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ひとときの幸せ

ひええっ!ダメなの?!ダメなの?!キレてんの?!

その時フワリと空気が動いて、先輩が私の髪に触れた。


「なんで毛先がクルクルしてんの?」


は?疑問は……そこ?!


「そりゃあ、せっかく先輩と出掛けられるんだから、少しでも可愛いって思ってもら……いた……」


先輩がまたしても眉をあげた。

し、しまった……!


「フッ」

「あ……の」


恥ずかしい。

もう、顔が火事になったんじゃないかと思うくらい熱い。

クスクスと笑って肩を揺らす先輩を、恥ずかしすぎて直視出来ない。

私は俯いて呟いた。


「やっぱ、失敗……きゃあっ!」


急にグイッと腕を引かれた。

身体が前へ傾いて、コツンと額が先輩の胸に当たる。


「いーんじゃね?」


え……。

心臓がドクンと鳴った。耳元で聞こえた先輩の囁きは一瞬で、私は思わず眼を見開いた。

今のって……。



『いーんじゃね?』



この苦労して巻いた髪、誉めてくれたって事……?だとしたら、も……もう一回聞きたい。もう一度、言って欲しい。

だって先輩から誉められる事なんて次にいつあるか分からないもの。

だから、もう一度。


「せ、先輩。今の、もっかい言ってもらっていいですか」


私がそう言うや否や、先輩はツンと横を向いた。


「アホか。いくぞ」


がーん!

素早く背を向けた先輩の顔を見ることは出来なかったけど、後ろ手に伸ばされた手が私の手を待っていて。

その手に、私の胸がキュンとした。や、ばい。なんか……嬉しい……!


「ほら、早く来い」

「……うんっ」


私は先輩の手をしっかりと握ると、騒ぎたてる胸に手を添えて歩き出した。


●●●●


海へ着くと、日差しは強かったけれど風は爽やかで、私はニコニコして隣の先輩を見上げた。


「先輩、空見て。すっごい青い!それに浮かんでる雲の白さとの差が綺麗!」


先輩はガードレールにもたれるようにして眼下の海を見つめていたけれど、私の声に空を仰いだ。


「そうだな」


男らしい口元を緩めて、優しい声を出した先輩が素敵すぎて、私は空を見るのをやめて先輩を見つめた。

ああ、本当に先輩は素敵だなあ。

その時、フッと先輩が私を見下ろしてクスリと笑った。


「なんだよ、空を見ろって言った本人が……どこ見てんだよ」

「見てたよっ、見てたけど」


私がそこまで言ったら、たちまち先輩がニヤニヤと笑った。

も、もうドジったりしないもん。

何度目かの失敗で、なんかすっかり私が先輩に迫ってる感じになっちゃって恥ずかしい。

だから私はそれを隠すかのようにツンと横を向いた。


「先輩なんか見てないもん」

「ふーん」


うぅ、本気にしてない感じ……。

その時、仲の良さそうなカモメが二羽、私たちの前方に姿を見せた。


「見て、先輩。兄弟かなぁ、恋人かなぁ」

「……」


先輩……?

あ……。

空を舞うカモメを見つめる先輩の苦しげな表情に、私は胸を突かれた。先輩は今、翠狼の事を……?確か昔……先輩と翠狼は仲が良かったって……。

私は先輩を見ずに、じゃれ合いながら空の彼方へ消えていくカモメ達を眺めて、口を開いた。


「翠狼は辛いんだと思います。先輩の事が心底憎いわけじゃない。先輩。私、思います。翠狼と先輩はきっと分かり合える時が来るって」

「……ああ。そうだな……」


砂浜に寄せる波は、宝石が散らばったみたいに太陽を反射して輝いていた。

少しでも先輩の心を軽くしてあげたいのに何も出来ない私は、めちゃくちゃ無力だ。

切なくて、でもこの空気を変えたくて、私は先輩を見上げた。


「綺麗だね、先輩」

「瀬里」


その時、先輩が身体の向きを変えて、正面から私を見つめた。


「……はい?」

「お前はただのチビだと思ってたけど、本当は俺よりも大きいのかもな」


へ?

私がポカンと先輩を見上げると、先輩はフウッと優しく笑った。


その時、私のバッグ中のスマホが鳴り始めた。


画面の文字は『水嶋アートスタジオ』だった。お世話になってる美術教室だ。


「はい。先生?……はい。はい。えっ……。そうですか。ありがとうございます」

「…………」

「…………」


先輩は、スマホの画面に視線を落としたままの私をしばらく見ていたけど、


「行くぞ」

「え」

「アートセンター」

「な、んで」

「いいから行くぞ!」


半端ない聴力を発揮して、先輩は私の電話を盗み聞き……いや、狼だけに普通に聞こえちゃってたんだと思うけど……とにかく会話の内容を把握したみたいだった。


私の画が、金賞?!ほんと?!

