波多野さんとの距離感
夜になり、俺はテレビの前のソファに寝転んで漫画を読んでいた。
俺の部屋にはエアコンが無いので自然と足がリビングに向く。テストも近いのでなんとかやる気を出さねばと思っているのだが、気付くと漫画に手が伸びている。
今日買ったものは、昔の野球漫画で名作として名前は知っていたが読んだことはなかった。かなり続きが気になる。このままでは数日後にはまた本屋へと行ってしまうな。
読み疲れて少し漫画を置き、携帯を手に取ると波多野さんからLineがきていた。
はあ。困った。
俺は中身を見ず、携帯を机に戻す。
正直、可愛い女の子からLineがくるのはとても嬉しい。
この数日学校でもなんとなく波多野さんを意識していたが、とてもいい子だし、彼女を好きな子が多いというのも頷ける。
誰かと付き合ったなどということは聞いたことが無いが、恐らく倉田との様子を見ると部活動なんかの男友達とのLineも慣れているのだろう。
それに比べて、俺は女の子と私的な連絡を取り合った経験があまり無い。
学校では普通に話すし、部活でも業務連絡があるので連絡先を知っている子はいるが、おつかれーなどとLineで気さくにやり取りする程でもない。
そんな俺だからどうしても波多野さんのLineを意識してしまっている。向こうにそんな気がないのも分かっているのにだ。
しかも、友達である松ケンが好きな相手だ。いくらころころと好きな相手が変わるといっても気を使ってしまう。前回もあまり浮かれすぎないように、注意をしていた。
そこに今日の昼休みの出来事だ。
周りには秘密にしているだけで波多野さんと倉田は付き合っているのかもしれない。なんだか仲もよさそうだったし、美男美女でお似合いだ。付き合っているとしたら祝福したい。
しかし、彼氏持ちだとすると更に気を使う。
別にLine内容は報告や相談で浮気といったことはないのだが、倉田がやきもちやきなんてこともあるかもしれない。
自分の彼女が別の男と連絡を取っていると倉田が知ってあの二人が喧嘩なんてことは、彼女が可哀想で嫌だしな。かといって、Lineを無視をするわけにもいかないんだけど。
俺は改めて携帯を手にとり、近くにばあちゃんがいないことを確認してLineを開く。
彩音『おつかれさま! 今日秋山さんうちに来たよ』
内容は予想通り秋山さんのことだった。
大山 圭『お疲れ! 俺ん家にも来たよ』
彩音『えっ?』
彩音『昨日まだ連絡ないって言ってなかった?』
一度携帯を置こうとするとすぐに返信が来た。相変わらず早い。
大山 圭『なんか間違ってうちにきたんだって笑』
彩音『そうなの?』
彩音『笑』
大山 圭『でもばあちゃんとだけ話して帰って行ったから俺はどんなこと話したか知らないけど』
彩音『そうなんだ! 基本はこの前と同じだよ。言えることも今のところ変わらないみたい』
彩音『あと能力もお母さんたちに見せてた! やっぱり凄いよね。秋山さん宙に浮いてたよ!』
彩音『犬のキャラクターの楽しそうなスタンプ』
信用させるのに能力は必要だろうな。ということは、ばあちゃんにも見せたんだよな。そんなこと言ってなかったな。
大山 圭『浮いてたの? 見てみたかった!』
彩音『凄かったよ!』
彩音『おばあさんは何か言ってた?』
大山 圭『いや、特には……。俺が行く気が無いってことは伝えたって』
大山 圭『波多野さんの家族はなんて言ってた?』
彩音『親はもし行きたいなら行ってもいいって』
彩音『色々勉強になるだろうしって』
ほう。急な留学なんて反対する親も多いだろうに、色々理解があるんだな。
大山 圭『波多野さんはどうするの?』
