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王座をかけて

「正式な決闘というのは、昔から俺達人狼族に許されている闘いの事だよ。派閥のリーダーもしくは人狼族の中で一目置かれている人物が立会人になると、その決闘は認められるんだ」

「決闘って、具体的には?!」

「そりゃあ、どちらかが闘えなくなるまでの決闘だ。時には命を落とす場合もある」


ダメよ、ダメだわ!!

私は再び人々をかき分けて先輩を探した。


「無駄だ、凰狼。お前は俺に勝てない」


再び先輩の声がした時、ようやく私は先輩を囲む集団の最前列へと出られた。

先輩……!

先輩は私と別れたままのあの服装で、祠を背に立っていた。

何百人もの人狼が見守る中、先輩から数メートルの距離を取り、大柄な男性が威圧的な眼差しで先輩を見ていた。

あれが多分……凰狼だ。先輩より歳上……翠狼くらいだろうか。

凰狼の背後には彼の派閥のメンバーが控えていたし先輩の後ろにもまた、先輩の仲間がびっしりと立っていて凰狼派を睨み据えている。

どうしていいのか分からないのに焦るばかりで、私は思わず拳に力を込めた。


「我ら人狼の王は白狼だ!!文句があるならかかってこい!!」


振り返った先輩が、仲間の言葉を遮るように叫んだ。


「待て、お前達!」


先輩の制止を聞かず、再び白狼派のメンバーが叩きつけるように口を開く。


「天狼神を侮辱する真神(まのかみ)の末裔になど、負けはしない!!」

「なら、潔く決闘を受け入れろっ!翠狼はどこだ?!決闘の証人になれ!」


凰狼が叫んで辺りを見回した。


「……っ!!」


全身が凍り付いた。

だってギラリと光った凰狼の眼がピタリと私の上で止まり、みるみる彼の口角が上がったんだもの。


「ほう、これはこれは……白狼の匂いがプンプンする人間のお嬢さんがいらっしゃる」


や、ばい……!


「瀬里……!」


掠れた先輩の声がしてすぐに先輩を見たけれど、言い様のない恐怖に襲われ、私は再び凰狼から眼をそらすことが出来なかった。


「これは……真神の賜り物か」


しまったと思った。脳裏に、いつかの翠狼の言葉が蘇る。



『お前は《満月の儀式》の生け贄にすぎん』



それから、先輩とのこの会話。


『許嫁が死ねば、先輩は王になれないの?』

『許嫁が姿を消すということを未熟さの表れと捉えられてしまうんだ。許嫁が死ぬなんて事態が起こると、俺の身体から石が去っていくかも知れない』



……《満月の儀式》に出席する許嫁が生け贄と呼ばれるのはもしかして……逆に言えば王の足枷になりえるからって事?

それを皮肉を込めて揶揄し、生け贄と呼ぶんだとしたら。

ああ、こんなところに来て、私はバカだ!!

先輩を助けるどころか足を引っ張ってしまうなんて……!


目まぐるしく考えたのは、ほんの一瞬だった。

だってニヤリと笑った凰狼が地を蹴り、私に飛び掛かってきたから。


「おお真神の恵みよ……!」

「きゃあああっ!」

「瀬里を離せっ!」


一瞬見えた先輩が奥歯を噛み締め、素早く白金の狼に変貌しながら凰狼に牙を剥いた。

狼に変化した先輩は、最初に見た時の大きさとはまるで比べ物にならないほど大きかった。


「きゃあああ!」


身体に衝撃が走り、私は思わず叫んだ。


「今こそ、真神の力を見せる時だ!白狼を倒せーっ!!」

「皆、白狼に続け!白狼と姫を守れ!」


一斉に人々が狼の姿に変異し、遠吠えや唸り声をあげ、入り乱れた。

どの狼も普通の大きさじゃなかった。

けどそれが眼の端に留まったのはほんの一瞬で、私は狼の姿になった凰狼にくわえられた。


「あああっ!」


直後に激しい痛みが身体中に走る。

気付いた時には私もろとも凰狼が倒れ、ザザッという音をたてながら地を滑っていた。

その身体が何本もの竹をへし折り、なぎ倒す。


「瀬里を離せ!さもなくば、容赦はしない!」


凰狼に一撃を加えた先輩が、地の底から這い上がるような恐ろしい唸り声を上げた。

それを見た凰狼が眼の縁から血を流しながらも体勢を立て直し、苛立たしげに瞳を光らせた。


「お前のような青二才が王など……片腹痛いわ!!」


言い放つや否や、凰狼が思いきり首を振り、私を空中に放り投げた。


「きゃあっ!」


フワリと浮き、直後に降下する身体をどうしても制御出来ない。

私は本能的に歯を食い縛った。ああ、地面に叩きつけられる……!

その時、信じられない痛みが腕に走った。

なに?!

