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初めてのキス

●●●●


アッと言う間に両親は北海道へと旅立ち、私はポツンと家に取り残された。

……まあ、別に不便な事はなにもないんだけど。

だけど、イイ事はあった。


「瀬里。大丈夫か?」


旬が私を気遣ってくれて、パパとママが行ってしまった翌日の朝、家まで迎えに来てくれたのだ。


「うん、平気」


心配そうに隣で長身を屈め、旬は私を見つめる。

ああ、嬉しい。やっぱり旬は私の王子様だ。


「あのさ、瀬里」

「ん?」

「デートの事なんだけど、どこ行きたい?」


ドキンと胸が鳴って、私は旬を見上げた。

旬は……どうして私をデートに誘ったんだろう。私が好き……とか?いやあ……それはないだろうなぁ……もしかしたら、ただ遊びに行くのを冗談めかして『デート』って表現したただけかも。

聞きたいけど、何だか怖い。


「瀬里?」

「あ、ごめん。うーんと、遊園地とかどうかな。あ、水族館もいいな」

「じゃあ、取り敢えず先に遊園地に行くか」


取り敢えず先に?

先にって事は……。

旬が悪戯っぽい眼差しで私を見つめた。


「で、次のデートで水族館」


フワリと胸が浮くような感覚。


「う……うんっ」


このときの私は向けられた旬の笑顔が嬉しくて、胸がいっぱいだった。


●●●●


「ねぇ翔~、見て!翔とお揃いにしちゃった」


げ!

正門に到着した途端甘ったるく響く女子の声に、私はドキッとした。

翔という名前に反応してしまって声のした方を見ると、案の定そこには雪野翔がいた。

私と旬の数メートル先。

加えて彼の隣をピョンピョン跳ねるように歩く三年女子。


「……なんだよ」


物憂げな眼差しで三年女子を見下ろし、雪野翔が足を止める。


「ほら、翔のピアスに似てるの見付けたんだぁ!」

「バカじゃね?」


立ち止まった雪野翔と私の距離が、徐々に縮まる。

それと比例して近くなる、雪野翔の端正な横顔。

ああ、どうか気付かれませんように!

その時旬が、


「瀬里。俺、明日から朝練だから迎えにはいけないけど、週末……楽しみにしてるから」


私を優しく見つめてそう言った。

週末。やだ、嬉しい。

それで私も思わず旬を見上げて微笑んだ。


「うん!遊園地、楽しみにしてる」


7組の旬と1組の私は校舎が違う。


「じゃあね、旬」

「じゃな、瀬里」


ああ!幸せで胸がフワフワする。

その時、


「ねえ翔、聞いてるの?ちゃんとピアス見てよ」


雪野翔の隣の3年女子が不満げに声をあげた。

……そうよ、見てやりなさいよ。ファンはね、大切にしないとバチが当たるよ。

旬とのデートに思いを馳せていた私は、心の中で雪野翔にまとわり付く3年女子の味方をしながらニマニマと笑った。

心で何言っても聞こえないもん、平気。


「ほら見てよぉ、ピアス」


見てるのかな、雪野翔は彼女のピアスを。じゃあ……眼も合わないよね。

私はそう思いながらさりげなく眼を上げて、雪野翔を見た。

途端にギクッとした。

しまったっ。

てっきり三年女子の耳のピアスを見ているとばかり思っていた雪野翔が、なんとこっちを見ていて、私は思わず目を見開いて立ち止まった。

慣性の法則に従った私のスクバが、肩から滑り落ちる。

そんな中雪野翔は三年女子に見向きもせず、私を見つめた後フッと視線を移動させた。

何故か彼は私を追い越して、後ろを見つめている。


……なに……?

思わず振り返った私は、そこに旬の背中を見つけて息を飲んだ。

見られてた……?

体の向きを変えた私を、再び雪野翔の瞳が捉えた。

長めの前髪の奥から切れ長の眼がキラリと光った気がして、私はただただ彼を見つめた。

……っ!

瞬間、雪野翔がニヤリと笑った。私を見て。

雪野翔の不敵な笑みは怖いのに綺麗で、私はしばらくの間動けずにいた。


●●●●


放課後。

今日は美術教室の日だ。

私はチャイムと共に校舎の一番端へと急いだ。西側の非常階段から降りるのが北門への一番の近道なんだよね。

急いで帰って少しでも早く美術教室に行きたい。

重いドアを押して非常階段に出ると、生暖かい風が私の髪を盛大に乱した。私はストレートのロング。今日は体育がなかったから、髪を結んでこなかったんだ。


「見えない……」


風が乱暴に髪を乱すから前が見辛くて、私は思わず呟きながら俯き加減で髪を整えようとした。


「きゃ!」


その時ドン!と誰かにぶつかり、私は後ろへよろめいた。非常階段は狭い。壁は打ちっぱなしのコンクリートだ。


「ごめんなさい!」


私は咄嗟に謝った後、次に背中に来るであろう衝撃に備えてギュッと歯を食い縛った。

その直後、誰かに腕を引かれた。

んっ?!

