スポーツ大会1
「ふぁあ」
大きな欠伸をしながら、ご飯を少しずつ口に運ぶ。まぶたが重い。
「圭もフツレも眠そうねー」
いつもならばあちゃんの足下をうろちょろしているフツレだが、今日は椅子の上で眠っている。
「さぁ、早く食べてスポーツ大会頑張ってねー」
「うーん」
俺は眠気と闘いながら、曖昧な返事をする。
「ほら、久々のサッカーの試合でしょ。しゃんとして」
ばあちゃんに揺さぶられながら、なんとか朝ごはんをたいらげる。
そして、部屋へと戻ると机の上に置いておいた体操着をカバンに入れようと掴む。すると、近くに飾ってあったリストバンドが目に入る。
俺はそのリストバンドを掴むと体操着と一緒にカバンに詰め込んで、部屋を出た。
学校への行きしなに松ケンと合流し、学校に到着する。
中学生も最高学年となって1ヶ月以上が過ぎた。今まで教室は別校舎の2階だったが、3年生となり校舎が変わって教室も3階へと上がってしまった。
だいぶ慣れてきたが、昨年度より教室までの移動がしんどいことに変わりは無い。
これから夏が近づいてくる嫌悪感を感じながら階段を上がり、教室までの最後の廊下に差し掛かったとき、女子生徒で構成されているグループの声が届いてきた。
その時、一緒に登校してきた松ケンが「おっ」と小さく声を出した。
女子グループのメンバーを確認すると、うちのクラスのいわゆるトップカーストといわれる子たちであるようだ。
今日はスポーツ大会ということもあって早々に体操服に着替えている。
ただ、廊下の端まで声が届いており、正直うるさい。すぐにその集団と分かったのも、見た目というよりは声で分かった感じさえある。
集団との距離が近くなり改めてよく見ると、そのカースト上位グループにある女の子がいることに気が付いた。
少し小柄なその女の子の名前は波多野彩音。
髪は肩より少し長いくらいで、派手なグループの中だと大人しいイメージがある。
少し幼い印象はあるが、顔は整っており、大体の人は可愛いというだろう。
物腰も割とやわらかく、おっとりした雰囲気からか、男子の中で実は片思いをしているというやつも多いと聞く。
というか、その絶賛片思いをしているやつが隣にもいる。松ケンだ。
1ヶ月くらい前から、好きになったようで、彼女がいると多少様子が変わる。
しかし、こいつの場合好きな女の子がコロコロ変わる。
しかも、身長も高く運動神経もよくモテるものだから、すぐ彼女もできる。そして、すぐ別れるを繰り返している。しかし、別れた後の元カノとの雰囲気はそれほど険悪というわけでもなく、仲のよい友達を続けているのだから大したものだ。
初恋も未経験な俺はそこらへんが理解できない。
更に集団に近づくとグループの中心にいる竹中が俺たちに気付き、声をかけてきた。
「あー! 松ケーン! おはよー!」
……というか、松ケンに声をかけた。
松ケンも「おぅっ!」と手をあげて応えている。
竹中は松ケンが2年生のときに付き合っていた子で、おれの記憶では付き合っていた期間は一番長い。4ヶ月位だろうか。
クラスの中で一番可愛いと言われている子なので、付き合い始めたときは美男美女カップル誕生で結構な話題となったことを覚えている。
「うっす。どしたん? 廊下で?」
「えー? 教室暑くって」
確かに体操着の裾を揺らしながら風を送っている姿は凄い暑そうに見えるが、この子はいつもこんな感じか。
「あれ? そういえば波多野さんが一緒にいるの珍しくない? お前ら、いじめんなよ」
松ケンは冗談めいて言った。
それが本気ではないことは明らかだが、波多野さんと話すきっかけ作りだろう。
「えっ? いや、そんなことなくって」
波多野さんは、体の前で手を振りながら、松ケンの冗談を動揺しながら否定した。
あまり話したことのない男子と話すのに、なんて答えたらいいか戸惑っているといった雰囲気がみえる。
「ひどくなーい? うちら普通に仲良しだし。今もバスケ一緒にガンバローって言ってたしね」
竹中はすこし拗ねたような顔をした後、波多野さんの方を向く。
波多野さんも笑顔で頷いていた。
確かに、波多野さんは教室では同じバドミントン部の人といることが多いような気がすが、だからといって、このグループの人と仲が悪いという印象は無い。
「そうなん? みんなバスケ? じゃあ後で試合無いときに応援行くわ」
「ホントー? じゃあうちらも後で男子見に行くよ。だから、ちゃんと勝っててよー」
この感じだと松ケンはどうやらこのままこのグループに混ざって話していくようだ。
