第2話:アンラッキーで死にかける男
「クソ、何にも思い出せねぇ......」
思わず口から漏れる苦悩。
意識がバーミアに行ってた時間の地球での記憶があまりにも曖昧すぎる。
「今日のお前ほんとに変だぞ...大丈夫か?」
冬弥の心配そうな眼差しがこちらを覗く、教科書を脇にしたその姿が魔道書の様なものを持っていたトウと瓜二つで混乱が更に加速する。
「なぁ......夢の住人が現実に侵略してくるなんてコトあると思うか?」
「なんだそれ」
至極当然の回答が飛んでくる。
冗談と受け取られたのかハハと乾いた笑いを見せる冬弥。
記憶の整理より、今この身に起こっている現象の整理の方が大切だろう。
物心付いた頃にはシュンヤの記憶はそこにあった。
ファンタジーに触れていたと言えば日曜の戦隊モノぐらいだから当然異世界や魔法の概念は殆ど皆無と言える。
それなのに記憶の中のシュンヤは身体強化魔法を使い、地球には居ない生物と取引をしたりしていた。
もう受け入れよう。記憶の中から片時も離れなかった異世界【バーミア】は存在する。
――そこからの整理はあっという間だった。
シュンヤの体に意識が転移するあの現象を【憑依】と名付け、その間自分もシュンヤに憑依されてる事を理解した。
そしてシュンヤはトウや赤毛の女性に僕の事を話している。
もっとも理解されることなく何かしらの精神侵略系魔法だと思われてるらしいが......。
正直羨ましい。魔法の概念があるバーミアの世界ではこの憑依の事を話しても「馬鹿じゃねぇの」と嘲弄されることはない。
こっちで誰かに相談したらワンチャン精神病院にぶち込まれる。
向こうの恵まれた環境に嫉妬しながら、道具を片付け帰宅準備をする。
教科書が詰まった重いリュックを持ち上げ廊下に出ると、過去体験したことがない程の目眩がした。
「これって、まさか」
そのまさかだった。
視界がブラックアウトし、ゆっくりと光が戻るとそこはもう日本ではなかった。
空が緑色のようで、雲が赤色。
記憶で散々見慣れた、バーミアの世界。
しかし一つ見慣れない、というより見たくない光景が目の前に広がっていた。
牙むき出しのライオンの様な獣にヨダレを垂らされながら睨まれている。
あぁ...目が赤く光ってる、なんだこの生物。
「グルゥ...ガォォォォ!」
口を大きく開け吠えられると思わず腰が抜けた。
ヤバイ、死ぬ。
なんだよ、なんでこんな絶体絶命のタイミングで憑依するんだよ。
てかなんでシュンヤはこんな状況に追い込まれるんだよ。
とんでもない跳躍力で宙を舞うそのライオンの様な獣は、綺麗な弧を描き一直線でこちらに飛んでくる。
嗚呼、なんて理不尽な死に様――
【レラロイド】
だだっ広い荒野に何処からか声が響く。
その瞬間、こちらに一直線に飛んできた獣はバラバラになって地面に落ちた。
「お前何やってんだよ、死にたいの......」
こっちにすごい形相で近づいて来たのはトウだった。
生まれて初めて生で攻撃魔法を見た。
......いや、実際はあまりの恐怖に目を閉じてたから見えなかったのだが。
「お前俊介か?」
「あ、あぁ」
そう相槌を取った瞬間、トウは腹を抱えて大笑いした。
「ハハハ!そっかそっか、お前もつくづく運が無いんだな!」
目から涙を流しながらゲラ笑いするトウ。
「腹痛い」と小声で呟きながらこちらに指を刺すその姿に不快そうな顔をしていると、その視線に気付いたのかニヤつきながらも笑いを堪えてくれた。
「いや、わりィわりィお前の不運っぷりがあまりにも面白くってよ」
「まさかギーアウルフの討伐中に入れ替わるなんてな!」
そう言うとまた再び腹を抱えて笑い出した。
涙目になりながらもハァーと一つため息をついて落ち着かせている。
「シュンヤから大体の事は聞いたよ、実在したんだな俊介って」
そう言うトウの目に嘘偽りは無く、純粋に俊介という存在を認知したようだった。
嬉しいような、怖いような。そんな何とも言えない感情を抱く。
「色々聞きたいこともあるが先に仕事だ、ちょっと待っててくれ」
そう言うとトウは宙を高く舞い、手に持っていた本を指でなぞる。
すると地面から檻の様な柵が現れ、そこに次から次へとギーアウルフ?と呼ばれていた獣を投げ込んでいく。
ウルフという事は狼なのだろうか?とてもそのサイズでは収まらないと思うのだが......。
一通り入れ終わるとトウは再び本を指でなぞる。
檻がみるみるうちに縮んでいき、手のひらサイズまで縮んだ所で本を閉じた。
「それは?」
「あぁ、これ?これはタレントブック。魔法を無詠唱で使うための道具さ」
「もっともあらかじめ記録した魔法しか使えないから、ピンチの時とかは普通に詠唱しなきゃいけないんだけどね」
「さっきみたいに」
フフと口から空気が漏れるトウ。
そんなに間抜けな面をしていたのか?と疑問に思うと同時に苛立ちを隠せなくなってきた俊介。
「悪かったって、怒らないでくれよ」
コートの胸ポケットにサイコロ状になった檻を入れると、相変わらずのニヤけ面でこっちこっちと手招きをする。
「折角だ、観光案内してやるよ」