コツンと額に当たる誰かの身体。フワリと包まれる温かい感覚。加えて香るシトラスの匂い。

これって、もしかして……!


「お前、マジでドン臭せーな」


低くて冷たいこの声は……。

ドキッとして固まる私を雪野翔は至近距離から見下ろして、小さく息をついた。

腕一本を私の背中に絡めて、彼は憮然とした表情でこっちを見ている。

精悍な顔を斜めに傾けた雪野翔は実に大人びていて、私は次第にバクバクと煩くなる心臓を感じて硬直した。

途端にこの間、ここで抱き締められた感覚が蘇る。


「あ、あ、あ、あのっ」

「なんだよ」

「す、みませんでした……」

「お前、アイツと付き合ってんの?」


アイツ……?

あ!

やっぱ見てたんだ。

雪野翔は私を腕に抱いたまま、まるで離す気配がない。


「早く答えないと……また誰か来るぜ」


ヤバい、それは凄くヤバい。


「あ、の。付き合っては……ないです」

「……週末アイツと遊園地ってか?」


地獄耳?いや、犬だけに普通なのかも……。


「デートに誘われて……」


瞬間、雪野翔が僅かに眉を寄せた気がした。


「……」

「あの……」

「お前、あーゆー男が好きなのか」


言いながら雪野翔は私に回した腕を解くと、フッと唇を引き上げた。


「前にも言ったが」


彼は一旦言葉を切ってから、再び続けた。


「口は災いの元だ」


……分かってる。

雪野翔が犬なんだよ、なんて言えるわけない。言えば私がイカれてるのかと思われちゃうじゃん。


「……わかってます」


私は小さく返事をするとペコリと頭を下げて彼の脇をすり抜けた。

それから北門まで走った。

背中や額に雪野翔の感覚が残っていて、私は胸がゾワゾワして仕方なかった。


●●●●●


待ちに待った週末。


「瀬里」


家まで迎えに来てくれた旬を見て、私は思わずドキッとした。

だって……薄手のVネックのシャツが旬の逞しい身体を際立たせていて、隣にいるだけでドキドキする。

そんな私を見て、旬がニッコリと笑った。


「瀬里……なんか全然雰囲気違うじゃん。可愛いよ」

「そう……かな。ありがと」


やだ、凄く嬉しい。

ここ数日の間、雑誌買い込んで研究して良かった!

髪はコテで毛先をゆるく巻いて、薄くメイクもした。マニキュアも完璧。服装だって、同じクラスの明日香ちゃんにコーデしてもらったんだよね。


「ショートパンツ、凄く似合ってるよ」


旬のその言葉にカアッと顔が熱くなって、私は少し俯いた。


「行こっか」

「うん」


生まれて初めてのデートだ。

駅までの道を、旬と並んで歩きながら私は思った。

旬も初めてなのかな。そうだと……いいな。


●●●●


「ああー、楽しかったな」


赤い夕日を背にして駅から家へと帰る道のりで、旬が両手を上げてグッと背伸びをしながら空を仰いでそう言った。


「瀬里も楽しかった?」


フワリと旬が微笑んで斜めに私を見つめた。


「うんっ!凄く楽しかった!」

「……よかった」

「私、ジェットコースターなんて久し振りだったから怖くてダメかなと思ったけど、メチャクチャ面白かった!なんであーゆーの乗ると笑いが止まんないんだろ?!笑いがこみあげてきて、」

「瀬里」


旬が急に私の言葉を遮ると腕を掴んだ。


「……旬?」

「瀬里」


艶やかな声と共に急に旬の顔が近付いてきて、唇に柔らかい感覚が広がった。

瞬きも出来なくて、私は凄く近くにある旬の顔を見つめた。

これって……。

少し顔を傾けた旬の唇が、私の唇で僅かに動く。

たちまちドキドキと胸が鳴って、私はなす術もなく硬直した。

やがてゆっくりと唇を離して、旬が照れ臭そうに笑った。


「……嫌だった?」


嫌なわけ、ない。

私はブンブンと首を振った。


「マジで?」

「うん……」


頷いた途端に上を向かされ、再び旬は私にキスをした。

柔らかな、旬の唇。

胸がキュッとして、私は思った。

旬が大好きだって。大好きになったのが、旬で良かったって。

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