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決意

 秋山さんが学校に来てから土日を合わせて四日たった。

 まだ、家の方に連絡は無い。

 俺は未だ、ばあちゃんに留学のことを言うことができていなかった。

 なぜなら能力なんてものを俺だけで信用させることが出来ないだろうと思ったからだ。

 そして、ばあちゃんが外の人と話すのを嫌がるだろうということもあった。 だが、一番の理由は万が一ばあちゃんがその話に乗った場合にどうしていいか分からなかっただ。


 能力については面白そうだと思うが、それよりもばあちゃんを一人に出来ない。 しかし、条件は物凄くいい。ばあちゃんが俺の未来を考えて留学を薦めてくる可能性もあるだろう。

 その場合、ばあちゃんが心配だからなんて理由は本人には言えないし、他のもっともらしい理由を言わなくてはいけない。

 けれども、いまだにその理由が思いつかない。もし、秋山さんが来たら説得されてしまうかもしれない。


 はあ。今日も言い出せないかも……。

 そんなことを思いながら夕食のカレーを食べていると、机に置いていたスマホが揺れる。

 確認すると波多野さんからLINEが来ていた。


彩音『こんばんは! 急にごめんね』

彩音『今日うちに先生から電話来て、秋山さん明日うちに来るみたい。大山君のおうちにも連絡あった?』


 もう電話あったんだ。俺は動揺した。

 きっと俺が学校にいる間に先生が電話したのだろう。ばあちゃんは電話にでないから。


大山 圭『全然大丈夫!』

大山 圭『俺のところはちょっと分かんない。電話のとき留守だったのかも』

彩音『そっかぁ。そういえば、お父さんが秋山さんの名刺の番号がちゃんと文科省か調べたり電話掛けたりしたけど、問題なかったって』

彩音『犬の大丈夫!スタンプ』

大山 圭『そうなんだ。教えてくれてありがとう!」

彩音『犬のOKスタンプ』


 こちらもスタンプでも返そうかと、選んでいると返事が来た。女の子は文字打つのめっちゃ早いんだな。男同士だと返事は超短文だから、なんて返せばいいか難しい。

 それにしても先生から既に連絡があったということは、悠長に構えていられないようだ。


 俺は覚悟を決めていつもより少し時間がかかっていたカレーを食べきり、食器を流し台へと置いて、テレビを見ているばあちゃんに声を掛けた。

「ばあちゃん。話があって」

「うん? 何?」

 ばあちゃんの目線はテレビを見たままだ。はあ。気が重い。

「あのさ。この前学校で留学を薦められた」

「えっ?」

 ばあちゃんは俺の方を振り向き、目を丸くしている。

 そりゃそうだろうな。

 俺はことのあらましを説明した。

 ばあちゃんはほとんど無言で俺の話を聞いていた。最初こそ興奮していた様子だったが、話が進むにつれて落ち着いていった。

 話し終えると、俺はなんていいか分らず黙り込んだ。ばあちゃんは腕を組んで、目を閉じている。

 まあ、一応説明はしたし、これで先生や秋山さんから連絡があってもとりあえず何とかなるかと思い、席を立とうとする。

「それで? 圭はどうしたいの?」

 驚いた。てっきりすぐ反対されるかと思ったからだ。

 能力なんて胡散臭いものを俺の言葉だけでは普通信じられないだろう。しかも、外の人と話すなんてばあちゃんは絶対無理だろうに。

 どこか適当な笑みを浮かべて答えた。

「いや、俺は断ろうかなって。能力がどうとか言われても良く分かんないし……。それに俺英語とかも苦手だし、外国なんて無理でしょ」