俺は気軽に話すような間柄でもないので先に教室に行かせてもらうことにした。
「俺、先に教室入ってるから」
そう松ケンに告げ、「分かった」という返事を聞きながら、集団の横を通り教室に入った。
俺はクラスのカーストで言うと真ん中のグループだろうか。
トップカーストである松ケンとは仲がいいが、それ以外のやつとは普通には話すが特別な交流は無い。
松ケンは俺と二人でいるときは、割と落ち着いているが、自分のグループにいるときは先ほどのようにノリよく話している。コミュニケーションに長けており羨ましくも感じる。
「大山おはよー」
「はよ」
教室に入ると、同じ卓球部の山崎が声をかけてきた。すると、ぞろぞろといつものメンバーが集まってくる。
俺達はいつも通りとりとめのない内容でHRギリギリまで盛り上がった。
HRの5分前くらいになり、皆が自分の机に戻り始めた。
外で話していた松ケンも戻ってきて、俺の後ろの席に座った。
「なんか収穫はあった?」
まだ教室は騒がしいが、念のため周りの人に聞こえないくらいまで声を落として聞いた。
「いや、全然。ちょろちょろ話し振ったりしたんだけどなあ。進路もまだ決まってないみたいだし。彼女競争率結構高いから少しでも距離縮めんとなー。三組の多田とか、同じバドミントン部の倉田とかさあ」
ほう。あのイケメンたちも。
俺は次の言葉を言おうとしたが、ちょうど担任の藤井先生が教室に入ってきたため、前を向いた。
HRの後、運動場に出て、準備体操を行う。
五月だというのに、照りつける太陽と砂埃が鬱陶しくてしょうがない。
準備体操が終わると各自、自分の出場種目会場へと向かう。
俺たち男子サッカー組はそのまま運動場に体育座りをして待機だ。
暑さのせいで下を向いていると、体育教諭が前に出てきた。
日焼けで肌が黒光りしている。
「顔をあげろー! じゃあ、サッカーの説明をする。各クラス総当たり戦で、勝ち数が多いチームが優勝。1試合30分だ。審判は我々男性体育教師が務める」
1試合30分ってことは、全試合で二時間もするのか。
「もちろん、なるべく連続にはならないようにするし、なる場合はインターバルを設ける。気分が悪い奴はすぐに言えよ! それじゃあ、最初は1組と2組から。それ以外のクラスは外に出ろ。はい、じゃあ移動!」
生徒たちは軽く返事をし、ダラダラと移動する。
あんまり遅いようだと体育教師の檄が飛んでくるので、その前にみんな近くに設置してあるテントの下へと移動する。
1組の俺たちはいきなり試合なので、そのまま残っていた。
ああ、日陰がうらやましい。
俺たちはいそいそとポジションへ向かう。
各ポジションは授業の動きとかを考慮して松ケンが決めた。といっても、半分以上が素人なので、そこまで厳密にポジションや作戦といったものも無い。
単純にポジションで攻める、守るのどちらの意識が強いかといった感じだ。
俺はディフェンダーを希望したんだが、勝手にセンターのミッドフィルダーにさせられていた。
ピー。
先生の笛がなり、相手ボールでスタートした。
相手チームの何人かがこちらの陣地へと上がってくる。サッカー部員がまずドリブルで持ち込みながら、パスコースを探す。
メンバーは素人が多いが、正規のサッカーコートほど広くないので、パスコースはあまり無い。
周囲を見渡していたが、うちのクラスの数人がプレスにむかう。
相手は敵が向かっている事に気づいたのか、右サイドの前線を上がっていた味方にパスを送る。
それに合わせて俺たちも自陣へと守備のため戻る。
パスを受けた相手はボール操作を誤り、大きくトラップをしすぎたせいでサイドラインを割ってしまった。
俺達のボールだ。
近くにいたクラスメイトがボールを拾い、スローイングの準備に入る。俺は近くに寄り、手を上げてボールを呼んだ。
「パス!」
その声に気づき、ボールがこちらに投げられる。
俺は足元でトラップして前を向く。
相手がこちらに猛然とチャージに来る。
俺はスピードを上げて斜めに切れ込み、相手をかわす。
そのままドリブルで相手ゴールへと向かって走る。俺が上がっていくのに気づいた松ケンが前に飛び出していく。
その様子を見た俺は前線にロングパスを送る。ボールは大きく円を描き、上手い具合に松ケンの足元へと収まる。
「わっ!」
松ケンがゴール近くでボールを持った瞬間に歓声が上がった。
他のメンバーも相手ゴールへと走る。
カウンターだったので相手メンバーもまだあまり守備に戻れていない。
