼んだ。この案にヨハネス殿下やティアラ様も賛成してくれた。カロン達が手のひらで踊らされている事も知らずに。


「まぁ、3ヶ月もそんな事をしていたのですか!?」

「目を覚ます可能性も低かったし、何より婚約者の令嬢達があまりにも哀れだ。」

「私もそう思います!!」


それぞれの婚約者の令嬢達と話をした事はある。


公爵令息アーノルド様は宰相の息子。その婚約者、公爵令嬢レリアナ様は身分に関係なく接してくれる優しい性格を持つ。私やラニと他の令嬢達と一緒に刺繍会をした事がある。レリアナ様が作った刺繍はどれも素敵で甘い溜め息を吐いた事もあった。


侯爵令息ノルファ様は議員の息子。その婚約者、侯爵令嬢シルキー様は歴史や経済、政治にとても詳しかった。シルキー様のご両親が熱心なお人だったから。これからは女性も貴族社会で輝けなければならないと。そんな素晴らしいご両親に育てられたシルキー様はきっと皆のお手本となるだろうと信じている。


伯爵令息リカルド様は騎士団長の息子。その婚約者、伯爵令嬢ミレーユ様は凛とした雰囲気がとても素敵で、女性なのに乗馬大会で優勝した事がある。あの時、馬に乗って障害物を避けるミレーユ様に私は目を逸らす事も出来なかった。


「分からない…。そんな素晴らしい才知を持つ令嬢達に何故彼らは気付かないんだ。」

「……きっと、カロン様の方が好みの容姿だったのかもしれません。」

「カロン嬢のあの外見で?だとしたら、単純な奴らだな。私には分かる。あれは猫を被っているんだ。という訳で3ヶ月分の記録をヨハネス殿下に渡した。両家の当主にも報告すると仰ってくれたし、あとは当主が沙汰を下すだろう。果たしてどうなるか…。学園に行くのが楽しみだな、ヴィオラ。」

「まぁ、シオン様ったら。」


シオン様のちょっと悪い笑顔にクスクスと笑う。にしても、まさか彼がこの案を考えていたとは思わなかった。ちょっと、私も学園に行くのが楽しみになってきた。




学園に行くと、カロンは2週間自宅謹慎になっていた。シオン様の言った通りだ。


「お聞きになりまして?カロンという令嬢に骨抜きにされた令息達…婚約破棄されたらしいですわ。」

「まぁ…ですが、自業自得ですもの。婚約者を大事にしない殿方なんて最低ですから。家同士がお決めになった婚約も軽視していましたし。」

「レリアナ様、シルキー様、ミレーユ様に誠実な殿方が現れる事を祈りましょう。」


その祈りが届いたのは遅くはなかった。


レリアナ様はアーノルド様の2つ年下の弟ニコラス様の婚約者となった。ニコラス様は跡継となり、アーノルド様と違って聡明であり、誠実な性格をしている。レリアナ様と同い年のせいか、仲は大変良い。アーノルド様は何度も後悔し、レリアナ様に話し掛けようとしても相手にはされなかった。新しい婚約者になりたい令嬢なんて現れる訳がない。彼は一生独身だろう。


シルキー様はなんと、ヨハネス殿下の婚約者となった。歴史や経済、政治に詳しくその才知に惚れたそうだ。ヨハネス殿下の甘い囁きにシルキー様はたじたじとしているが、恋愛脳の私とラニは気分が上がった。ノルファ様は廃嫡となり、庶民となり最低限の金銭だけを渡されて市井に降りた。跡継ぎは分家から養子を探し、ノルファ様と同じ二の舞にならない様に心掛けている。


ミレーユ様は乗馬大会で優勝した伯爵令息グラッセ様に告白された。ずっと前から慕っていたらしい。そんなグラッセ様をミレーユ様も好きになったので恋愛結婚となった。リカルド様は騎士団に入隊する事も許されず、学園を中退して小さな村の衛兵に任命された。家もそこに用意したので、もう二度とこちらに帰ってくる事は難しい。幸い、リカルド様は次男だったので跡継ぎの心配は無い。


そして、騒動の原因であるカロン・フーリエスが2週間ぶりに学園にやってきた。アーノルド様以外の令息はもう学園には居ない。カロンがどれだけアーノルド様に近付こうとしても、避けられている。同性の友人も居らず、ずっと1人で居る事が多くなった。