 ばあちゃんは怪訝な顔をしている。

「言葉は問題ないと思うけど……?」

 今度は俺が微妙な顔を浮かべた。全教科の中で極端に英語が苦手だったからだ。 それは、ばあちゃんもよく知っているはずなのに。

「ああ、要は慣れってことを言いたかったのよ」

 俺の表情を見てばあちゃんが説明を加える。

 慣れ……ねえ。そんな簡単なものなのかな。よく分からん。

「でもやっぱり行く気は今のところないよ」

 改めて自分の意思を伝える。

「うん。そう。分かったわ。圭がそう言うならその方が来られても断りましょう」

 ばあちゃんは少し安堵というかほっとしたような顔をしているような気がする。

「うん。でも一応話はしなきゃいけないみたいだから、来た時は秋山さんを家にあげてね」

「はいはい」


 こうしてここ数日の悩みの種はあっけなく無くなった。

 自分の望んでいるようにことが運んでいるはずなのに、少し残念だという気持ちが心の奥から湧いてくる。

 俺はその気持ちをまた奥の方へと押し戻し、見てみぬふりをした。




 次の日の朝、俺は寝坊をしてしまった。慌てて教室に向かっているとちょうど教室に行く途中の藤井先生に声を掛けられた。


「圭、ちょうど良かった。昨日おうちに電話したんだけど、誰も出られなくて。ご

家族の方は何時ごろだといらっしゃる?」

「あー、うちのばあちゃんあんまり電話出ないんで、僕が家にいるときならいつでも来ていただいて大丈夫ですよ」

「あっ、本当? じゃあ波多野さんのお家に今日お伺いするそうだから、急だけど明日でも大丈夫?」

「明日は大丈夫です。ばあちゃんには俺から伝えときます」

「ごめんねー。ありがとう」

「大丈夫です」

「あれ? そういえば今日は松ケンと一緒に来てないの?」

「いや、俺寝坊して先に行っといてってLineしたんです」


 どうやら遅刻にはならなそうなので俺は先生と一緒に談笑しながら教室に向かうことにした。




 午前の授業も給食も終わり、昼休みとなった。

 俺はいつものメンバーとトランプの大富豪をしながら時間を過ごしていた。

「よっしゃー! あがり!」

「まじか!」

 最下位争いをしていた佐藤がキングを出して上がったので、俺はビリになってしまった。

 大富豪は戦略はもちろん必要だが、手札も重要だ。今日はことごとくカードがよくない。


 昼休みもあと少しとなり、通算成績が悪かった奴は罰ゲームだ。今日の大富豪の山崎が俺に命令する。

「じゃあ、ジュース買ってきて! 俺コーラな」

 罰ゲームの大体がジュースを買ってくるか、ちょっと変なことをさせるかだが今日はジュースの日だった。

 自動販売機は校舎の外にあるので、面倒だが、校庭に向かって愛を叫べとかじゃないだけマシか。


 俺は教室を出て階段を下り、渡り廊下に差し掛かると、波多野さんが渡り廊下の端っこで立ち止まり男子と仲よさそうに話していた。


「波多野バンド教えてくれてサンキューな」

「全然いいよ。倉田がバンド好きなんて知らなかった。結構聞くの?」

「最近好きになったんだよ。レッチリめっちゃ格好良いじゃん」

「でしょー」


 相手は顔が見えないが波多野さんと同じバトミントン部の倉田のようだ。背が高くて色白でなんか王子っぽい印象がある。


 偶然かもしれないが昼休みに二人でこんなところにいるということは、二人はいい感じなのかもしれない。スポーツ大会の雰囲気も良い感じだったし。もしそうなら松ケンにとって最悪の事態だな。