彩音『まだ悩み中かな』
彩音『面白そうとも思うけど家族とか友達と離れるのは寂しいし』
そういえば、もし倉田と付き合っているとしたら遠距離恋愛になるんじゃないのかな。付き合っているのかと聞いてみようかな。
俺は文章を途中まで打ったが、最終的には消した。
聞いてみたいが、こんなことそれこそ余計なことだろう。
松ケンのために聞いてあげといた方がいいのだろうが、そこまでは知らない。自分で聞いてくれ。
大山 圭『そうだよね』
大山 圭『どうするか決まったら俺にも教えて!』
代わりに当たり障りの無い内容を送った。俺はもう行かないって決めてるし、これ以上の情報は何もない。波多野さんも俺と話すことなんてないだろう。
彩音『うん!教えるね!』
大山 圭『ありがとう!じゃあ明日学校で!』
彩音『うん!またね!』
彩音『おやすみというスタンプ』
大山 圭『キャラクターのまた明日!というスタンプ』
ふう。多分変なことは送ってないよな?一応Lineのやり取りを確認する。うん。多分大丈夫だ。倉田のことも聞かなかったし。
あとは留学するかどうか決まったら連絡が来るくらいかな。
携帯をいじっていると、ばあちゃんがリビングに戻ってきた。
一瞬びくついた俺だが、何事もないように装う。別に変なことはしていないが女子と連絡を取っていたなんて知られたくはない。
ばあちゃんと一緒に来たフツレが足元に来たので、片方の手で携帯をいじり、もう片方でフツレを撫でる。
ばあちゃんが来た途端に慌てて携帯を置いたら怪しまれるかもしれないしな。
「あんた、どしたの?」
「えっ? 何が?」
「いや、フツレ来たのに珍しくずっと携帯いじってるから。撫でるなら置けばいいのに」
しまった。置くタイミングをミスったか。
「なに? 彼女でもできたの?」
ばあちゃんはニヤニヤと笑っている。
「いや、できてるわけないだろ」
なるべく平静を装って答える。
「彼女できたら、ばあちゃんチェックいれるから」
「なに? それ?」
俺は軽く笑うと携帯を机の上に置き、読みかけの漫画の続きを読み始めた。
次の日の朝は遅刻もせず、松ケンと合流できた。松ケンは眠そうに大きなあくびをしている。
「なんか眠そうだな」
「最近部活の練習が追い込みなんよ。しかもテスト勉強もしないといけないし」
サッカー部は無事に県大会への進出を決めたので、まだ部活が終わっていない。段々暑くなってきているので、しんどさも更に増しているだろう。
「水分補給だけはしとけよ。松ケン怪我したら代わりのやつなんかいないんだから」
「ああ。分かってるよ。今怪我なんてしたら一生後悔しそうやしな」
彼女がいるときも、結構夜遅くまでLINEをしていて眠そうなんてことがよくあったが、もしそうなら俺にははっきりそう言う。
今はサッカーに気持ちが向いているようだ。
「その感じだと、波多野さんの連絡先はまだ聞けてないみたいやな」
なんとなく自分は知っていることに優越感を感じている自分が悲しい。
「うん? 連絡先ならずっと前から知ってるけど、なんで?」
「えっ?」
びっくりした。
松ケンは好きな子に連絡を取るのに躊躇がないから、連絡先を聞いたら頻繁にLineをする。
波多野さんも今までの感じだとLineとか話し好きそうだし、もし聞いていたら空いた時間は彼女に使うと思ったからだ。
「三年になったときにさあ、アキと仲がいい、アキは竹中ね。竹中と仲がいい女の子グループと俺らのグループで遊び行こうってなって。そん時にあの子もアキが誘ってさあ。Lineのグループで一緒になったから友達登録したんよね。結局あの子は部活忙しいみたいで来れなかったんだけど」
