出会い、別れ、失踪する古民家の噂・中編
『三十歳以下女性限定、個室宿泊一泊鍵付き、その他条件なし』
美紗は疑念を抱きつつも、リンクから詳細を確認してみる。そこには
『美岐市内の古民家で一泊し、その感想を聞かせてください!』
『私は、農村観光資源としての古民家の利用可能性について調査しています』
『若い女性の意見を幅広く集め分析するため、ご協力ください』
『宿泊のご感想を頂けた場合に限り、お土産として五種果物の詰め合わせを差し上げます』
などという文言が並んでいた。
(農村……? 古民家……? 変わったことを考える人)
お土産は……謝礼の一環ということなのだろうか? 謝礼の品はどうでも良いが、この呼びかけ自体は妙に引っかかった。美紗はSSを控えて、眠ることにした。
「美人女子大生のお部屋、おじゃましまーす!」
「いつものゼカリヤじゃなくて申し訳ない、けどちょっとでも節約したくて」
「じゃあお代はこれで勘弁してやる! とりゃ!!」
アッコはベッドに勢いよく飛び込んだ。まあ一階だから振動とか、苦情は気にしなくても大丈夫だろう。
「ここ、とてもいい匂いがするんですよぉお嬢様ぁ」
(……友人とはいえちょっと引くって)
そんな美紗の感想を知ってか知らずか、アッコはベッドにうつ伏せのままで話題を切り出した。
「それにしても珍しいね、ミサから相談なんて」
「うん、これなんだけど」
美紗はスマフォに映るマッチングサイトの画面をアッコに見せる。
「このアプリの用語とか危なそうな奴の見分け方とか、いろいろ教えてほしくって。けどまずは、とりあえずこの人が怪しいかどうか先生にチェックしてほしいの」
「あはははっ せっ先生てまあ、確かに色々やってるけどさ」
アッコは笑いながらスマフォの画面を覗いた。
「う~ん……ごめんけどこんなの初めて見たし、しょーじきわかんねッス」
「そっか」
「でもたぶん大丈夫じゃね? ま、カキコの内容気にするより現場で気を付けるほうが大事だしさ」
「現場で? どんなんがヤバいの?」
「例えば、ヤラれたくないなら二人きりにならないとか個室には入らないとか、ゴハンの時でもすぐ逃げられるように荷物を手元に置いとくとか、かなあ」
「じゃあ、この人の場合も逃げる準備が大事かな?」
「お、マジ参戦ですかお嬢様」
「ふーん、鍵がついてる部屋、か……結構貰えそうだし、先にアタシが行って試してみよか?」
「貰えそう、か……つか、それで良いの?」
「うん、こういう書き方してる時は大体数字 × 一万が相場だから」
「なる」
アッコは早速自分のスマフォを取り出し、慣れた操作でアポを取っていた。
「いや~、これは情報料出さなきゃ男がすたるわ」
「女でしょ」
明後日、アッコは五万円を手に戻り、そのお礼と称して高めの焼肉をご馳走してくれた。
「たまんねぇッスわ、ボロい家で寝るだけで五万て」
酔ってフラフラのアッコを支えながら歩く。
「一人一回だけってのが惜しいわ~、何の心配もないサイコーの活動なのに」
「そういえば、最近喉の調子よさそうだね」
「えっちょっ、ミサどこでそんなことを」
「え? 何のこと?」
「あぁビビった…………ミサこわっ」
女学生たちは仲良く帰路を歩む。
後日、美紗も古民家での宿泊を体験した。
あんな依頼をし、高額の謝礼を払ってくれるのはどのような人物なのだろうか。わずかに警戒しながら古民家へ向かった。駅前から近くのバス停まで車に揺られ、その先は徒歩で数十分。たどり着いた古民家の軒先に、自分より少し年上に見える女性が立っていた。
「ネットでご連絡いただいた、紗々実 さんですね? お待ちしておりました」
……美紗は特に不安を抱くこともなく、古民家で一日を過ごした。育ちの良い彼女にとって、古めかしい風呂やトイレには若干抵抗があったかもしれないが。
女性から謝礼を受け取った美紗は、朝の講義の準備をするため一旦家に帰ることにした。その途上、彼女は駅前で荷物を抱えた少女に出会った。
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「すみません、一休みさせていただいてもよろしいですか」
女性はそう言うと額の汗をハンカチで拭い、注文していたカクテルを一気に飲み干した。
「ふぅ……」
心地好さそうな溜息が、艶っぽく漏れた。
「マスター、彼女と同じものを飲んでみたくなりました。一杯もらえますか」
「後で知ったことですが、美岐市内のある大学に、地方・農村振興について研究する先生が在籍していたそうです」
「このお話に、その先生が関与している、と……?」
「いえ、そうではないと思います。その先生は既に定年を迎え、退官されています。もし、黒幕と呼ぶべき人物が居るならば、その先生が関与しているというミスリードを誘いたかったのではないかと、私は考えています」
「黒幕、ですか」
「お話のうちの古民家、あの病院の近くなんですよ」
それは少し飛躍している気がするが。