 俺はなるべく二人の邪魔にならないようにして素早く前を通り過ぎる。

「あっ」

 彼女のその声につられて一瞬視線をそちらに向ける。すると波多野さんと目が合うが、俺はすぐに視線を戻す。

「んっ?どーした?」

「な、なんでもない」

「なんだよ。また、ぼーっとしてんの?波多野ってホントぼけてんな」

「人を馬鹿みたいに言わないでよね」

 二人の声は段々遠くなり、俺の耳には聞こえなくなる。

 俺はさっきよりも早足でその場から離れていった。



 授業が終わると今まで部活に精を出していた三年生はもうすることが無いので大体の生徒はすぐに帰宅するようになった。

 俺も用事も無いので友達に別れを告げる。

 まあ、放課後もカバンを置くとすぐに合流するので、とても短い別れなのだが。


 むしむしした暑さに耐えながら家に向かった。

 家に着き玄関の扉を開けると、あることに気付いた。


 おかしい。

 フツレがじゃれてこない。フツレは俺が帰ると絶対に飛びついて来るのに。

 たまに、ばあちゃんと一緒に買い物に行っていることもあるが、ばあちゃんの靴はそこにあるし。

 注意を靴に向けると、玄関には俺の見知らぬ靴が置いてあることに気づいた。茶色い小奇麗な革靴だ。


 誰かお客さんが来てる?


 あのばあちゃんが誰かを家に入れるなんて考えられないけど。

「ただいまー」

 いつもより大きく声を出した。

 すると奥から人の歩く音が聞こえてきた。どうやら複数のようだ。身構えていると、顔を出したのはばあちゃんだった。

「おかえり」

 俺は一安心した。

 しかし、家の中の元気な様子は無く、外で見せる疲れきったおばあさんの姿だった。やはり、ばあちゃんは一人ではなかった。

 後ろから続いて顔を出したのはなんと秋山さんだった。

「お帰りなさい。大山君。今日は暑かったでしょう」

 秋山さんはこの前会ったときと同様に爽やかな笑みを浮かべている。

「こ、こんにちは。あれ? 先生は明日いらっしゃるって言ってましたけど」

「すみません。ちょっと勘違いをしてしまいました。ですが、せっかく来たのでご好意に甘えて上がらさせていただきました」

 秋山さんは次はばあちゃんの方へ体を向ける。

「今日はありがとうございました。お話を聞かせていただき光栄でした」

 そう言うと深々とお辞儀をする。ただの保護者に仰々しい物言いだなあ。

 顔を上げると、次は俺に向かう。

「大山さんにお伺いしたのですが、圭君は留学の意思は無いということで宜しいのですよね?」

 秋山さんは真っ直ぐに俺に視線をぶつけてくる。俺は自分の気持ちを断ち切るように答えた。

「すみません。今のところ留学のお話はお断りしようかと」

「そうですか。残念です」

 秋山さんは少し目を伏せる。そんな顔をされるとなんとも申し訳ない。

「でも、まだ入学の申請までは時間がありますので、もしその気になればまたご連絡をください」

 秋山さんはいつもの笑顔に戻し、また俺たちに一礼すると、そのまま帰っていった。


 なんともあっさりしたものだ。もっとしつこく色々と聞かれたり説得されるのかと思ったのに。なんか拍子抜けだ。

 少し呆けているといつのまにかフツレが俺の足にじゃれついている。俺はフツレを抱き上げた。可愛い。

「秋山さん何か言ってた?」

「簡単な説明と留学のお誘いと少しの世間話くらいかしら。私の方はもうお断りしますって伝えたくらい」

 ばあちゃんはもう家モードになっていた。もしかしたら保護者が全然会話にならないから諦めて帰ったのかもしれないな。

「ばあちゃんが人いれるなんて珍しいね」

「昨日聞かされてたからね。まさか、こんなに早く来るとは思わなかったけど。圭、あなたもう少し早く言ってね」

「ごめん。先生は明日って言ってたんだけど」

 この話を伝えること自体遅れていたので強く反論はできない。俺には俺の葛藤があったのだが。

「いいよ。聞きたいことも聞けたし。さあ、中に入ろうか」

 ばあちゃんは笑顔で奥に入っていき、フツレもそれに続く。

 ばあちゃんの聞きたいことが何なのか気にはなったが、あえて何も聞かないことにした。

 少し残念でもあるが不思議な体験はこれで終わりのようだ。

 また明日からこんなことを考えることの無い日々が続く。

 俺も靴を脱ぎ、家の中へと入っていった。



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