「ヴィオラ!あんたのせいよ!!」


カロンにいきなり暴言を吐き出された。しかも、図書室で。外野の視線が突き刺さる。一緒に居たラニが一歩前に出た。


「ヴィオラ、私の後ろに下がって。」

「ありがとう、ラニ。でも、大丈夫よ。カロン様、私のせいとはどういう事でしょうか。」

「とぼけないで!あんた、私になにかしたでしょ!なんで時間が巻き戻っているのよ!?」

「カロン様、何訳の分からない事を言っているのですか?」

「前のヴィオラはいつも私の後ろに隠れていたくせに…このまま、うまく行けばヘクシオン様は私のものになる筈だったのにっ―――。」

「なんて事を言うの。ヴィオラとヘクシオン様との婚約は両家が決めた政略結婚だけど、ヘクシオン様はきちんとヴィオラを愛してらっしゃるわ。あなたを好きになる訳ないでしょう。」

「あんたは黙ってよ!どうして私じゃなくてそいつを親友にしたのよ!?」

「カロン様、ラニは私の大事な親友です。これ以上ラニを侮辱する事は許しません。」

「こ、の――っ!!」


カロンは顔を真っ赤にし、私に襲い掛かろうとする。手を上げて、私に叩こうと。しかし、それを止めたのはティアラ様だった。


「お止めなさい。これ以上、学園の品位を下げるおつもりですか。」


カロンの手首を強く握り締め、睨むティアラ様。その鋭い眼差しにカロンは小さく悲鳴を上げた。


「謹慎すれば心を入れ替えてくれると思いましたが、どうやら無駄だった様ですね。この件はヨハネス殿下やフーリエス子爵にも報告します。」

「えっ……!?」

「ヴィオラ様、ラニ様。後はわたくしにお任せ下さい。」

「あ、ありがとうございます、ティアラ様。」


ティアラ様の言葉に甘え、会釈をする。結論から言うと、カロンはフーリエス子爵家一族に縁を切られ、まとまったお金を渡してどこかの町に降ろされたらしい。貴族令嬢が自立するのは難しいが、はっきり言って自業自得。同情はしない。


問題は無事に解決し、あれ以来学園は平和である。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「では、坊っちゃん。私はここでお待ちしています。お気をつけていってらっしゃいませ。」

「ああ。」


御者に一言、そう言ったヘクシオンは足を動かす。手には赤い薔薇の花束。生前、彼女が好きだった花。


「お久し振りです、おばあ様。」


目の前にある墓に跪き、薔薇を添える。この中に眠る亡き祖母はヘクシオンを可愛がってくれた。そんな祖母をヘクシオンも好きだった。


「おばあ様、今の私をどう思いますか?前の私はヴィオラの事をきちんと見ていなかった。だから、彼女はそんな私に嫌悪感を抱いていたのかもしれません。」


前の私は話す事が得意ではなかった。家族には慣れてるかもしれないが、他人――婚約者相手なら話は別だ。ヴィオラは臆病な性格を持っていた。こんな私が婚約者では彼女も不安で仕方ないだろう。だから、少しずつ距離を縮めていき、半年辺りでようやく仲良くなれた。


―――けれど、どこかで間違えたのかもしれない。


私はヴィオラに対して何も言わなかった。ヴィオラが泣いていれば、とりあえず傍に居てあげる。ヴィオラの趣味嗜好もあまり知らない。贈り物は母や姉に選んで貰った。流行りものに詳しい2人に任せれば大丈夫だろうと浅はかな考えを持っていた。ヴィオラは喜んでくれたが……。


毒殺された時、ヴィオラは私を冷たい眼差しで見下ろしていた。私がもっとヴィオラと向き合っていればこんな事にはならなかった筈。それに気付いたのはもう手遅れだったが―――目を開けたら子供の姿に戻っていた。


上着の胸ポケットからある物を取り出す。それは古びた懐中時計で、亡き祖母が愛用していたが、死ぬ前に私に贈ってくれたもの。蓋を開けると、ガラス面にはヒビが入っており、時計針はもう二度と動かない。子供の姿に戻っていた私のベッドの傍にこれが置いてあった。なんとなく、蓋を開けてみるとガラス面にヒビが勝手に入るのを見て、これはおばあ様が私に与えてくれた挽回の機会だと信じて疑わなかった。


