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霊安室、より地下へ?

 幸い、この病院は一般病棟から直接霊安室へ向かえる構造のようだ。どうやらカードキーも使われていない、時間さえ取れればピッキングによる解錠も可能だろうか。


 ……まあしばらく練習もしてないから、そう上手く行かないと思うが。なに、成功しないにしても証拠を残さなければ良い。そんなもんだ。


 俺はいくつかリストアップしておいた職員の警戒が薄い場所のうちから、一般病棟の屋上、その一角に並ぶ室外機の間の死角を選びそこで夜を待った。

 ここの患者が着るものと同じ患者衣も用意して、前日室外機の陰に隠しておいた。夜勤看護師や警備員の病棟巡回が厳重ならば、一旦ここまで戻って着替えてから移動しなおす。


 面会時間終了一時間前に病棟へ入り、喫煙スペースを兼ねている屋上へ上がった。しかし煙草は吸わない。ぼんやりと風景を眺める風を装いながら、一人になれるタイミングを待つ。


 そして俺は身を隠した。隠れて時間を潰すうちに伊達眼鏡をかけ、ペン型カメラやボイスレコーダー、護身具などの装備を確認しておく。


 午後九時半。そろそろ最初の夜間巡回が終わった頃だ、煙草を吸いに来た者もいない。俺は静かに屋上の出入口へ向かい、ドアを

 ……鍵がかかっている。夜も普段は鍵がかかっていない、と入院している喫煙者に聞いていたのだがこの程度の不手際は仕方がない、極力音を立てないように気を付けながら解錠を試みる。


 イザとなれば何とかなるもんだ。


 幸い来訪者もなく、解錠に成功した俺は人の気配を探りながら霊安室へ向かう。この行程で一番の問題は、病棟と裏口……通用口のある棟を(へだ)てるドアだ。このドアは、使用時以外は常時施錠されているらしい。のだが、ドアは半端な位置で開いていた。


「危険な橋を渡る時、想定外のトラブルは付き物だから受け入れて対処しろ。だが、想定外の幸運は過信するな、それ以上のトラブルを疑え」

 先輩の教えだ。久しぶりに思い出した。


 俺は警戒を強めながら、少しずつ霊安室のある区画へ近づいていく。不気味なほど、人の気配は感じられない。そのまますんなりと、霊安室へと忍び込んだ。


 ここが、伊東(いとう)看護師を、直江(なおえ)夫妻を飲み込んだといわれる霊安室……


 感慨に浸っている暇はない、俺はまずペン型カメラで室内を撮影した。撮影しながら、外観上特に変わった点がないことを認識する。

 一通り撮影を終えた俺は、まず壁を詳しく調べてみようと手を伸ばす。叩く位置をずらしながら軽くノックしたり、部材の継ぎ目をピッキングツールでグリグリねじってみたり、壁沿いに備え付けられたベンチのシートを持ち上げようとしたり……



 突然、項に軽く刺されたような感覚が起こった。

「動くな」

 一瞬で全身に寒気が走る。粘ついた汗が噴く。しまった、部屋に意識を向けすぎていた。


「お前がか……? んぅ、まあいい。『疑わしきはクロ』、だ」

「うわっっ!?」

 尻の辺りを押された。少し前には壁がある、反射的に手を付こうとして掌を突き出す。しかし手を付いたはずの壁は支えとなることを拒否し、まるで暖簾(のれん)のような手応えを返してきた。それを感じた頃には、俺は闇の中の坂道を転げ落ちていた。




「ぐあっっ」

 どれほど転がり落ちていたかはわからないが、とりあえず「何処か」に辿り着いた。ぶつかった壁は衝撃を和らげる造りだったらしく、大きな怪我はしていなさそうだ。しかし目が回り前後不覚、平衡感覚が戻るのを待つよりなかった。

 この時に身柄を確保されていたら抵抗のしようがなかったのだが、幸いにもそうはならなかった。


 顔を上げられる程度に回復したところで、歪む視界に耐えながら辺りを見回す。人らしき影が倒れているが、部屋が薄暗く何者かの判断はつかない。とりあえず、立ち上がれるようになるのを待つ。


 「くっ」

 まだ少しクラクラするが、あまりのんびりできる場合ではないだろう。倒れている影は無視して隠れられそうな場所を探そう。あの坂を戻れるはずはない、外へ出るしかなさそうだが……ちょうど部屋のドアが開いている。いったん様子を伺ってから、部屋の外へ飛び出した。俺は急いで左右の道に視線を向けたが、通路も薄暗く構造が分かりづらい。

 いちかばちか、どちらかへ駆け出すしかないと覚悟したところで、何処からともなく声が聞こえたような気がした。


(左へ走りなさい、そして左側の二枚目のドアから部屋に入るのです)


 ……なんだ? 空耳か、幻聴の類だろうか? まあいい、こんな状況だ。天の助けだと思って乗ってやろう!

 俺は走り出した! しばらく走ると、通路に僅かな明かりの点いた部分があり、その左側の壁にはドアが見えた。次、だったな。そのまま数十秒ほど? 走ったところで、二つ目のドアが見えた。俺はドアノブを引いた。引けば開くと、言われた気がしたから。


 部屋へ駆け込むと、そこには人影があった。


「何だ貴様は!? 侵入者の一味か!!」


 人影が飛びかかってきた。俺は咄嗟(とっさ)にポケットから携帯電話型スタンガンを出し、人影に押し付け放電した!

 改造して電流を強めてある、誰であろうと、これでしばらくは動けなくなる────はずだったのだが、人影は動きを止めることなく圧し掛かってきた!


「がっ」

 俺は成す術なく押し倒される。人影は俺に身体を預けたまま、左手首を掴んできた。


 瞬間、訳のわからない悲鳴を上げた、と思う。手首が折れる、どころか骨ごと潰れてしまいそうな力で締めつけられた。無力だったスタンガンを、直ぐに取り落としてしまう。


 ここへ落ちた時の衝撃でスタンガンが壊れたのか? それとも……?


 そんなことを思い浮かべた時、別の影によって視界がもう少し暗くなり、ほぼ同時に俺を掴む人影が顔を上げた。

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