見ると、今までに見たこともないような黒くて太い爪が私の右腕を貫通していた。


「……っ!!」


痛さと恐怖で声が出ない。

信じられない……腕に爪が……!!

火で焼かれた鉄のように、凰狼の爪が熱い。


「うっ……!」


その時、急に喉が苦しくなった。

うそ、苦しい。どうして?!力が抜けていく。私……もうダメなの?


「もうお前の負けだ白狼。お前の許嫁……瀬里は俺の毒爪に苦しみ、息絶えるだろう」

「凰狼!今すぐ瀬里を離せっ!」


先輩の怒鳴り声の後、凰狼が声にならない悲鳴をあげ、私を振り払った。


「きゃあっ!」


歯を食い縛る余裕もなくなった私の身体を、誰かが優しくくわえた。

漆黒の被毛に、真緑の瞳。


「翠……狼……?」

「しっかりしろ」

「翠狼っ!!」


先輩がこちらを見て叫び、翠狼がそれに答えた。


「危害は加えない。瀬里は任せろ」


先輩は一瞬驚いたように眼を見開いたけど、すぐに頷いて凰狼に向き直った。

辺りに怒号や悲鳴が響き渡る中、先輩は真正面から凰狼を見据えると、鼻にシワを寄せて牙を剥き出した。

そんな先輩の前で、凰狼が不敵にも笑う。


「白狼。今こそ我は挑戦する!」

「身体で解らせてやる。凰狼。地に膝をつく己の姿で敗北を知るがいい!」


言い放つや否や、先輩が凰狼に飛び掛かった。

やがてそれを見た人狼達が自らの動きを止め、先輩と凰狼の戦いを見守り始めた。

先輩に押さえ付けられ、凰狼の褐色の被毛が波打つ。

そんな先輩の前肢から身体をねじって凰狼が抜け出すと、離れ際にすかさず彼は先輩の前肢に噛み付いた。

それに怯むことなく、先輩が凰狼の首を咬み、みるみる二人の身体は血に染まっていった。

互いに距離をとり、両者が睨み合う。

その時、


「ああっ!」


凰狼の爪で刺された右腕に激痛が走り、私は耐えきれず悲鳴をあげて膝をついた。


「瀬里!」


先輩がチラリと私を見た。


「先輩……やめて」

「瀬里、止めるな」


私の身体を抱き起こしながら、翠狼がそう言った。


「お前は人間だから考えられないかも知れないが、人狼である俺達にとってこれは王の座をかけた真剣勝負なんだ」


理解できない訳じゃない。でも、先輩が傷付いていくのが嫌だった。


「先輩……ごめん。ほんとにごめん」


ダメだ、腕が燃えるように熱い。

そんな私を見て凰狼がニヤリと笑った。


「俺の毒爪にかかれば、一日も持たず死に至る。今のうちに別れを言っておくんだな」


死ぬの、私。死なんて、正直もっともっと先のことだと思ってた。

でも今までに体験したこともないほどの痛みと息苦しさだ。

意識も朦朧としてきて、眼がかすむ。

ダメ。

意識がなくなっちゃう前に、ちゃんと言っておかないと後悔する。

私は大きく息を吸うと、激痛に耐えながら口を開いた。


「……先輩、私のせいで……本当にごめんなさい。……私、先輩が王になるのを心から祈ってる。それから先輩、私、先輩が凄く大好きです」

「瀬里、しっかりしろ!」


そう言った直後、先輩が辺りを震わすような唸り声を上げた。

それと同時に先輩の全身が光り始め、人々が数歩下がった。


「見ろっ!天狼神の魂が……」


天狼神の……!?

霞む眼をこらしてよく見れば、どうやらその光は先輩の耳のピアスから放たれ、全身を包んでいるようだった。

そんな中、先輩の被毛が逆立ち、光と相まってプラチナ色にキラキラと輝く。

こんな状況なのに……ああ、なんて綺麗なんだろう……!


「見ろっ!白狼に天狼神様が降りてこられた!!やはり白狼は、人狼王だ!」

「白狼!」

「白狼!凰狼を倒せ!」


先輩が地を蹴り唸りながら凰狼に飛びかかると、一瞬で彼の肩口に噛み付いた。バキバキと骨の砕ける音が響き、凰狼の叫び声が上がる。

先輩はそれでも容赦せず、凰狼の喉元に食らいつくと、一気にその身体を放り投げた。

ぶつかった竹がしなり、風が巻き起こる。


「どうした凰狼。お前の力はその程度か」


全身に光をまとったまま、先輩は冷たく凰狼を見下ろした。


「覚悟しろ。真神の元へ送ってやる!」


先輩……ダメだよ、そんなのダメ……。


「……クッ!」


起き上がることの出来ない凰狼が、無念の表情を浮かべて歯を食い縛った。そして先輩が、トドメをさそうと大きく口を開ける。


「ダメだよ、せんぱ……」


ああ、腕が千切れそうだ。痛くて、もうダメ。寒い……。

先輩……。

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