第1話:異世界の記憶
男に連れられるまま、教会のような場所に着いた。
ステンドグラスから漏れ出す光が影絵で遊ぶ女神像を照らしている。
これは...キツネか?
「ま、座れや」
男は腰掛けながら胸元から石のようなモノを取り出す。
手をかざすと同時に石に赤い紋章が浮かび上がった。
数秒もしないうちに男の手から魔法陣が出現し、その石が光りだす。
コツン...コツン...と反響するような音が教会に響き、ノイズの様な音に変わり、次第に女性の声へと変化していった。
「どうしたの?トウが連絡石なんて珍しいね」
「いや、ちょっとな。お前テレポート使えるだろ?ちょっと来てくれると嬉しいんだが」
「分かった、すぐ行く」
金属が擦り合わさる様な鋭い男が鳴り、石から光が消えた。
あまりにも妖麗だったあの光りに身震いがする。
連絡石...女性の声...電話の様なものだろうか?
しかしどこをどう見ても石だ。電話をかけるための画面も無ければ中に基盤が入っているようにも見えない。
なによりあの魔法陣だ、あんなの地球で見た事もない。
流れ込む沢山の情報に頭を悩ませる間もなく、突然空間に歪みが発生した。
その歪みは円形にグニャリと進行していき、ゲートの様な形になると中から一人の少女が飛び出してきた。
赤い髪、静かに落ち着いた瞳。そして女性らしからぬ身長。
高校では割と高身長の部類に入る自負があったが、彼女との身長差を一切感じることが出来ない。
「で?急に呼び出して何の用......」
彼女はそう言ってこちらを見つめ見てた。
突然の視線に思わず目を背けてしまう。
「貴方シュンヤじゃないのね?じゃぁ話に聞いていた俊介?」
ドクリ、と言う大きな音を皮切りに鼓動がどんどん早くなっていく。
今なんて言った...?俊介?
なんで僕の名前を知っているんだ?
心臓が痛いのか胃が痛いのか、もはや内蔵全部が痛いような気がする。
「僕を知っているのか?」
赤毛の少女は一瞬困惑したような表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「いい?貴方はシュンヤであって俊介じゃないの。今の貴方は【記憶の上書き】をされてるのよ」
...?
「よく思い出して。貴方は【シュンヤ】一緒に戦ってきた仲間でしょ?」
戦う、シュンヤ......そうだ!全てを思い出した。
記憶だ。記憶なんだよ。
僕は生まれた時から僕じゃない他の誰かと記憶を【共有】している。
それは明らかに地球のモノではなかったけど、僕と共に成長してきた。
いつも「想像力豊かなのかなぁ...」と片付けてその現象に恥さえも感じていたが......シュンヤ。
そうだよ、シュンヤだ。その記憶の持ち主の名前は。
「そう、それは僕の記憶の中に居た人物だ」
「違う!それは逆よシュンヤ。貴方の中にいた人物が俊介なの」
━…━…━…━…━…━…━…━…━…
目が覚めた。
見慣れた天井。
家だ、間違いなく。
肌に触る布団の感覚、今僕は間違いなく布団の中にいる。
...何故?
寝る前に布団に入った記憶がない。
最後の記憶はテレビを見ながら夕飯を食べていた所で止まっている。
いつの間に布団に入った...?
それにあの夢は一体なんだったのだろうか?
同時進行で進むシュンヤの記憶、断片的なこの記憶。
想像力豊かと切り捨てていたこの記憶に飛ばされる夢...。
そんな現象、ありえるのか?
いや、確かに夢とは記憶の整理だと聞いたことがある、
それならあり得るのか...?
いや、それだと布団に入るまでの記憶がすっ飛んでる理由が説明つかない。
気味が悪い......
リアルすぎる夢を見た後の一日は本当に苦痛だ。
重い体を叩きおこし朝支度を終わらせる。
「学校、行くか...」
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学校に来た。
基本ボッチとは言え、一応友人関係を持っている人間は数人いる。
その中の一人がコイツ、【武林冬弥】。
華奢で眼鏡、女装したら見分けつかなくなるルックスをしているが、今は男だ。
「おはよう」
「あぁ、おはよう冬弥」
なんの変哲もない至って普通のあいさつ。
しかし、あの夢の件があったせいで、冬弥さえも不審に感じる。
冬弥とあの...トウと呼ばれていたっけ?あの男の姿が妙にダブる。
「なぁ冬弥、そのポケットに入ってるものって......」
ポケットの妙な膨らみに気付いて、嫌な汗が流れ出す。
「どうした?今日のお前なんか変だぞ?これはただのハンカチ、さっきトイレ行ったあっとテキトーに突っ込んだんだよ」
「あ、あぁスマン」
もし仮に夢が記憶の整理だったとして、もしなんらかの理由で2人分の記憶を【共有】していた場合はどうなるのだろうか?
しっかりと意識を持って動いている【俊介】としての記憶と、自分の知らないところからポンポン入ってくる【シュンヤ】の記憶。この2つを同時に整理した場合だ。
両方の世界の記憶がごっちゃごちゃになって、夢の中で冬弥にそっくりな人が出てくるってのも想像でき......ない。
夢に出てきたあの赤毛の女性だ。
トウは冬弥と髪色一つとして違いはなかったが、僕の知り合いに赤髪の女性はいない。
向こうの世界で俊介と言う存在が幻だとでも言わんばかりに熱弁していたあの彼女、記憶の整理にオリジナルが入ってくるのはおかしい。
やはりここの世界とは違う【異世界】が存在していて、そこの住人と入れ替わっていたと考えるしかない...。
なにより気味悪いのが目覚めだ。
僕は布団に入っていない。
誰かに無意識下で【操作】されたと言うことになる。
分からないことだらけだ、ぶっちゃけ怖い。
そしてなにより...
気持ち悪い。