そうか。イケてるグループはそんな男女交流を。知らなかった。
「別に黙ってたわけじゃなくて、圭はさあ、嫌がるやん。あんまり仲の良くないやつらと遊びに行くの。俺は友達の友達は友達ってタイプだから全然気にしないけど、お前は違うやん?だから圭を誘うのは俺が断っておいた」
よく分かってらっしゃる。苦手なんだよな。無理に誘われてもお互い気を使うだけだし。俺のことをわかっているやつがいると、こういうときに楽でありがたい。
「うん、多分適当に理由つけて断ってたと思う。ありがとう。でも、連絡先交換してるのにLineしてないなんて珍しくね?」
「うーん。好きになってから最初の頃は何回か送ったんだけど、反応よくなくてさあ。あの子どっちかというと割と大人しいやん? だから、いきなりガツガツ来られるの苦手なんかなって思って。だから実際に仲良くなるまではLineとか送るの控えてんの」
そうなのか。ここ最近の俺の印象と違うような。……ああ、そうか。
「まあ、サッカーに集中できるから逆に今は良かったんじゃない? それに反応が悪いのは彼氏がいるからやろ?」
「はあ? 何それ? どこ情報?」
松ケンは急に目を覚ましたようだ。さっきの倍くらい声が大きい。
「昨日昼休みにバド部の倉田と渡り廊下で一緒にいたの見てさ、大分仲よさそうだったよ」
「まじか。倉田め。……確かに倉田と波多野さんは仲いいんよなあ」
松ケンは溜息をつく。
「やっぱり本命は倉田な感じなの?」
「うーん。倉田は俺も前から気になってて、明らかに倉田は波多野さんのこと好きやからさ。ただ、波多野さんの方は良く分からんのよね。女友達にも好きな人は隠してるっぽいし。付き合ってはいないみたいなんやけど」
付き合ってはないのか。じゃあ、あの子に迷惑は掛かってないのかな。それなら良かった。
しかし、ということは……
「じゃあLineに反応が悪かったのはお前の下心がみえみえで引いたんじゃないの?」
「おいおい。まじか」
俺の意見を否定したいのか、それから松ケンは自分の恋愛の極意がどうたらと話してきた。
俺はそれを適当に受け流しながら学校へと向かった。
教室に到着すると今日はいつもより騒がしかった。
そして、俺が教室に入るといつもの仲のいいメンバーが俺のところに集まってきて囲まれた。
「ちょっと、圭!お前、噂になってっけど留学すんの?」
「すげーな!」
「はあ?」
俺と松ケンが同時に声を出す。
「何? お前どういうこと? 留学って?」
松ケンも俺に詰め寄ってくる。誰がその情報を。周りを見ると波多野さんも女子に囲まれていた。
「彩音、詳しい話は決まってないんでしょ?」
「う、うん。まだ行くかどうかも迷ってて、どうなるか分かんないし」
「私たち友達でしょ? 何で早く言ってくれなかったのー」
「ごめん。でもホントにまだ決まってなくて」
波多野さんはとても困っているようだった。とりあえず説明しておくか。
「あー、少し前に留学しませんかって推薦が学校側からあったんだよ。俺と波多野さんの二人に。詳しいことはよく分かんないけど。でも、俺は留学する気は今のところ全くないから」
「そうなん?」
「留学とか面白そうなのにな」
「そういうのに選ばれるとかマジすごくね?」
友達は口々に感想を言っている。こいつらなんだか楽しそうだな。
「お前留学しないのはいいけど少し位俺らにも言えよな!」
松ケンが肩を軽く殴ってくる。俺は体を捻って出来るだけ避けようと努力する。
「ちょ! 痛いって! ごめんごめん。どうせしないし言わなくてもいいかなって」
「いいけどさあ。ほんとにお前はそういうとこダメだな」
そこまで言う?