松ケンはディフェンダーを一人かわして、シュートをうつ。
強い勢いのボールはゴール右隅へと突き刺さった。
「よっしゃー!」
松ケンはガッツポーズをとり、大声をあげる。
そして、周囲から歓声があがる。
「まつけーん! いいぞー!」
「かっこいいー!」
「1組ガンバレー!」
見ると、クラスの女子が応援に来ていた。
松ケンは仲間と揉みあいながら、女子に手を振って答える。まさにイケメンって感じだな。
俺は周りの男子から「ナイスパス」などと声を掛けられながら、またスタートの位置へと戻る。
ポジションへ戻る途中で松ケンがぶつかってきた。
「圭! さすが! ドンピシャやん」
「ああ。久々にやったけど、上手くいって良かったな」
サッカー部時代は俺から松ケンの縦のロングパスはよくやっていた。
昔取った杵柄というやつか。腕は落ちてないようだ。
体育の授業はディフェンスばっかりしてたので、少し不安だったんだけど。
「やっぱり、しっくりくるなあ。また、次も頼むわぁ」
松ケンも自分のスタート位置に戻っていく。俺も自分の場所へと軽く走りながら戻っていった。
結局、2組との対戦は5対2で勝利した。
松ケンはハットトリックを決めた。さすがサッカー部のエースである。
しかも、途中からは自分でゴールするより味方にうまくボールを預けたりして、チーム全体で盛り上がっていた。
俺は試合が終わると日陰へと急ぐ。
しかし、久々の試合はしんどい。
大分息が上がってしまった。テントに向かう前に脇に置いてあった水筒を取って、一気に喉へと流し込む。
あー、生きかえる。
「まずは一勝だな」
松ケンが手をあげて近づいてきたので、俺もタッチで応える。
「そうね。しかし、こんなにサッカーしんどかったっけ? 俺何試合か出んでもいいよね? 結構体きつい」
「馬鹿言うなよ。ほとんどお前のアシストでゴール決まってんだから。誰がボール前まで運ぶんだよ」
「松ケンが全部駆け上がって行けばいいだろ」
「いや、さすがに無理だから」
「まつけーん!」
テントに到着すると、試合を観戦していた竹中たちが声を掛けてきた。
「おつかれー! ハットトリックじゃん! さすがサッカー部キャプテン」
「だろ! カッコよかっただろ?」
「はいはい。カッコよかったよ。っていうかそれ自分で言う?」
楽しそうに話している2人を中心に輪ができる。
輪に男子は俺と松ケンだけだが、女子は竹中と同じバスケ部の佐々木さんと井上さん、あと陸上部の加藤さんと、松ケンが片思い中の波多野さんがいる。
波多野さんは、朝に続いてこのグループの中にいるんだな。
俺と同じことを思ったのか、松ケンが尋ねる。
「もしかして、皆女子バスケのメンバー?」
「そうよ。私たちも絶対に勝つから応援よろしく!」
へー。加藤さんは運動神経いいから分かるけど、波多野さんもバスケなんだ。
なんかおっとりしているイメージだから意外だ。
「加藤も彩音も、バスケ上手だから楽勝だけどォ。あっ、そういえば大山ってサッカー上手いんだ。卓球部じゃなかったっけ?」
竹中が俺の方へと顔を向ける。俺はいつもはあまり話さないので、多少驚いて目線を少し逸らしてしまった。
この子俺の部活知ってたのか。興味なさそうだから知られてたことに少しびっくりした。
「そうそう! パスとかめっちゃ正確だし、囲まれたのにドリブルで三人位抜いたり超凄かった!」
「ほんと! マジやばかったー!」
佐々木さんと加藤さんもテンション高く褒めてくる。超はずい。
俺は少し視線を上に向ける。
「あー、ありがとう。うん、卓球部だけど」
「圭は1年まではサッカー部だったんだよ。1年でレギュラーだったの、俺と圭だけなんだからな」
松ケンが誇らしげにわざと胸を張る。
「えー! そうなんだー。すごーい! ねぇ、彩音?」
「うん。すごいよね!」
「だろ! さすが俺!」
松ケンがここぞとばかりにアピールしている。
波多野さんへの気持ちを知っている分なんだか面白く思える。
「じゃー、なんで大山サッカー部辞めたの? せっかく上手いのに」
竹中からその疑問が出たときに、俺は少し固まってしまった。
もう過去のことではあるが、やはりまだちょっと心にしこりのようなモノがあるのだろう。
「アキ、それはなあ」
松ケンがちょっと言いづらそうに戸惑っている。
「先輩と揉めたからかな」
俺がそう言うと、松ケンが俺を振り返る。別に隠しているわけでもない。
ただ、もしこの場の空気が暗くなったらすまんとは思う。
「先輩と何人かの同級とあんまり仲良くなかったから、居心地良くなくてやめたって感じかな」
