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裂かれた画

●●●●


翌日。

相変わらずスッキリしない身体を引きずるようにして、私は学校に向かった。

あー、朝陽が眩しい。

……んー?なんか、変。

正門が近づくにつれて、やたらと視線を感じる。

……なに?

前を歩く生徒、追い抜いていく生徒の大半が、私をチラチラと見て囁き合う。

本能的に、雪野先輩の顔が脳裏に浮かんだ。もしかして、バレたんじゃ……。嫌な予感を感じて、手足の先が冷たくなっていく。

このまま回れ右をしたい気持ちに囚われながらも、私は仕方なく正門を通過しようとした。

その時、


「夏本さん」


キ、キターッ!!

クラスメイトには瀬里って呼ばれている。こんな風に『夏本さん』なんて呼ばれたことなんか、ない。

ドキッと鼓動が跳ねる中、私は声の主を振り仰いだ。

見るとそこに両手を胸の前で握り締めた愛華先輩が立っていて、心配そうに眉を寄せて私を見つめていた。


「は、い……」

「少し話があるの。ついてきてもらっていい?」


嫌とは言えなかった。私が頷くのを確認すると、愛華先輩は踵を返した。


「じゃあ……付き合って」

「はい……」


校舎に沿って北に歩くと、やがて愛華先輩は非常階段の脇で足を止めた。

その先に駐輪所があるために生徒がひっきりなしに通るけど、大抵自転車に乗っているせいで、話をじっくり聞かれることはない。

愛華先輩は、コンクリートの壁にもたれて私を見た。


「あなたなんでしょ?」


今まさに愛華先輩は、こう尋ねているのだ。


『雪野先輩に抱き締められて、愛してると言われたのはあなただったんでしょう?』って。


意思とは関係なく、鼓動が早くなる。

もう……ダメだ。

先輩の瞳が、真正面から私を捉える。


「答えて」


これ以上はもう、ごまかせない。


「……はい……」


私は観念して頷いた。

みるみるうちに愛華先輩の表情が変わる。

あんなに可憐で可愛いと思っていた彼女が、口を歪めて舌打ちした。


「なんでアンタなの?」


忌々しそうに私を睨み据えるその顔に、可憐さは跡形もなかった。


「この間は二人してよくも騙してくれたわね」


私は渡り廊下での出来事を思い返しながらゴクリと喉を鳴らした。


「あんた、片瀬旬が好きなんじゃないの?アイツとキスしたらしいじゃん。なのに、どうして雪野君ともイイ関係なわけ?」


どうして、旬との事……!

眼を見開く私を見て、愛華先輩が口角を上げた。


「なにその顔。どうしてバレたか知りたいの?」


言うや否や、彼女は笑い出した。

それから私を小バカにしたように眺める。


「リーク元はバスケ部の片瀬旬と紀野彰よ。アンタと雪野君がカレカノかもって。……ねえ……三田里緒菜を知ってる?雪野君にまとわりついてるあのブス」


愛華先輩が更に続けた。


「雪野君のピアスに似たヤツ見付けてきて、嬉しそうに耳につけてる女よ。似合いもしないのに」


あ……。確か旬と登校した日、雪野先輩に三年女子がピアスを見せていた。


『 翔のピアスに似てるの見付けたんだぁ! 』


そう言いながら、雪野先輩の隣で跳ねるように歩いてる三年女子の姿が、私の脳裏に蘇る。

愛華先輩が再びチッと舌打ちをした。


「あのブス、いつも私に張り合うのよ。雪野君を狙ってるのを、あからさまにアピールしてさ。ウザいったらないわ。この情報もアイツが紀野と契約して仕入れたらしいけどね」


会話の内容に息を飲む私を見て、先輩は鼻で笑った。


「……アンタみたいな地味系が好きだったなんて……雪野君って以外だわ」


いや、そうじゃなくて……。

私の心になんて気付かない愛華先輩は、こっちを見つめて言い放った。


「とにかく、別れてもらうから。私を騙した報いを受けてもらうわ。覚悟してよね」


騙した報い……。

私はどうしていいか分からず、身を翻して去っていく愛華先輩の後ろ姿を、ただ見つめるしかなかった。


●●●●


とてもじゃないけど、授業どころじゃなかった。でも皮肉なことに、みんなの視線から逃れられる授業中が、一番安らげることも事実で。

命を狙われそうになっただけでも物凄い体験なのに、雪野先輩と抱き合ってたのが私だと学校中にバレてしまった。

クラスメイトもよそよそしいし、刺すような視線が四六時中私を襲う。中でも志帆ちゃんは、私を睨んだ後ツン!と横を向いたきり、視線すら合わせてくれなかった。

そりゃ、怒るよね。私、知らないって嘘ついちゃったんだもの。


「みんな、ひがみすぎ!!」


唯一、明日香ちゃんだけはいつもと代わりなく私に接してくれる。


「でもさ、正直に言うと……ちょっとショック」


私は申し訳ない気持ちで明日香ちゃんを見上げた。


「……ごめんね、明日香ちゃん」


明日香ちゃんは慌てて、


「やだ、誤解しないでよ?!私は雪野先輩が好きとかそーゆー事じゃないからね」


え?


