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腹黒男子降臨

途端に風が、めちゃくちゃに私の髪を乱した。ここには容赦なく照りつける太陽を避ける場所もない。

もう、いいもん。日焼けなんか構うもんか。

私は屋上のコンクリートの上に仰向けに寝転がると、ハンカチを目の上に置いてハーッと息をはいた。屋上って、結構静かなんだな。

考えるのは、旬の事ばかりだ。


冷静に考えたら私、一度も旬に好きって言われていない。

身体を引き寄せられてキスされた時だって、旬は私に『好き』だなんて言わなかった。

……バカだなぁ、私。ハグだってキスだってその先のコトだって、私は好きな人としかしたくないし、みんなも好きな人とだけするものだと思ってた。

だから、てっきり旬もそうだと思ってたんだ。バカだ、本当に私はバカだ。

でも、幼い頃から好きだった旬にハグされてキスされて、私は幸せだった。


『アイツ、昔から俺に惚れてるんだ。確実にヤれる』


再び涙が込み上げそうになって、私は思わず唇を噛んだ。昨日、私は泣くだけ泣いた。だからもう泣かない。

旬はもう、私が大好きだった旬じゃなくなってただけ。だから仕方ない。

呪文みたいに繰返し心で呟いていたその時、


「サボりかよ」


低くて艶やかな声がして、私は慌てて起き上がった。


「ほら。やるよ」

「……雪野先輩……」


雪野先輩は、キンキンに冷えたペットボトルを私に差し出した。


「これで冷やせ。少しは腫れがひく」

「……ありがとう」


雪野先輩は私に背を向けると空を仰いだ。


「……先輩もサボりですか」

「お前といっしょにすんな。自習の小テストが終わった奴から図書室に移動可能」


……ここは屋上だっつーの。

内心突っ込みを入れながら、私は先輩の均整のとれた後ろ姿を見つめた。


「早く冷やせ」

「……はい」


私はペタンと地べたに座って、両目にペットボトルを押し当てた。

……気持ちいい。


「先輩。今日、先輩の用事に付き合えって仰ってましたけど、一体なんの用事ですか?」


私がそう言うと、雪野先輩は数秒の後、静かに口を開いた。


「お前に、頼みたいことがあるんだ」

「私に……ですか?」

「ああ」

「なんですか?」


私はペットボトルを両目に押し当てたまま、雪野先輩に訊ねた。当然、先輩の表情は見えない。


「もうすぐ、俺の誕生日がくる」

「そうなんですか!おめでとうございます」

「誕生日を迎えた次の満月に、俺は婚約しなきゃならない。人狼の王として」


ほう!まだ若いのにもう婚約!?そんなの校内の女子に知れたら、すぐさまSP付けないとヤバイね。狙撃されるかもよ、アーチェリー部か弓道部にな。

それからそんな不幸な女は一体誰なんだ、可哀想に。

先輩は続けた。


「……その婚約者になってもらいたい。お前に」


グハッ!

な……何ですって?!

驚きのあまり手から滑り落ちたペットボトルが、ガコンとコンクリートの地面に転がる。

婚約者に、なる?!

私が?!

なんで!!


「もちろん形だけだ。人狼の王……若くして即位する王は、18歳になると『満月の儀式』を受けなきゃならない」


昨日慰めてもらった手前、そんなの独りで受けろとは言えず、私は眼を見開いて雪野先輩を見つめた。

でも……やっぱ……。


「あの、無理です」


だって、怖いもん。儀式だよ、儀式。

狼はどうだか知らないけど、大体海外ドラマのヴァンパイアとか魔女の儀式って、ナイフで掌を切って血を垂らしたりするじゃない?

嫌だ、痛いのも怖いのも絶対無理。

なのに雪野先輩は断った私を凝視して低い声で言い放った。


「お前に拒否権はない」


はい?

今、あんた言わなかった?!『お前に頼みたいことがある』って。

頼んでるクセに、なんで上からなの!?それって頼んでるに入るの?!

横暴ぶりに驚く私を、雪野先輩は更に脅しつけた。


「お前、身の程をわきまえないと酷い目に遭うぜ」


な、なに?!

眼を見張る私に、先輩はニヤリと笑った。


「俺が『愛してる』のが、お前だと知れたら……お前、生きていけんの」


サアッと一気に血の気が引いた。

それから、あの日非常階段で先輩に抱き締められた記憶が蘇る。



『愛してる……心から。好きだ。一生お前だけを愛してる』



顔面蒼白になっているであろう私に、先輩は続けた。


「俺に弁当作ったのがお前だと知れたら……」


硬直している私が愉快なのか、先輩は益々悪い微笑みを浮かべた。


「挙げ句の果てに同棲中がわかったら……」


ど、ど、ど、同棲っ!

更に追い討ちを掛けて、先輩は私を見つめた。

その綺麗な瞳を見つめているうちに、ふとひとつの思いが胸に生まれた。

もしかして。

……先輩が……何もかも計算ずくだったんだとしたら……。愛華先輩が通り掛かった時、私を抱き締めたのは私を庇ったんじゃなく、脅して自分の思い通りにする為だったんだとしたら。

最初から、校内の女子達に今カノの存在を匂わせ、私を怯えさせて言うことを聞かせる計画だったとしたら……。


学校中の女子にバレたら、どんなに私が『違います、全て雪野先輩の策略です!』なんて弁明したって信じてくれる人なんて絶対いない。そんなのごめんだ。

私は波風たてずに地味に暮らしたいんだもの。

私は雪野先輩を張り付いたように見つめながら思った。昨日の優しかった先輩は一体なんだったの?今日はとんでもない腹黒男子だけれども!

もしかして、他人を踏み台にしてまで自分はのし上がるタイプとか……。私に心配なんかされなくないだろうけど、先輩の将来が思いやられるというか……。


「オラオラ、どーすんだよ」

「や、やります……」


先輩が勝ち誇ったかのようにニヤッと笑った。


「決まりな」


目眩がした。

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