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幕間、次の語り部

「……先にお話いただいた噂とは、また随分毛色の違ったものでしたね」

 少し長めに間を置いて、話が終わったことを確認してから切り出した。


「そうだなあ、今回の噂は夏の夜に語りたい怪談、といったところか」

 そう答える男の表情は、この話をする以前よりもどこかピンボケしたような、自信なさげな……頼りなさを思わせた。内容に確信が持てないのだろうか?


「まったく、不可解な話だ。だからこそ、怪談にちょうどいいのかもしれんが」

「不可解、ですか」

「そうだろう? 夫婦はなぜ消えた? 一体誰に、そうする理由がある?」


 確かに前回の看護師の話は、非合法な組織による口封じと考えれば辻褄は合う。もちろん、そんな組織が実在するのか、という疑問はあるが。

 逆に、伊東看護師には他人の知らない密かな悩みがあり、自発的に姿を消した……という可能性だって無いとは言えない。

 どちらにしても、然程『不可解』な話ではないだろう。今回の話に比べれば。


「夫婦が父も母も置いていく理由など見当もつかん。もし、もし仮に彼らが誰かから恨みを買っていたとしても、暴漢に襲われるような場所でも場合でもないだろう」

「なるほど」



 不意にスマフォのアラームが鳴った。いつの間にやら、終電前だ。

「おっと、長っ(ちり)になってしまいました」

「次があったなら、その時は別の話をしようか」

「今日のところは失礼します。ではまた、ここで」


 隣で酔い潰れていた人物は、今もカウンターで突っ伏し動かないでいる。

「ところでマスター、この人……大丈夫ですか?」


「ああ、なんでも失恋したとかで強いお酒をぐいぐい飲んじゃって」

 まあ……若いうちはそんな日もあるか。


「店はまだ開けてるので、もう少し様子を見ますよ。こんな状態の女性を外に放り出すのは心配ですし」

 よく見てなかったから気付かなかったが、女だったのか。まあどうでもいいか。




 俺はバーを出て、寄り道せずに帰った。レコーダーに残せない、相手の表情や視線、姿勢といった記憶が頭に残っているうちに、考えをまとめようと思案する。



 看護師二人の件は、あまり深く考えないほうが良さそうだ。

 噂の全てが事実だとしても、特殊な主義志向の手合いが尾ひれを付けた流言だとしても、少なくとも俺が触れられる範囲には手掛かりとなりそうなものが全く無い。


 直江夫妻の件は、まず……人為的な出来事として考えると……話を聞く限り彼らにそんな危害要因があっただろうか? 人知れぬ苦悩も無いように思える。

 悲しみが生んだ奇行? ……なんてことが仮にあったとしても、それなら目撃者くらいいるだろうし、少なくとも形式的には容易く解決される種の事件か。


 今日の内容を一通りまとめて寝ようというところで、男の一言を思い出した。

「噂のどこまでが真実か、私には明らかにできないが……実際に直江という夫婦があの病院で行方不明になり、妻の母も事件後しばらくして倒れ、亡くなったのは確かだ。夫婦も見つかっていない」


(そうは言われても、結局のところよく分からんなあ。何か、もう少し……)

 と思った辺りで、この日は意識が落ちたようだ。




 俺は三度、例のバーを訪ねていた。そろそろ、マスターにも顔くらいは覚えられただろうか。

 何時も通りの席に着こうとすると、今日もカウンターの一席に酔客らしき影が丸まっている。ま、問題がありそうなら、恐らくマスターが何か言うだろう。だから、俺は特に気にせずいつもの言葉を掛ける。


「まだ早いけど、ギムレットを」

「すみません。その件で、少しお話が」



 マスターはギムレットを出しながら、話を切り出した。

「暫くこちらへは来られないとのことで、貴方へ伝言をことづかっておりますが……よろしいですか?」


「来られない? 体調を崩された、とか?」

「お元気そうでしたから、その心配はないと思いますが……」

「良かった、それでお言付けとは?」

「貴方が差し支えなければ、しばらくはある女性から話を聴いてほしいとのことです」


 ……まさか?

「まさか、それは……ここで潰れてる彼女ですか?」

何故か、この酔客が前回も隣で酩酊(めいてい)していた女(女性だと気づいたのは帰り際だったが)のような気がしたのだ。


「ははっ、失礼ながら彼女は別に関係ありません。彼女、今日も開店早々にいらしたのですが、バイトをクビになったと言いながら強いお酒をぐいぐい飲んじゃって、またこの通り……」

「あ、ああ……若い子は大変だ」

「それにしても、よくこの方が前回の女性だと気付かれましたね。何かのご縁でしょうか」

「まさか、当てずっぽです」


 とりあえず、件の女性からも話を聴いてみたい。俺は紹介を受けることにした。

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