凄く嬉しかったけど、何も今から見に行かなくても……。


「待って先輩。金賞って言っても新聞社主催の小さなコンクールだしギャラリーには一週間は展示されるから今日見に行かなくても……」

「ダメだ。今から見に行く」

「展示が終了したらちゃんと、手元に返ってくるよ。それからでも」


言い終えないうちに、先輩が私の腰を片腕でさらうように引き寄せた。


「……へ?」


ひ、ひやあぁぁーっ!

これって、抱き合ってない?

いや、私が先輩の背中に腕を回して初めて、ハグが成立するなら。


……抱き合いたい。私、先輩をギューッてしたい。

こんな綺麗な海のそばで、こんなに好きな男子に引き寄せられたんだ。このチャンスを逃したくない。

……やってしまえ。


私は鼻息が荒くなるの必死で抑えつつ、先輩の背中に腕を回そうとした。その時、ムッとした黒い瞳が私を至近距離から睨んだ。

ぎくん!

それは、ダメとか!?厚かましいことするんじゃねーよっ的な?!


「俺は今から見たいんだ。わかったら黙って付いてこい」

「…は、い………」


がくっ。

やっぱこういうのに不慣れだと、タイミング掴めないよね。

ああ、もうちょいだったのになぁ……。


●●●●


車なら、こんなに早く到着しなかったと思う。

私の画が展示されているギャラリーはネオン街として有名な街にあるけど、昼下がりの風景はさほど毒々しくはなかった。

逆にオフィス街よりにあるためか、直線的な建物と計算された緑が配置された、理路整然とした区画に位置していた。


「先輩、ここみたい」

「入るぞ」


オフィスビルのような外観の、どこにでもあるような自動ドアを通過すると、中は予想に反してヨーロッパをイメージしたような内装で、私は少し息を飲んだ。

なんか……凄く素敵……。

中には様々な人々が行き交っていて、皆、自分の目指す場所に足を進めていた。


「あれじゃないのか?」


先輩の指差した方向に視線を移すと、両開きの重厚な木製のドアが開け放たれている先に、赤褐色の絨毯が見える。

そのドアの向こうに置いてあるイーゼルには、ウェルカムボードが置かれていて、《第二十五回朝夢新聞主催絵画コンクール》と書いてあった。


「行くぞ」

「待って!」

「なんだよ」

「だからちょっと待って」


そういえばまだ、先輩に言ってないことが……。

イラッと瞳を光らせて私を振り返り、先輩は何か言おうとしたけど、ポケットのスマホが振動したらしくチッと舌打ちした。


「……俺だ。……わかった、待ってろ。……すぐ行く」


……先輩……?

私を見た先輩の顔が凄く険しくて、すぐに何かあったんだと思った。


「瀬里、急用が出来た。悪いがひとりで帰ってくれ」


先輩が少し唇を噛んでから腕時計を確認し、その後私を見た。

私はそんな先輩が心配で、思わず眉を寄せた。


「先輩、なんかあったの?」

「心配しなくていい」

「なに?教えて」

「大したことじゃない」


そんなわけない。だって、なんか変だもの。


「やだ、私も一緒に行く」

「ダメだ。瀬里、家帰ってろ」


私を見下ろした先輩の眼差しが、今までに見たことないほど孤独だった。

何かを成し遂げなきゃならないと決心した瞳。覚悟と、それに似た悲壮な色が浮かび上がった表情。

その時、いつかの先輩の姿が脳裏によみがえった。

ソファに力なく横たわり、全身に傷を負った先輩。



『反対勢力を抑えるのに手こずったんだ。仲間に気の荒い奴がいてな』



確かあの時、先輩はそう言って荒い息を繰り返して……。

嫌だ。もしもまた先輩が傷ついたら……あの時よりも酷い事が起こったら……!

私は人目も憚らず先輩にしがみついた。


「先輩、何かあったなら言って。そんな顔しないで。先輩に何かあったら私、」


うまく思いを言葉に出来ない上に、言い様のない恐怖で涙が出た。

声が上ずる。


「もしかして、王座に関係が」

「瀬里、泣くな」

「だって、先」


またしても腕を引かれた。それだけじゃない。


「瀬里……!」


抱き締められた、強く。

身体が仰け反るほど先輩に抱かれて、私は息が止まりそうになった。

どうして、どうしてこんな風に抱き締めるの?


「嫌だ先輩、こんなの嫌」


だって、もうこれが最後みたいじゃん。


「やだ、行かないで」


その時、信じられない事が起きた。ドキンと一際鼓動が跳ねる。

だって、だって。

頬を斜めに傾けて、先輩が私の唇にキスをしたから。

触れるだけのキスが少しだけ深くなって、私はその甘さと不安に身体が震えた。


な、んで……?

どうしてと尋ねたかったけど、それは叶わなかった。

先輩はすぐに私から離れて身を翻し、ドアの向こうに姿を消してしまったから。

私の耳に『誕生日おめでとう』という言葉を残して。


「先輩っ」


急いでビルの外に出るも、先輩の姿はもうどこにもない。


「先輩……」


呟きながら私は無意識に唇に触れた。

残された先輩の感覚が、恋しくて。

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