スポーツ大会2
その後、俺たちは運動場にもどり、お昼休みを挟んで2試合を行った。
結果は2戦2勝。
最後の5組との試合に勝てば俺たち1組の優勝だ。
ただ5組も現在3勝しており、最後の試合が全勝同士の優勝決定戦であった。
「絶対勝つぞー!」
「おー!」
グラウンドには選手が集合しており、円陣を組んで声を出している。俺も松ケンの横で声を出す。
グラウンドを人が取り囲む。最後の試合だけあって盛り上がりもピークだ。
全員がポジションにつくと笛がなり、1組ボールで試合が始まった。
松ケンがボールを下げて、俺にパスを回す。少しボールを保持して、サイドのチームメイトにパスして、俺もするすると相手側に上がる。
すると、俺の近くで相手選手が足を止め、マークにつく。
そいつはよく知った顔だった。
「相変わらずサッカー上手いねー。やめてもそんだけ出来るんだから立派だよー」
「……そいつはどうも」
鼻につく猫なで声で話しかけてくるこいつの名前は水野亮。昔の部活仲間だ。
水野は今もサッカー部に所属して、ミッドフィルダーのレギュラー選手だ。
どうやらオフェンス時はこいつが俺のマークにつくようだ。
あぁ。面倒くさいなぁ。
俺は心底そう思った。
こいつがサッカーで相手にすることが、ではない。
俺がサッカーをやめた原因にこいつが関わっているからだ。
俺は水野を振り払うように瞬間的にダッシュをするが、水野はピタッと付いてくる。
チームメイトは俺へのパスコースがふさがれ、不用意に出したパスを水野にインターセプトされてしまう。
「この試合は何にもさせないぜー。負け犬君」
水野はニタニタと笑いながら声をかけてくる。嫌な性格だ。
水野はそのままドリブルで上がると前線の選手へとパスをだす。
受け取った仲間が豪快にシュートを決めて、あっさりと5組が先制した。
外野から歓声が響き、小さく嘆息の声が漏れる。
「まだまだー! 逆転できるよー! まつけーん!」
外野から檄が飛ぶ。見ると波多野さんや竹中といったバスケットチームも見に来ていた。
同じクラスの女子の歓声に愛想を振り向きながら、水野は俺の近くに寄って来る。
「さっさと辞めてくれて良かったよー。お前部内で浮いてたもんなー」
「おい、何言ってんだ?」
松ケンがこちらに詰め寄ってくる。あの顔はちょっと怒ってるな。
「なんでもねーよ。このままだと俺らが勝っちまうぞ、キャプテン」
そう言って水野は少し距離をとる。
松ケンはむすっとした表情のまま、ポジションに向かった。
あぁ、本当に鬱陶しいなぁ。
そう思いながら、俺はポケットに入れておいたリストバンドを取ると右手につけた。
試合は再開されるが依然として5組ペースだっ。あちらにはサッカー経験者が多く、なかなかこちらのボールが回らない。
サイドの選手がドリブルを止められ、ボールを保持して、膠着する。
その瞬間、俺は全力疾走からストップをして水野のマークを外す。
「パス!」
声に気が付いた仲間からボールが送られる。
俺はボールを持ち、前を向くと水野がこちらに猛然と向かってきた。
お前、本当に鬱陶しいわ。
俺は水野に真っ直ぐ突っ込む。
そして、ぶつかる直前で身体を翻し、ターンで水野の横を抜ける。
水野は対応できず、その場で尻餅をつく。
俺はその光景に満足すると、さらにドリブルで持ち上がり、松ケンに早いパスを送る。
松ケンはディフェンスの間を抜けてボールを受けると、シュートを放つ。
ボールは綺麗にゴール隅へと吸い込まれていった。
「うっし!」
松ケンはガッツポーズを決め、歓声に包まれる。そして、集まってきたチームメイトとハイタッチしながら、俺の所に駆け寄ってきた。
「ナイスシュー」
「ああ。圭もな」
松ケンはちらりと先ほどまで尻餅をついていた水野に目をやる。
水野は砂を払いながら、こちらを睨んでいた。
「圭、あいつに勝てよ」
「いいのか?最後の試合前にレギュラーの自信がなくなっちまうぞ」
俺がニヤリと笑うと松ケンも笑顔で返す。
「いいさ。ダメになったらお前に出てもらうから。それにリストバンド着けてるってことは久々に本気みたいだし」
