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人狼王の覚悟《2》

「狼?!あははははっ!なに言ってんの、翔。からかってるの?!」


葉月が全然信じようとしないから、俺は意を決して狼に姿を変えた。

あの頃の俺は過信していたんだ。葉月の愛情は深く大きくて、俺が人狼だと知ってもそれは変わらないと。


「化け物っ……!嫌ぁ!!」


バケモノ。


今でも、眼を見開いて腰を抜かし、ガタガタと震えた葉月を覚えている。

……何故なんだろう。


『今見た事は全て忘れろ』


何故、俺は瀬里に暗示をかけなかったんだろう。

地味で言葉数の少ない目立たない瀬里なら暗示などかける程でもなく、脅しつけていれば十分だと思ったからか?

……いや、違う。

瀬里が……アイツが、狼の姿の俺と眼が合った時、怯えなかったからだ。そして俺は、あの時の瀬里の瞳が忘れられないでいた。

確かに瀬里は驚いていた。だが、それだけじゃなかった。


狼に姿を変えた俺が真正面から見据えると、瀬里は眩しそうに、それでいて神々しいなにかを崇めるように俺を見つめた。

驚きつつも僅かに憧れを含んだ眼差し。

そしてその瞳が俺の勘違いじゃなかったと知ったとき、俺は瀬里をもっと知りたかったのかもしれない。


そんな瀬里と桜花が重なる。

人狼だと知りつつ俺を好きだといった瀬里と、凰狼のために身を投げ出し命を懸けて守ろうとする桜花。

瀬里を毒で殺そうとする凰狼が、心底憎い。だが凰狼を殺す俺を、瀬里はどう思うだろう。

そして、桜花は?

凰狼の死は、桜花の死でもある。

やつを殺すと桜花もまた、生きてはいけないだろう。

瀬里も、もし俺が死んだとしたら。



『こんな争いは馬鹿げてる!天狼神の子孫だろうが真神の子孫だろうが関係ないわ!どちらも同じ人狼よ!』



俺の使命は……!


「翠狼!」


俺はグッと両目を閉じて決心した後、翠狼を見た。


「なんだ白狼」


翠狼が俺に言葉を返す。


「力を貸してくれ。場の収集を頼む」


翠狼はしばらく俺を見つめて唇を引き結んでいたが、やがてホッと息をついた。


「……分かった」

「それから、桜花」


桜花が涙に濡れた眼を俺に向け、掠れた声を出した。


「はい、白狼様」

「凰狼の傷の手当てをしてやれ」


人狼族は、息の根を止めない限りすぐに傷は塞がり癒える。

だが俺のつける傷は、たとえ人狼であったとしても治りが遅い。

凰狼が僅かに身を起こして俺を見上げた。


「白狼……なぜトドメをささない?!俺の爪を奪わなければ瀬里……お前の許嫁は助からないぞ」


俺は、翠狼から瀬里を受け取りながら答えた。


「お前の傷は深すぎる。今、お前から血清を取るとお前が元に戻るか分からない」


俺は固く眼を閉じた瀬里を見つめながら続けた。


「桜花の言う通りだ。天狼神の子孫だろうが真神の子孫だろうが俺達は同じ人狼だ。凰狼。王座は譲れない。だが俺が正式に王になった暁には、派閥をなくし真神も天狼神の子孫も差別はしない。俺達は全て平等だ」


息を飲んで俺の話に耳を傾けていた凰狼が、震える声で問いかけた。


「俺達を……罰しないのか」

「罰する理由がない」


言い終えた俺は、瀬里を抱いたまま祠の前まで歩き、そこに彼女を横たえた。

瀬里、今助けてやるからな。

俺には凰狼の毒の血清は作れない。

だが、毒を吸い取ることは出来る。暫くは苦しむことにはなるだろうが、俺が毒で死ぬことはない。


「瀬里、眼を開けろ」


俺は瀬里にそう話しかけて、彼女に口付けた。

深く口付けて、俺は瀬里の体内の毒を探した。なのに……。

フッと、凰狼が息だけで笑った。

俺は叫んだ。


「何故だ、凰狼!何故お前は……!!俺はもう少しでお前を殺すところだったんだぞ?!」


無かった、毒が。

瀬里の中に、凰狼の毒など一滴もなかったのだ。

声を荒げた俺に、凰狼が静かに答えた。


「俺は、命を懸けなきゃならなかった。お前が正真正銘、人狼王に相応しい器かを見極めたかったからだ。この先、俺達が付いていくに値する王なのかを、確かめたかった」


凰狼はここまで言うと、清々しい表情で天を仰ぎ眼を閉じてから再び続けた。


「……だが、命を懸けた甲斐があったというものだ……。白狼、許嫁……瀬里に手荒な真似をしてすまなかったな」


凰狼は辛そうに眉を寄せると、低い声で続けた。


「白狼、立てないんだ。悪いが瀬里を俺の傍へ連れてきてくれ」


凰狼に頷き、瀬里を抱き上げて傍へ寝かせると、凰狼は瀬里の腕の傷にフウッと息を吹き掛けた。


「これで傷はすぐに塞がる。しばらくすると目覚めるだろう。それまでゆっくり休ませてやってくれ」

「……ああ」


凰狼は尚も続けた。


「白狼。凰狼派は……今日を以て解散する」


凰狼のその言葉で、凰狼派のメンバーが静かに膝を折り、俺を見つめた後、敬意を表して頭を垂れた。

眼を見開いてその光景を見つめる俺に、凰狼は浅く笑った。


「白狼。満月の儀式で会おう」

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