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とある訪問者

 6月に入り、気温も更に上がって蒸し暑くなってきた。

 IQテストから1ヶ月以上が経ち、俺も大分あのテストを意識する時間が減ってきた。

 まあ、ここのところ先日行われた中学部活動での最後の大会である総体に意識が集中していたせいもある。

 結果は団体で4位。3位までが次の県大会に進めるので、俺たちはここまでだったが、十分に楽しかった。

 サッカー部をやめて宙ぶらりんな状態だった自分を卓球部に誘ってくれた山崎に口には出さなかったが、改めて感謝した。

 そういえば、あの体育祭の後、水野は2週間ほど学校を休んだらしい。なんでも、妄想めいた事を言っているそうだ。大会直前に休んだせいで、レギュラーを2年生に取られた様だ。ざまあみろだ。


 最後の大会が終わると段々と進学に向けての雰囲気が出てくる。といっても生徒はなかなか受験モードとはいかず、先生が「夏が勝負だからな」と、口々に言っているだけだが。

 俺も他の生徒に習い、進路に向けた勉強をする気にはならず、暑さそのままにだらけきっていた。

 

 そんなある日、俺は担任の藤井先生に放課後職員室に来るように呼び出された。

 特に呼び出されるような覚えはないんだけどな。

 職員室まできたはいいが、ちょっと職員室は入りづらい。なんとなく緊張してしまう。中を窺いながら、扉を開けた。

「失礼します。藤井先生に用があってきました」

 そう言った後、藤井先生の机に向かうと、先生は俺以外の生徒と話をしていた。先約のようなので、また後にしようかと考えていると、先生は俺に気付き、声を掛けてきた。

「あっ、圭来たのね。じゃあ、ちょっと場所を変えるから二人とも付いて来て」

 先生はそう言うと立ち上がった。どうやら先に来ている生徒と用件は同じらしい。

 先に来ていた生徒を見ると、波多野さんだった。

 波多野さんも俺に気付き、軽く会釈をする。

 俺も、なんとなく会釈で返した。


 先生が移動を始めたので、俺たちはすぐに後を追った。俺たちは特に会話をすることも無く、先生の後を歩く。

 波多野さんとは1年生のときも同じクラスだったが、あまり多くを話さない。

 もちろんお互いに用があれば話すが、こんなとき何を話せばいいか分らない。松ケンなら喜んで波多野さんに話しかけているのだろう。

 少しの間沈黙という気まずい空気が流れるが、目的地にはすぐに到着したので、それも一瞬だった。

 先生が立ち止まったのは、校長室の隣にある応接室だった。ここは来賓などを通す部屋で、普通生徒が入るようなところではない。

 もちろん、俺も一度も中に入ったことが無かった。

 なんでこんなところに?