「そうなの? せっかく上手いのにもったいなくない?」
「うーん。今の部活の方が仲良くできよるし、そうでもないけど」
「えー。そうなんだ」
竹中は興味があるのか無いのか分からない感じで答えた。その軽さのおかげで暗い感じにあまりならないですんだ。
「あっ! もうそろそろうちらの試合じゃない?」
加藤さんが校舎の時計を見て慌てだした。
「マジ? 早く帰らないと。2人とも先行くから応援来てよ!」
「おお! いくいく」
5人はパタパタと体育館へと駆けて行く。
「それじゃ、俺は応援行ってくるけど圭はどうする?」
「俺も行くわ」
まだ次の試合までは時間もあるし、せっかくのお誘いだしな。日差しを避けるように体育館へと向かうことにした。
体育館に着くとシューズの擦れる音とボールの音、そして声援が聞こえてきた。
中をのぞくとまだ前の2組対3組の試合が行われているようで、竹中たちは体育館の入り口近くに座っていた。
俺たちは体育館に入り観戦できる場所を探して端を歩いていると、ちょうど女子が移動したのでそこに座ることにした。
座ってから1、2分で試合が終わり、座っていた1組の女子グループが立ち上がってコートに入っていった。
ボールがいくつか各チームに渡されており、試合の前に少し練習が出来るようだ。
各々パスやドリブル、シュートなどを軽く行っている。
バスケ部の三人は勿論上手いが、加藤さんと波多野さんもなかなかに上手い。
シュートはバスケ部の3人に比べると成功率は落ちるが、それでもバスケ部でもないのにであれだけできれば立派だと思う。
じっと見ていると竹中が俺たちに気づいたようで笑顔で手を振っている。松ケンが大きく両手を挙げて応えた。
すると、シュートの練習をしていた波多野さんのボールがリングに弾かれて、俺達の少し右側に転がってきた。
転がったボールを追いかけて波多野さんが駆け足でこちらに来ると、ボールの先にいた人物が波多野さんにボールを投げ返した。
見ると波多野さんと同じバドミントン部の倉田だった。
「ありがと。あれ? 倉田なんで体育館にいるの?」
「波多野の情けない姿を拝んでやろうかと思って」
「うざー」
「冗談、冗談。クラスの応援だよ」
やはり同じ部活だけあってクラスの男子と話すときより、波多野さんの感じもフレンドリーというか自然だ。
そんな光景を、松ケンが凝視している。
いや、見すぎだぞ。
「じゃあね」
「ガンバレよー」
倉田が軽く手を振って応援する。松ケン、あれは強敵そうじゃないか。
さて、どうなるやら。
そんなことを思っていると練習時間が終わり、中央に選手が集まっていく。
そして、1列に並んで礼をして、試合が始まった。
試合は終始一組リードだった。
どうやら、向こうには女子バスの経験者がいないようで、シュートがなかなか入らない。
まあ、しょうがないだろう。
それに比べてうちのクラスは着実に点を重ねていく。気づくと点差はトリプルスコアとなっていた。
点が入るたびに応援席は盛り上がる。
隣にいる松ケンもヤーとかナイスーとか叫んでいる。俺は点が入ったりしたら拍手するようにした。
しかし、波多野さんが点を入れると松ケンの声が一層大きくなって少しうざい。
波多野さんも松ケンの大きな声が気になるのか、途中何度かこちらを向いて笑っていた。
結果は当然ながら大差で1組の圧勝だった。
応援していた女子と少し話した後、竹中たちは俺たちのところにも来た。
「2人とも応援あんがとね」
「おう。まあ、勝ったのも俺らの応援のおかげやな」
「はあ? 実力でしょ。っていうか松ケンの声でかすぎ」
「確かに」
「大きすぎて、ちょっとハズかったよねー」
せっかく応援していたのに、松ケンは批判されている。
でも、ニュアンスは松ケンをからかっている感じなので、松ケン本人も気にしていない。
「おいおい。まじか。あー、それで波多野さんこっち見て笑いよったん?」
「えっ?い や、あの。あれは、大山君が……」
「俺?」
急に自分の名前が出てきたもので驚く。俺もてっきり松ケンの張り切りすぎた応援を笑っていたのかと。
「う、うん。凄く声を出している松ケン君の横で、大山君が坦々と手を軽く叩いてる感じが何だか面白くて」
ごめんと笑顔で謝ってくる。そんなに俺変やったんかな。
「分かるー。めっちゃボーっと叩いてたよね。ホントに試合見てるんかーって感じ」
「ウケルよねー」
女子はその光景を思い出して笑い始めた。俺はなんだか恥ずかしかった。