「違うの?」


私が不思議そうに見上げると、明日香ちゃんは私を睨んだ。


「私がショックだったのは、瀬里に本当の事を話して貰えなかったって事」


明日香ちゃん……。


「……ごめんね……私も本当は話したかったんだけど」


でも……どうしても言えなくて。

落ち込む私を見て、明日香ちゃんは心配そうに眉を寄せた。


「気を付けなよ?愛華先輩よりも里緒菜先輩のがヤバイよ。あの人、色々悪い噂あるし」


……どう気を付けたら助かるのか分からないまま、私は頷くしかなかった。


●●●●


放課後。


『真っ直ぐ帰ってこい』


……雪野先輩からLINEだ。

何故か雪野先輩の事を考えると変な感じがする。

胸が重いような、ゾワゾワしたような感じがして、気分が悪くなる。

まあ、そんな事を言うとぶっ殺されるかも知れないから内緒だけど。

また遅くなるとあの冷たい眼差しで、


『どこほっつき歩いてたんだ』


とか言われるに決まってる。

私は『はい』と短く返事を返すと、部活棟へ向かった。

今思うとこのときの私は、まだ気付いてなかったんだ。動き出した自分の気持ちと、激動する運命に。



●●●●



なに、これ……!

部活棟に着いて自分のロッカーを開けた私は、その惨劇に凍り付いた。

嘘……!

クラッと目眩がして、ヘナヘナとその場にしゃがみ込む。

画が、画が……!

次回の美術教室で提出する予定だった画が、ビリビリに引き裂かれてロッカーの中に散乱していた。

嘘……でしょ……なんで。

なんで!?なんでよっ!?

部活棟のロッカーにしか画の置場所がないから、私はいつもここに置いていた。

確かに鍵はないけど、今までにこんな事なかった。

……はっきりとは分からないけど、私と雪野先輩の関係を許せない人がやったんだ。


私は唇を噛み締めて、引き裂かれた画を胸に抱いた。

するとたちまち描き始めた頃の気持ちや、苦労した箇所、完成した時の嬉しかった気持ちが込み上げてきて、ツンと鼻に痛みが走った。

涙が溢れて、ポトポトと床と散らばった画の上に落ちたけど、私にはそれが止められなかった。

悲しくて悔しくて仕方なかった。


●●●●


「何時だと思ってるんだ」


家にたどり着いた私を見下ろして、雪野先輩は低い声でそう言った。

黙って部屋へ行こうした私の腕を雪野先輩が素早く掴む。


「あれから二時間だぞ。真っ直ぐ帰れと言っただろうが」


その瞬間、ぷちん、と私の中で何かが弾けた。


「うるさいっ!!」


雪野先輩に向かって自分がこんな事言うなんて信じられなかった。

でも、胸がムカムカして言葉が止められない。

私は雪野先輩の手を振り払うと、肩に掛けていたポスターケースの中身をぶちまけて叫んだ。


「誰のせいでこうなったと思ってんの?!アンタのせいで大切な画を破られた!コンクールに出す大切な画だったのに!」


涙が溢れて頬を伝い、声が上ずったけど、私は泣きじゃくりながら雪野先輩を睨み上げた。


「画だけじゃない!アンタのせいで私は学校中の生徒から好奇の眼にさらされてる!中でも愛華先輩や里緒菜先輩に妬まれて、こんな状態で学校なんか行けないよ!!私はただ静かに過ごしたいだけなのにっ」


気付いたら私は雪野先輩に詰め寄り、彼の胸を拳で殴っていた。


「白狼って、アンタの事でしょ?!」


雪野先輩が、優しく私の両手首を掴む。

いつもは鋭い眼を、辛そうに細めて。


「……瀬里」

「翠狼は私が先輩の婚約者だって本気で思ってる。私、殺されそうになったんだよ?!なのにアンタは彼に付いていった私ばかりを責めて……最低だよっ!!アンタなんか大嫌いだよっ!何で私がこんなめに遭わなきゃならないの!?全部アンタのせいじゃん!」


その時、先輩がきつく私を抱き締めた。なにも言わずに。


「離してっ!」

「翠狼に何を言われた?」

「分かんないッ!覚えてない!離してっ!」


本当に、殺されそうになった事しか覚えていなかった。確かに翠狼は私に何か言ったのに、その内容が思い出せない。

思い出そうとしたら頭が痛くなって吐きそうになる。

ダメだ、本当に……。

目眩がして、頭が割れるように痛い。


「瀬里?瀬里!しっかりしろ!」

「もう、ダメ……」


ああ、私はどうなっちゃったんだろう。


「先輩、怖い……助けて……」

「瀬里、瀬里」


先輩が私を抱き締めながら名前を呼んだけど、徐々にその声が聞こえなくなって、私は何も分からなくなった。

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