 全く意図が分らず、俺は更に緊張が高まる。手汗がやばい。

 チラッと波多野さんを見ると、波多野さんの顔も強張っていた。どうやら、俺と同じ状況のようだ。


 先生が扉を開け、中に俺たちを促すと、そこには2人の男がソファに腰掛けていた。

 1人はうちの校長だ。結構顔が怖いので苦手だ。

 もう1人は、なんと先日のスポーツ大会の日に話しかけてきた男性だった。

 俺は目を丸くしたが、男性は楽しそうにニコニコ笑っていた。


「失礼します」

「来たね。まずは椅子に座ってくれ」

 校長は俺と波多野さんを2人が腰掛けているソファと対面のソファに座るよう促した。

 俺達はまた、失礼します、と言って腰を下ろした。

 部屋は椅子とテーブルとテレビ以外は、花瓶や絵画といった装飾品しか置いていないが、小奇麗な印象だ。

 さすが来賓を迎える部屋だけあって、椅子もテーブルもあの絵もなんとなく高そうである。

 ただ、俺にはその価値など分らないので、想像でしかない。

「まず、ご紹介いたします。この2人が、3年1組の大山圭君と、同じく1組の波多野彩音さんです」

 俺たちの横に立っていた藤井先生が、俺たちのことを紹介した。

「うん。ありがとう藤井先生。えー、私のことは分るね。校長の川本だ」

 校長は一応自分のことを紹介すると、次に隣の男性に目を向けた。

「で、こちらの方が、文部科学省からお越しになられた秋山聡一さんだ。今日は、彼が所属する省の依頼で、君たちに来てもらった」

 その秋山さんは、自分が紹介されるときに、一度俺たちに会釈をした。俺たちもそれに返す。

 顔を上げると秋山さんは俺たちに笑顔を向けていた。

「はじめまして! 文科省の秋山です。そんなに硬くならないで大丈夫ですから、リラックスしてください」

 どうやら俺たちの緊張具合を見て、微笑んでいたらしい。

 俺は警戒を解きたいが、この男性の得体の知らなさに中々気を緩めることが出来ずにいた。

「何を言われるのだろうかと、心配していると思うので、用件を単刀直入に言いますね。今日は御二人に留学を薦めにやってきました」

「えっ? 留学……ですか?」

 俺は、驚いてつい声を出してしまった。

「はい。留学です」

 秋山さんが爽やかにそう答える。

 すると、少し小さくなって隣に座っている波多野さんがおずおずといった感じで問う。

「あの……なんでですか?」

「急に言われても困りますよね。とりあえず一から説明いたしますね。御二人は、一ヶ月ちょっと前に知能指数テストを受けられたと思います」

 あのテストだ。

「そこで、あなたたち二人には非凡な才能があることが分りました。私が所属している部署では、御二人のように才能あふれる方の力を埋もれさせないため、適切な場所にて勉強できるように、ご案内をさせていただいております。留学先では、これからの世界を担う人材となる御二人のような方たちがお互いに切磋琢磨しながら、勉学に励み、才能を伸ばしているのです」

 知能指数で非凡な才能?そんなことありえるのか?

 そりゃ自分がすごく頭が悪いなんておもっていないが、こんな文科省から留学を薦められるほど特別にいいとも思えない。

 何かの間違いじゃないのか。

 俺がそのようなことを考えているなか、秋山さんの話はさらに続く。

「このようなご案内は毎年日本で何名かさせていただくのですが、同じ学校から1年に2人とは初めてです。驚きました」

 なぜか分らないが、校長が胸を張っているような気がする。

「留学に関しては、学費などの資金はこちらで援助させていただきます。また、留学先での滞在費も生活に困らない程度は支給させていただきます。もちろん、むこうで遊びまわるなんて程のお金ではございませんが、友達と友好を深めることができるくらいはあると思います。あと、その高校を出た人の多くは、日本はもちろん世界の優秀な大学へと進学しています。まだ、中学生の御二人は親元を離れられるのはとてもさびしいとは思いますが、今後のご自身のためにはとてもよい選択になるかと思います。実は、私も御二人くらいのころにその学校に留学いたしまして、海外の大学を卒業し、今こうして働かせて頂いてます。自慢ではございませんが、私はあの時、留学を決断したことをすごく誇らしく思っています」

 秋山さんは、目を輝かせている。今の自分、そして生活、仕事にとても自信があるような、充足した表情をしている。

 だが、やはり納得出来ない。

 なぜなら、もし万が一、俺がそのような頭脳を持っていたとしても、単純に今の話では知能が高いだけだ。

 あのテストで起こったことは全く説明ができない。

 あのテストで既に俺は「選ばれた」と予言されていた。

 つまり、あの紙自体が俺の成績を判断し、その結果を文字まで浮かばせたことになる。俺には知らない技術があったとしても全国の学生に配られるような大量の枚数が必要となる紙で、そんなことが可能なのだろうか。

 そして、この人と初めて会った時の謎の発言。あれは何を意味しているのか。


 「あの川本先生」

 俺達が何も言葉を出すことができずにいると、秋山さんは急に校長に声を掛けた。

「ここから先は、留学先の学校のお話になりまして、秘密とされている事柄も多いものですから、説明は御二人だけにさせていただきたいと思っております。大変申し訳ないのですが、先生方は席を外して頂いても宜しいでしょうか」

 秋山さんは心から申し訳ないような顔をしている。

 校長は、一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに表情を戻した。

「分りました。ゆっくりお話してください。私は隣の校長室に居りますので、何かあればお声掛けください。大山君、波多野さん。これは、とても良い話であると同時に人生において大きな決断となる。聞きたいことは全て聞いて、後でご家族と一緒にゆっくり考えなさい」

 雰囲気は怖い校長だが、俺たちを見る表情はとても穏やかで、なんだか暖かかった。

「じゃあ先生は職員室にいるから終わったら声を掛けてね」

 藤井先生も俺たちに声を掛ける。

 そのまま先生方は部屋から出て行った。

「さて……」

 先生が出て行くのを3人とも見つめていたが、秋山さんは直ぐに俺たちに向き直った。

「大山君、波多野さん。まず謝らせてください」

 その言葉を聞いた俺達は、困惑しながら秋山さんを見つめた。

「実は私は、知能指数の結果のためにこの学校に来た訳ではないんです。私はテスト中に浮かび上がった文字を見た君たちに留学を薦める為に、こちらに来たのです」

 俺は息をのんだ。


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