だが、まさかヴィオラが私と同じく記憶持ちだったとは。初めての顔合わせで積極的に接するヴィオラに内心驚愕した。お茶会もスムーズで、贈り物もヴィオラが教えてくれたからすぐに用意する事が出来たし、なにより贈り物を渡した時のヴィオラはとても喜んでいて、私も胸が温かくなった。


ヴィオラがして欲しい事を叶えてあげると笑顔を見せてくれる。前のヴィオラはずっと黙っている事が多くて、こういった可愛い我儘を言う事も無かったが――彼女は新しく生まれ変わろうとしているのだと分かった。なら、私も新しく生まれ変わらなければならない。せっかく、おばあ様が挽回の機会を与えてくれたんだ。私が何か言う度にヴィオラは表情を変える。なんで、こんな簡単な事に気付かなかったんだろうか。それを姉上に言ったら―――。


『今更気付いたの?大事にするだけじゃなく、ちゃんと思っている事を言わないと伝わらないわよ。これじゃあ、すれ違いが起きたり結婚した後は仮面夫婦と呼ばれていたかもしれないわね。』


笑いながら言う姉上にゾッとした。


「カロン・フーリエスも記憶持ちにしたのは……罰を与えたのですか?おばあ様。」


墓に聞いても何も答えてくれない。カロン・フーリエスは前の私に馴れ馴れしくしてきた事がある。しかし、彼女はヴィオラにとって大事な親友。もし言えばヴィオラは私を軽蔑する可能性が高い。今回はラニ・ルベル侯爵令嬢を親友にしたという事は、ヴィオラはカロンの裏の顔に気付いたのかもしれない。


今回のカロンは愚かな事をしたものだ。利用された令息達も私の言葉を聞き入れてくれればこんな事は起きなかったのに。未来は変わってしまったが、別にどうでもいい。自業自得だ。


「また来ます、おばあ様。」


墓に会釈をして馬車のところに戻ろうとした時、強い風が吹く。ふと声がした気がしたので振り向いたが、誰も居なかった。




学園の行事の1つである芸術祭。大講堂には貴族や王族が招かされている。そこで、ヴィオラはクラス代表としてピアノ演奏に参加した。前はあんなに人見知りだったのに、皆の前で堂々とピアノを弾いている姿に私は目を細める。


前の時よりも彼女に惹かれていたから。


演奏が終わると、拍手の嵐が降ってきた。皆に向けて、挨拶(カーテシー)するヴィオラの首元には紅玉色の花形ネックレスが輝いている。17歳の誕生日の時に私が贈ったものだ。


舞台から去るのと同時に私はヴィオラを迎えに行く為に大講堂を出た。



ここまで読んでくださりありがとうございます。


ヴィオラ・スワロフ

家族や使用人達に沢山可愛がられ、疑う事をあまりしない世間知らずのお嬢様。

弱々な性格を治すのとヘクシオンに相応しい婚約者になる為に努力した結果、完璧な淑女となった。学園でもヴィオラに憧れている令嬢が少しだけ居る。二度目の人生では積極的なヘクシオンにはわわしながらも毎日が幸せ。


ヘクシオン・ディスワル

ヴィオラに毒殺されたのは自分に非があったと思い、二度目の人生でやり直すと決めた。毒殺されたにも関わらず、ヴィオラの事は愛している。懐の深さが凄い。

新しく生まれ変わったヴィオラを内心応援してるが、前の時よりももっと好きになってしまい手を出すのをなんとか耐えている。早く卒業してヴィオラと結婚したい。


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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品でした! 素敵な物語をありがとうございました!
[一言] ヴィオラとヘクシオンが一周目の顛末について決してカロンだけに責任転嫁せず、自分の行いにも向き合って改善するべく努力しながら幸せな未来を掴んでいく様子にほっこりしました。 きっとカロンは二人と…
[良い点] とても読みやすく、視点の切り替え、個々の思いなど、表現が分かり易かったので楽しく拝読させて頂きました。 [一言] 心地良い読書の時間を与えてくださり有難うございます。 今後の執筆活動も頑張…
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