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衝撃の現場

その男子は私に背を向けて祠を見ていたけど、やがて肩にかけていたスクバを足元に置くと、腕を開いて空を見上げた。

……何してるんだろう。

祠周辺は綺麗に竹が伐採されててやけに広く感じるし、満月の光が凄く綺麗。

私が目を凝らして見つめる中、その男子生徒はまるでシャワーでも浴びているかのように、満月の光を全身に受けていた。


何だか凄く神秘的だ。それに……凄くスタイルのいい人だな。

スラリとした長身に、小さな形のいい頭。広い肩幅と長い脚。

顔が……見たい。

私は気付かれないように、そっと彼の顔が見える場所まで歩いた。


……へ?……は?!嘘でしょ?

ドキッとして、私は思わず息を飲んだ。あの綺麗な横顔は……雪野翔なんじゃ……?

……何してるわけ、こんなところで。

その時、


「クッ!」


雪野翔が、グッと奥歯を噛み締めるように唇を引き結んで満月を見上げた。

驚くことにその途端、彼の身体が大きくなると急激に形を変えた。

な、な、なに?!

私は思わず叫びそうになって、両手を口に押し当てた。あり得ないでしょ、普通は。どうなってんの?!


油絵セットがガサッと音をたてて落ちる。

嘘でしょ?!

油絵セットを落とした音で、雪野翔がこちらを向いた。

いや、もはや雪野翔かどうか分からない。

だって私を見たソレは、月と同じ色をした大きな大きな犬だったんだもの。


ショックのあまり気絶する美少女をテレビで見たことがあるけど、美少女じゃないせいなのか私の意識はハッキリしていた。

昔サファリパークでみた雄ライオン並に巨大な白い犬が、私を真正面から見据えているという事実。


ちょっと待って、これってどうすればいいの?!

眼をそらした方がいいのか、そらさずに後ずさって一気に背を向けて逃げるのがいいのか。

あっ、それとも死んだフリとか?

でも、


『とどめを差す手間が省けてラッキー!』


とか思われて、ガツガツ食べられても嫌だし、


『今は腹減ってねーわ。後で食うぜ』


とかいう理由で土の中に埋められちゃったりしたらやだし。

……とにかく犬の顔つきからみて、私に友好的感情がまるでないのは明白で。

やだ、マジでどうしよう!!


その時犬が満月を仰いだかと思うと、クルリと私に背を向けた。

……も、もしかして、帰るのだろうか。……私、助かったの?

どうやらそれはビンゴみたいで、犬は振り返ることもなく藪の中に消えていった。

は……よ、よかったあ……!

ヘナヘナとその場に座り込み、私は大きく息を吐いた。

身体中汗ビッショリで、思いの外緊張していたことに気付く。


……もしかしてこれは、興味本意で祠に近づこうとした私を、犬神様が戒めたんだろうか。

幻想を見させて私に警告したのかもしれない。

恐怖心というよりは申し訳ない気持ちになって立ち上がると、私は制服についた草や土をはらい落とした。

それから落とした拍子にボタンが外れ、中身が飛び出してしまった油絵セットをかき集める。


……ごめんなさい。

私は、祠を見つめるとペコリと頭を下げた。

それから元来た道へと踵を返して、急ぎ足で歩き始めた。もう二度とここには来ないと心に誓いながら。


●●●●



で、再び現在。



「……見たよな?!」


力強い眼差しを向けられ、私は仕方なく口を開いた。


「……見てません」


……嘘だけど。

だって怖いもん、この人。


「嘘をつくな。眼が合っただろ」

「合ってないです」


……合ったけど、合ってないことにしたいもん。

瞬間、チッという舌打ちが聞こえたと思うと、雪野翔は一層私を引き寄せた。

ひ、ひええっ!


「テメェ、ぶっ殺すぞ」


こ、怖すぎるーっ!

私は恐ろしさのあまりギュッと両眼を閉じて身体を強張らせた。

二の腕に彼の指が食い込んで、痛さの余り顔が歪む。

次の瞬間、コンクリートの非常階段に、タン!という足音が響いた。

やったっ!誰か来てくれた!

いや絶対私の為じゃなくてただの通りすがりだろうけど。


けれど怒りながら女子に詰め寄るなんて構図は頂けないわけで、私は当然雪野翔が離れてくれる事を期待した。

離れた瞬間、猛ダッシュで逃げる算段だ。

……ああ、なのに。


「わ」


足音の主は私達二人を見て足を止め、私はその瞬間、フワリと抱き締められた。

加えて漂う、爽やかなシトラスの香り。


……は?

待って、一生のお願いだから待って!

な、何事?!

てっきり放されるとばかり思っていたのに、逆に抱き締められるとは。

雪野翔の大きな身体に私はスッポリと包まれ、その男の子らしい固い胸の感覚や彼の体温に、意識が遠退く思いがした。


「雪野くん……」


どうやら女子のようだ。


「今イイトコなんだ。邪魔すんじゃねぇよ」


なんですって!?どこがイイトコなのよ?!

そう言いながら何を血迷ったのか、雪野翔は私の頬に唇を寄せた。その瞳が、伏せる前に私を熱っぽく見つめる。


「愛してる……心から」


は?!


「好きだ。一生お前だけを愛してる」


……空耳なのか、幻聴なのか。

聞こえた雪野翔の声は切なそうに私の耳元で響いた。

彼の熱い息が私の首筋にかかる。

その感情を込めた低い声にドキッとしたのは私だけじゃなかったみたいで、


「ご、ごめんっ、お邪魔しましたっ」


この非常事態に鉢合わせた女子生徒は、裏返った声を出してパタパタと去っていってしまった。

きゃあ行かないで、助けてっ!

やだやだ嘘でしょ、帰ってきてーっ!

当然私の心の声がさっきの女子に聞こえるわけもなく、再び私達は非常階段で二人きりとなった。


「あ、あの……」


どうすれば良いか分からなくて、私は雪野翔の腕の中で彼を見上げた。

すると雪野翔は私の背中に回した手を解き、身体を離して斜めからこちらを見下ろした。


「もしも喋ったら、ただじゃおかねーから」


先程とは打って変わった冷めた声を出し、刺すように私を見る雪野翔。

……怖。……絶対に暴走族だわ。だって目付きが半端なくヤバいもの。

バイクでひき殺されたくない私は、コクンと頷いて彼を見上げた。


「雪野先輩が……犬だった事は誰にも言いません」


すると彼は一瞬僅かに眼を見開いてから、私をギラリと睨んだ。


「殺されてぇのか、お前は」


……なんで?!

誰にも言わないって言ってるのになぜ彼が怒っているのかが分からなくて、私はもう一度ポツンと呟くように言った。


「犬だった事は、絶対内緒にします」


すると彼はマジマジと私を見つめた後、チッと舌打ちした。それから私の身体を離すと、


「よく覚えてろ。口は災いの元だ」


両手をスボンのポケットに突っ込んで、彼は私を肩越しに振り返った。


「いいな」


私は恐怖の余り、非常階段をかけ降りる雪野翔の背中を見つめながら後ろへよろけた。

ジャリッと頭にコンクリートの擦れる感覚がして、思わず顔をしかめる。


「あいたた……」



『口は災いの元だ』



痛いし、怖い。

私は氷のような雪野翔の眼差しを思い出しながらため息をついた。

……どうしよう、これから。

考えても考えても名案なんて浮かばず、私は再びため息をつくと部活棟へと向かった。

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