「でもなんで圭と波多野さんの二人なの?」
山崎が当然のことを聞いてくる。能力者だからです!なんて言えないしな。
「さあ? 俺達はどうですかって言われただけだし」
すると、今更だが松ケンがあることに気付いた。
「そうか! 波多野さんにも留学の誘いが来てんのか! おーい!波多野さんは留学どうすんのー?」
遠くから声を掛けられて波多野さんがこちらを振り向く。
「彩音はまだ決めてないらしいよー」
波多野さんの周りの女子が代わりに答えた。
「まじかー! どーすんのー?」
松ケンはそう言って女子の集団に混ざっていく。
こんな大きな話になるなんて、面倒なことになったな。
それから先生がきてHRが始まるまでその話題で持ちきりだった
HRが始まり、俺はようやくゆっくり椅子に座ることが出来た。
はあ。なんか、疲れた。
俺が頬杖をしてボーっとしているとズボンのポケットの携帯が震えた。
HRや授業中に携帯をいじっていると没収されてしまうので、先生が黒板の方を向いている間に机の下に隠してばれない様に確認する。
彩音『ごめんなさい!』
彩音『友達に留学するかもって言ったらあんな感じになって……』
少し前の波多野さんを見る。後ろからでは様子はいまいち分からんが俺と同じで机の下に隠して文字を打ってるのだろう。
大山 圭『大丈夫! 気にせんでいいよ!』
彩音『ありがとう。まだ留学するって決めてないのに……』
大山 圭『それは波多野さんが好かれてるってことなんやない?』
彩音『?』
大山 圭『さっき皆本当に心配そうにしてたから。俺とは違って笑』
大山 圭『波多野さん人気者やなって思った』
俺は波多野さんを取り囲んでいた様子を思い浮かべていた。
ていうか思ったことそのまま打ったけど、これ結構恥ずかしい感じか?ヤバイ。キモい男子認定とかされんよな。
彩音『そうかな? そうだと嬉しい! ありがとう!』
とりあえず返信が来てよかった。恥ずかしい文章おくった後に既読スルーなんて最悪だ。
すると教壇から下りてきた藤井先生が波多野さんの方に近寄っていく。波多野さんは下を向いていて気付いてない。
おーい。来てるよー。
「あやねー。携帯は授業中はダメって言ってるでしょー」
「えっ、あっ」
声を掛けられてから波多野さんは気付いたようで慌てている。先生の顔を見た後、観念したのか俯いていた。
「すみません」
「ごめんだけど、今日は先生が預かっておくからね。放課後取りに来てね」
先生は波多野さんから携帯を受け取り、HRを続けた。
波多野さんがチラッと俺の方を向いたので目線が一瞬合った。俺は心の中で謝罪をし、軽く頭を下げた。
教室は少しざわついていたが、先生が一声掛けてまた落ち着く。HRの後の波多野さんは、朝とは違う内容でまた取り囲まれていた。
噂というものは広まるのはあっという間で、波多野さんのところには今日一日他のクラスの女子とか、同じ部活の後輩とかが訪ねてきていた。
囲まれるのにも慣れたのか、朝とは違って取り立てて困っているという様子もなく、なんか楽しそうにしていた。
昼休みになって、俺たちはまたトランプを出して大富豪をはじめた。
どうやら波多野さんの周りも大分落ち着いたようで、クラスで女子と談笑している。
波多野さんの方を見ていると波多野さんもこちらを見てきて数秒目が合い、どちらともなく視線を逸らす。あんまり意識するのはよくないよな。
「圭、お前の番だぞ」
「えっ? あーパス!」
しまった! クイーン切っとけばよかった。焦ってたから判断ミスった。
俺が後悔しているとクラスでは聞きなれない声がした。
「波多野。ちょっと今時間いい?」
「あっ。倉田どうしたの?」
そちらを向くと、バド部の倉田が来ていた。
「なんか先生に呼んできてって頼まれたんだけど大丈夫?」
「えっ、なんだろ? ごめん。ちょっと行ってくるね」
「はーい」
そのまま、倉田についていき教室の外に出ていった。
「あれってどうだろ?」
「まだ分かんないけど可能性は高くない?」
「ねえー、そうよねー」
波多野さんと仲のいい女子がなんとなく色めき経つ。
そんな様子を見ていた俺に山崎が声を掛ける。
「あれ告白かな?」
「えッ? そうなの?」
倉田は波多野さんのことが好きだって松ケンが言ってた。
仲は凄いよさそうやったし、脈がないってことはないだろう。
「波多野さん好きな男子多いから、留学が決まる前に告白しようってやつは多いんやないかな」
ふーん。そんなもんなのか。
「お前には全然告白とかなさそうだな」
「うるさいよ!」
意地の悪い顔で笑ってくる友達に突っ込む。
「俺の母ちゃんはお前のこと可愛いって言ってたよ。アイドル系って」
「出たー! 熟女キラー」
「マジ熟女キラーはやめてくれ」
俺達は一笑いし、またトランプを再開した。
波多野さんが戻ってきたのは10分後位だった。
しかし、戻ってきた波多野さんは女子に連れられてまた出て行ってしまった。
結局どっちだったんだろうな。