異世界勇者を許せない大人の主張
「謹慎食らった…」
「何故だ…」
二人は忘れていた。
いくら忠誠心からの行いであれど、王への暴言と王族以外立ち入り禁止の場所へ無断で入るのは切実に蛮行である。
二人は後にこの件を忠義ゆえの過ち、若気の至りとさも笑い話のように語るが王家からすれば命を取られてもおかしくない状況で形だけは丁寧な進言だけして帰っていったアホ二人をいかに処分すべきか朝まで話し合った結果、満足そうなアホ面で出勤してきたところを呼び出し謹慎を申し渡した。
正直混乱していたと、後に王は語る。正気なら反逆罪で打ち首だった。
「まあ、反逆罪を食らわなかっただけマシだな。はっはっは」
謹慎二日目にして我慢が効かなくなった将軍は堂々と私服で出歩き、五日目には同志である騎士団長の家にも何の気兼ねなく正面から訪問した。
「だからって家を抜け出して酒場へ繰り出すのも中々堪えるものがありますね…」
言いつつも手元の水を煽る。
水だ。謹慎中にまさか酒は飲まない。彼が飲んでいるのは深い赤色の水だし将軍が今おかわりを注文したのは泡の出る水だ。
水、である。
「仕方がない。結局召喚されてしまった勇者をいかに抑止するか、我々は次の策を練らなければならないからな」
「…そう。結局召喚は成功してしまった。嘆かわしいが、事実として受け入れなければならない」
「…騎士団長?」
「…申し訳ない。勇者の現状でしたね?ええ、監視をつけて調べさせていますよ」
「助かる。で、奴は今何を?」
「正直目立った動きはありません。どう見ます?」
「テンプレだな。召喚された奴はいきなり旅立つとかじゃなくてまず足場を固める。支持者がいればその下で何かしらの働きをして名を挙げるはず」
「異世界から持ち込んだ知識や物品による貢献ですね?しかし奇妙な話だ。魔王を倒すために呼ばれたのに何故すぐに出陣しないのでしょう」
「簡単な話、取り巻きを集めるためだ。勇者は使える手足といつでも称賛してくれる信者がいないと死ぬからな」
「なるほど。神から力を授かっていても決して無敵ではないと言い張り、しかし現場で活躍することで己を持ち上げさせる。卑劣なやり口だ…」
「ああ。そのために荒唐無稽なことを言い出したり成し遂げた後さらっと報告することで注目を集めるのだ。まずはそれを注視し、惑わされる人間を少なくするために説得をしなければな」
「ふむ…不思議に思っていたのですが、異世界の技術や知識が本当にこの世界が使えるのでしょうか?隣国でさえ大きく文化の違う場所があるのに、そこからさらに遠い場所なのでしょう?」
「使える。何故か使えるんだ。神が使えそうなのを選んで送り込んでいるのだと言えばそこまでだが、召喚に神の絡まない伝説であっても同じように活躍してみせる。中には全く見当違いの覚え方をしていてもどうにかなる。モチを知っているか?」
「ええ、東方帝国で米から作られる菓子ですよね」
「俺が読んだ伝説の一つに、『雨の多い土地で穀物を悪くならないように保存するにはふかしてついて丸めて固めるべきだと勇者は伝え、村に貯蓄を作るのに成功した』というものがあった」
「モチにしておいておけば保存が楽だという話でしょうか?…ん?」
「気付いたようだな。モチは、ナマモノだ。保存食ではない。あっさりカビが生えるしどれだけ固くてもネズミにはごちそうでしかない」
「そっ、そんな馬鹿らしい勘違いが伝説として本屋に並んでいるというのですか!?」
「こんなものは序の口だ。酷いものは街頭で声高に学者や論客に否定され、書いた詩人が出てきて妙な反論をした後で訂正を始めたりする。その果てに捨てられた本に着けた火に飛び込むさまを炎上と呼ぶ」
「壮絶ですね…反勇者勢力と増え続ける伝説の紡ぎ手にそんな攻防があるとは」
「俺としては知識の間違いは所詮伝説、で済ませてもいいと思っている。馬鹿だとは思うが俺が気に食わないのは…おっとぉ」
将軍は店員に向けて丸太のような腕を挙げようとした。するとその拍子にシャツのボタンが弾け飛び、豊満な胸筋があらわになる。周囲が囃し立てるのを受けて照れ笑いを浮かべながら飛散したボタンを拾い集める相方に肩をすくめ、代わりに騎士団長が注文を済ませた。まあ、よくあることだ。
「さて、どこまで話したか…そう、俺が気に食わないのはな。民が新しいものを便利だから、ですぐに頼りにし始めるところだ。…それでは、それまでに用いられていたものがあまりに不憫ではないか」
「何事にも感謝と敬意を、ですね。例え不要になる職業や技術であっても、その時までは確かに必要とされていたのだ、というのが貴方の主張でしたか」
「うむ…例えば我々兵士。先も王の前で述べたような気がするが、日頃鍛錬は欠かしておらず意識も高く持っている。このような状況なら尚更。手前ミソながら魔物との戦闘でも後れを取ったことはない。と言うか、魔王討伐に行くために俺たちめっちゃ修行したのに…」
「あの辛く厳しい修行の日々の記憶…王には伝わりませんでしたね…ガチめにありえんてぃーでした…」
「行くなら魔王倒せるくらい強くなってこいと言ったのは王なのにな」
「ブラックです」
閑話休題。
「好意的に見れば。『兵とて国民、王家が守るべきもの』なんでしょうか。私にはわかりませんね、自国の兵を兵として扱わないのは『うっかり尻を入り口だと医者に言ってしまう』が如き愚行…この言い回し、昔から言われているそうですが意味がよくわかりませんよね」
「尻は出口だと思うのだがな…」
そこへまるで話の切れ目を見計らったかのように忍び足の男が現れ、騎士団長へ耳打ちする。
報告を受けた騎士団長の細目が僅かに、しかし鋭くなる。
「将軍。動きがありました。と、言うより」
心なしか足早に去っていく部下の背中を睨みながら騎士団長は告げる。
「申し訳ありません。出し抜かれました。奴は既に城を出たようです」
「何…?」
一瞬、将軍が色めき立つ。が、歴戦の戦士に動揺はない。すぐに続きを促し騎士団長は頷いて答えた。
「奴が掲げたのは…ずばり、『誰にでもできる竜の討伐方法』の確立です」
「…馬鹿な」
馬鹿げている、と思った。
だが頭ごなしに否定ができない。王家の掲げる伝説では勇者が単騎で魔物の軍勢を打ち破り魔王を討ち、言うまでもなくその過程で竜を討ち取っている。
では、それが誰にでもできるようになるとしたら?
「…竜が優れた武具の材料になるのは子供でも知っています。誰も彼もが竜を討てるようになれば、あらゆる魔物は脅威ではなくなり魔王討伐さえも…勇者の御業ではなくなる」
「…それは、実現すればむしろ。勇者が追い詰められるのではないか?」
「いえ、止めましょう。奴はここ数日で仲良くなった女を何人も連れて行きました」
「誰にでも竜を狩れるだと!?あらゆる戦士兵士への侮辱だ!そんなことっ…できるはずがない!!」
テーブルを破壊せんばかりの意気を込めて将軍が立ち上がる。
その背に静かな怒気を孕み騎士団長が続いた。
目指すは己の王の居城。まずは事実を問い質し、その上で勇者一行を追いかけ思い留まらせるつもりであった。
しかして酒場を飛び出した二人が行き会ったのは、王でも勇者でもなく。
街を囲う壁を超えてなだれ込む魔物の軍勢であった。