エピローグ、やがて日常へ
俺が朝の陽炎に囲まれながら汗を流していた頃、地下で見つかっていた拉致被害者たちが病院に搬送された。
なんでも、市内あちこちの空き地や草むらで「人が倒れている」と警察・消防へ通報があり、多くの被害者が保護されたのだそうな。
被害者が保護された空き地の中には、例の古民家の場所も含まれていたらしい。もしかしたら、他の場所も若者たちを地下へと収容する拠点だったのかもしれない。
「いらっしゃい」
「まだ早いけど、ギムレットを……あ、いや今日は違います」
「独りでお越しなのに?」
「知り合いが、後で来ます……ところで彼女、今日も寝てるんですか」
以前と同じように、カウンターの一席で肩を丸める女がいる。その姿は、昨日も見たような気がしてならない。
「本当に、寝てると思ったの?」
その声は。
「こんばんは、半日ぶりくらいね」
「これはどうも、こんばんは」
とりあえず、乾杯。
「そうか、狸寝入りして話を聴いてたのか」
「ごめんなさいね、事情があってね」
彼女はショートグラスの中味を一気に流し込んだ。
「あたし達、この世界ではちょっとした有名人なの。自分で言うのもアレだけどね あっおかわり欲しいな」
「同じもので、よろしいですか」
「だから、赤松さんと大っぴらに会うと、赤松に警戒される虞があってね」
「えっと、赤松父が依頼人で、赤松ジュニアが標的……だったんだよな?」
「そう、道を踏み外した息子を止めたかった……みたいなの」
「で、そうか……俺に話をしている体で、病院内に手掛かりがあることを伝えてたのか」
「うん、勝手に利用させてもらったの。けど、それ以上に働いてくれたよね。お蔭で潜入も楽だったしね」
全く気付かなかったぞ、う~ん……
「そういえば、あの男はどうなったんだ? ここには来ないのか」
「あいつ馬鹿だから、一人でここまで来れずに迷っちゃうの」
「ま、無事ならいいか」
「それにあいつ酒飲めないしね」
「息子は、あれ……悪魔に憑かれたとか、そんな感じなのか?」
「たまたまあそこにいた悪霊と取引して力を借りていた、そんな感じね」
「取引?」
「あの悪霊は、人の生気体を喰って生きていたの。それも、胎児の……カタチが出来たばかりの生気体が大好物の」
少し苛立ったのだろうか、彼女はまたショートグラスの中味を飲み干した。
「あいつは、若い女の生気体を喰わせて昏睡させて、同じく昏睡させた男の種で子供を作らせて……そして、妊娠中期の段階で胎児の生気体……悪霊の大好物を、ね」
「……まるで畜産だ、酷い話だ」
「胎児の肉体のほうは、何か別の使い方をしていたらしいんだけどね。それと、悪霊の力を使った裏の仕事でジャンジャンバリバリ稼いでたみたいなの」
別の使い方……細胞か? いや、まさか、な。もしそんなことが可能だとしたら、iPSだのSTAPだのなんてどうでも良くなってしまう。
……つか、この娘意外と話したがりなのか?
色々な話を、聴いた。夜は深く更けていく。
俺はふと、思い付きを口にする。
「なあ、今回の話……ネタにしていいか?」
彼女は、真っすぐに俺を見据えた。
「あたし達のことがこれ以上有名になるのは、困るの」
そうか、そうだな……
「だからね」
「あたし達のことを書かないなら、好きにしていいの」
「良いのか?」
「あなたが調べたことじゃないの。それに、あなたは恩人だからね」
「そうか、ありがとう」
「……あたしにお礼は要らないの」
俺達はバーを出た。終電は、もうない。
「あたしはノブの車で送ってもらう予定だけど……あなたはどうするの」
「一日くらい、ネットカフェででも過ごせるさ」
「きっと、もう会うことはないと思うの」
「そうだな……約束は、守るよ」
「最後に、一緒にアレやってもいいかな。摩利支天様にも挨拶しよう」
「うん、わかったの」
俺が知る限り、この時の表情が彼女の最も可愛らしい笑顔、だった。
「「オン アニチ マリシエイ ソワカ!」」
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俺は、今回の体験の所々に脚色を加えて、一編の怪奇小説として書き上げてみた。これを、オカルト記事で有名な『ワー』の編集部に持ち込んでみようかと考えている。
しかし、それは別の話だ。別の場所で、新しいページに、新しい展開がなされるべきであろう。
本編はこれにて完結です、お付き合いいただきありがとうございました。
後ほど、おまけを投稿したいと思います。