「ただの御守りだよ」
リストバンドは初めての試合の時にばあちゃんから貰った。安全を願った御守りだそうだ。験担ぎみたいなもんだ。
試合が再開すると、うって変わって一組ペースだ。俺は水野のマークを瞬間的に外し、パスを貰う。ディフェンスでは水野のパスコースを潰しながら、リズムを止める。
攻撃の要の水野が機能してないので、5組は攻めあぐねた。
時間がたつにつれて、水野の機嫌が悪くなってきているのが見てとれる。
まぁ、良い気味だな。
1組はその後2点を追加し、残り数分。
1組の勝利はほぼ決まりだろう。
そして、また一組はゴール付近まで持ち上がりチャンスとなる。
俺はゴール近くでパスを受けるが、シュートコースはふさがれている。
少しドリブルをしようかとボールを叩くと、水野がチャージにきていることに気が付いた。
俺はパスに切り替えて、味方の選手にボールを送る。
それを見た水野はニヤリと笑うと、その勢いのまま俺の足に向かってスライディングを仕掛けてくる。
予想外なことに俺は対処が遅れる。
ヤバい。
咄嗟なことに避けることができない。
俺は怪我を覚悟した。
しかし、水野と俺の足が交錯することはなかった。
俺の身体は硬直しており、ジャンプもできなかった。それなのに俺の身体がふわりと宙に浮いた。
浮いたといっても水野を避ける為の一瞬なんだが、それでも俺の身体は自分の意思とは関係なく浮き上がり、怪我なく着地した。
俺はバクバク言ってる胸を押さえながら、初めての感覚を反芻する。
しかし、それも悪質なスライディングをかました水野の舌打ちが聞こえるまでだった。
水野は苦々しい顔で俺を睨んでくる。俺は身体を翻し、それを無視しようとしたが、松ケンが鬼のような表情で駆け寄ってくる。
「おい!危ないだろ!何やってんだ!圭大丈夫か?」
松ケンの剣幕にグラウンドがざわつく。
「ああ。大丈夫だよ。当たってないし」
「そうか、良かった。水野さっきの何だよ!圭が怪我してもおかしくなかったぞ!」
「何だよ。冗談だろ?わーって倒してふざけようとしただけだよ。ノリ悪いぞ」
水野は不遜な表情で立ち上がり、松ケンをかわす。その態度に松ケンが更に食ってかかろうとするが、俺は抑え込む。
「もう大丈夫だって。面倒だからさっさと行くぞ」
俺はまだ納得していない松ケンを引っ張って行こうとした。
「おい、何を揉めているんだ!」
審判をしていた男性教諭が、こちらに迫ってくる。
俺は自然と顔をしかめた。
何故なら俺はサッカー部の顧問を務めるこの先生に、とある理由から嫌われているからだ。
「先生、聞いてよ。大山を俺がわざと怪我させようとしてるとかって因縁つけようとしてくるんだけど。そんなことするわけないじゃん」
「あ?大山なんでだ?なんでそんなことするんだ?」
なんで俺なんだよ。
心の中で悪態をつくものの、俺は何もいわない。
俺はこの先生にはもう何も期待していない。
「どうした?何か言わないとはじまらないだろわからないだろう!」
「いや、先生、圭は被害者で……」
「お前には聞いていない。俺は大山にきいているんだ」
助け船をだす松ケンを一喝する。
俺はそれでも何も言わない。話してもしょうがないことは分かっている。
「黙りか。もういい。後で大山は職員室に来い。お前らも早く試合を続けるぞ」
そう言うと先生は、その場を離れ審判に戻る。
水野はクラスメイトと俺達を指差しながら、ニタニタと笑ってくる。
試合はそのまま1組勝利で幕を閉じた。
俺は盛り上がる勝利の輪に入ることはなかった。
日も暮れ始めた頃、ようやく先生からの説教から解放されて、俺は一人学校を歩いていた。
説教はなるべく短く終わってほしかったが、俺が淡白に返すことは、どうやら逆効果らしく、先生の不興を買ってしまった。
俺が校門を目指してとぼとぼと歩いていると、不意に呼び止められる。
「大山圭君?」
「えっ?」
後ろを振り向くと、そこには男性が一人立っていた。
スーツの2、30歳代のその男性は、柔らかな笑みを浮かべていた。
「ああ、やっぱり。貴方が大山君ですね」
見覚えの無い顔だけど、誰だっけ?先生かな?
