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コーヒーとコーンポタージュ

作者: 日次立樹

 

 喧嘩の原因は、ごくごくつまらないことだった。みかんの皮は星形にむくんだといった彼女に、僕が笑ってしまったのがいけなかったのだ。

 だけどそのせいで、「また明日」を言いそびれてしまった。




 ゴー、ガタガタガタ。電車はけたたましい音を立ててホームを通り過ぎて行った。僕はしばらくの間、そこに立ち尽くしていた。

 なぜ、向かい側のホームにいる君はそんな顔をしているのだろう?信じられない、というような。

 確かに、切符を買ってホームまで降りてきたのに、電車に乗らないのはおかしい。だけどそれは彼女だっておんなじことだ。

 視線を合わせないように僕は自動販売機のほうを向いた。何がいいかな。決めた。熱いコーヒーと、コーンポタージュ。つぶつぶコーン入り、だって。500円玉を投入。コーヒーを買ったところでおつりが出てきたので、120円を入れなおしてコーンポタージュも買った。

 さもこれがほしかったのだというように、駅限定のガチャを回して、小さなカプセルを手に入れる。中身はピンバッジのようだ。


 階段を上って、君の視界から姿を消す。そして今度は階段を下り、文庫本を手に持った君の後ろに忍び寄る。

 君はマジメだから、きちんと黄色い線より手前に立っている。ホームには二人きりだった。


「やぁ」

 なんて声をかければいいのかわからなくて、結局は昨日会ったばかりのようなつまらないものになってしまった。すると君はぱたんと本を閉じ、呆れた視線を僕に向けた。ひどいじゃないか。まあ僕も、さっきのはないかなって思ったけど。

「久しぶり」

 よし、仕切りなおしだ。言い直すと、やっと君は僕のほうに体を向ける。ただ、何も言わなかった。沈黙が落ちる。

「いや、実はさ、」

 その反応は予想外で、僕はどうしたらいいのかわからなかった。だからばかみたいに自分の話をした。彼女が相槌すら打つ必要がないような、くだらない話をした。果たして彼女は終始無言だった。


「それでさ、」

 僕がどうにかして彼女にしゃべらせまいとしている間に、電車がやってきた。僕はほっとした。彼女は浅く息をついたので、僕の肩はびくりと跳ね上がった。


 電車にはすでにたくさんの人が乗っていた。そのうちの何人かは、新しく人を押して乗ってきた僕らにうんざりしたようだった。何人かは眠っていた。音楽を聴いている人や、スマホでゲームをする人もいた。何人かは完全に僕らには無関心で、それどころか優先席の前に立っているおばあさんに席を譲ることもない。


 ガタン、ゴトン、ガタガタ。機嫌の悪そうな音を上げ、電車は加速していく。学校で習った慣性の法則を思い出す。突っ立っているだけなのに、僕らもぐんぐん加速していく。窓の外を流れていく景色が、僕らが立ち止まっていないことを教えてくれる。君は赤いマフラーを緩め、顔をうずめた。


 次の駅に着くと、また人が増えた。空いた席はすぐに埋まっていったけど、おばあさんは座れたみたいだ。君は手袋を片方外した。


 次の駅で僕らは電車を降りた。僕はもう饒舌にはしゃべれなかった。

 手に持っていたコーヒーはすっかりぬるくなっていた。

「それ、飲まないの」

 そういえば彼女はコーヒーが嫌いなのだった、カフェイン飲んだらばかになるよって信じてるんだった。僕は自分の失敗に気づくと同時に、英断をたたえた。


「はい」

 ポケットに入っていたコーンポタージュはまだ熱かった。彼女は赤いマフラーを巻きなおし、手袋をはめた手で受け取った。

「じゃあ、行こうか」

 彼女の言葉に、大げさに僕はうなずく。君は笑って僕の手を引いた。


 ある冬の、僕たちの話である。

いや切符どうしたの、ってあたりは定期かカードがあったということで。

ちょっと情けない男の子が好きです。

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