「先程はサッカーお疲れ様でした。素晴らしいプレーでした。大山君はサッカーをされているんですか?」
「いえ、昔はやってたんですけど、今は……」
「そうなんですね」
穏和な印象を与える男性。
男性は笑みを崩すことはなく、
「つかぬことを聞きますが」
「は、はい?」
「先程の試合で能力を使いました?」
能力?
どういうことだろう?
「の、能力っていうのはサッカーの技術ってことですか?」
質問の意味が分からず、たどたどしく答えると、男性は首を傾げた。
「あれ?てっきりそうかと思ってたんですが違いましたか。確かに反応はあったんですが……」
俺はこの男性の言っていることが分からずに首を傾げる。
「スミマセンでした。私は秋山という者です。今日は何も準備していませんので、また改めてお伺いしますね」
「は、はあ」
秋山と名乗った男性は、そう言って一礼すると、颯爽と校舎へと戻っていった。
何なんだ?あの人。
俺は色々ありすぎて整理が出来ないまま、家路についた。
日が沈み辺りが街灯や建物の明かりしかなくなってきた時間、水野はサッカー部の友達数人と公園のベンチに腰掛けながら話していた。話題はもっぱら先ほどの試合についてだ。
「大山の奴、マジで説教されてるよ。だっせえ」
水野は笑いが止められないらしく、声をあげて笑っている。そこに賛同するように周りも手を叩いて笑う。
「相変わらず不器用だよな。もっと上手いことやれっつーの」
水野はポケットからタバコとライターを取り出し、ふかす。
「確かになー。そういうところがきもいよな」
「でも、水野も転んだ時はダサかったけどな」
「うっせえよ。あんなのは先公呼ぶためのわざとだよ」
「ほんとかよー?」
勿論水野は圭に追いついていかなかったんだが、虚勢をはる。結局は圭が笑いものになる話の流れに戻っていった。
夜がさらに更け、少年達は解散となり、水野は薄暗い裏道をスマホをいじりながら1人歩いていた。
辺りにはいくつかの点々とした家の窓から漏れる光があるだけで薄暗いが、水野はスマホに集中しており、特に気にもしていない。
すると、そのスマホの電源が急に落ちる。
「あれ?」
バッテリー容量はまだあったはずだ。電源を入れなおしてみるが、やはり起動しない。
「なんだよ。故障かよ」
悪態をつきながら顔をあげると、周囲は真っ暗だった。
先ほどまで点々とあった光さえ全て消えている。
この通りってこんなに真っ暗だっけと水野は不審に思うが、先ほどまでとの違いなどスマホに集中していた水野には分からない。
水野はポケットから周囲を照らすためにライターを取り出し灯を点す。
小さな光だが明かりがあるというだけで安心するものだ。
しかし、そんなライターの火が一瞬揺らめいたかと思うと、火がライター本体から浮かび上がり、空へと上っていく。
水野は突然のことに言葉を失う。
そして、その火は段々と大きくなりながらゆっくりと辺りを照らす。
照らされた場所に何かがいることに水野は気づく。その姿を確認した瞬間に水野は大声をあげた。
「うわあああああ!」
そこには、人よりもはるかに大きいメスのライオンがいたのだ。
水野は恐怖で尻餅をつくと、逃げ出そうとするが身体がすくんで逃げ出すことも出来ない。
そんな水野にライオンは一歩ずつゆっくりと近づいていく。途中唸ったり、大きな尻尾を地面に叩きつけたりして、威嚇する。まるで水野を怖がらせるためにしているようなそんな意図すら感じられる。
ライオンは空に浮かんでいる大きな火の玉となったライターの火を見ると、大きく口を開いて一気に火の玉を飲み込んだ。
すると、火がライオンの身体に浮かび上がり、纏わりつくように皮膚に模様に模様を浮かばせる。
禍々しく荒々しいその姿はどこか気品さえ感じる。
しかし、水野にそんなことを感じる余裕さえなく、必死に来るな来るなと呟いている。
そんな願いも空しく、ライオンはゆっくりと水野に近づく。
そして、顔先15cmまでの距離まできたときに一吼えする。余りの迫力に水野は逃げる意思さえなくなり、助けて下さいとライオンに懇願し始める。
そんなお願いが伝わるわけも無く、ライオンは顔にくっつきそうな距離まで近づき、大きな口をぱかっと開いた。
水野の意識はそこで途切れ、失神した。
ライオンはそんな様子を見ると満足そうに尻尾をふり、次の瞬間には姿を消していた。
すると、点々とした光も復活し、そこには泡を吹いて倒れている少年が照らされていた。