第5話 君の全てを知っている
高級娼館には店主に呼ばれて行ったのだとカオルにそう説明した。多分誤魔化しきれてないと思うけど、それを追及せず笑って受け入れてくれるカオルの寛容さが、ありがたいのと同時に底の見えぬ恐ろしさを感じさせる。
そして元漫研仲間の鬼畜エロゲーマイスター・イズミと会わせ一悶着あるかと思えば何事もなく、二人は手を取り合い和気あいあいと再会を喜び合ったのだ。
そう、冒険者ギルドで食事の注文をするまでは……。
宿を出てギルドの食堂。俺達は張り出される依頼の確認を兼ねて朝食はギルドで取ることにしている。大抵の冒険者の朝の習慣ってやつだ。
「いっらしゃいませ～ご注文は何になさいますかぁ？」
職員で食堂の看板娘であるリコットが俺達の居るテーブルに注文を取りに来てくれた。このおませな十三才の小娘が今回の騒動の発端だった。
「うふふー、ヒイロさんとカオルさん、相変わらずお似合いの夫婦ですねぇ～いつ結婚されるんですかぁ？」
「も、もう、いやね、リコットちゃんったら！？」
普通に考え釣り合うはずもないキモメンと極上の美人。しかしカオルは口元に左手をあてて本当に幸せそうに笑うのだ。俺はこのやり取りに関してはノーコメント……そうせざる得ないのだが察してくれるだろうか？
カオルの左手で輝く指輪が重い……。
とまあ、これで朝ランチを注文して食事が来るまで会話しながら待つのが普段なのだが今朝は少々違った。リコットがイズミの存在に気づいたからだ。
「む……むむむ？ ヒイロさん！ こ、こちらのエルフのスンゴイ美人さんはどなたですか……ハッ！？ もしかしてヒイロさんの新しい奥さんですか！？」
小娘がギルド内に響き渡る大声でとんでもない発言をしてくれた……その直ぐ後にナンチャッテとか愛らしく舌をペロリと出していたが誰も聞いていない。
騒がしくなるギルド、大勢の好奇の視線が俺達に集まる。
しかし、まだこの段階では騒ぎというほどでは無かった気がする。そう、やつが頬を染め無意味に腰をくねくねして余計なことをほざいたりしなければ。
「あら、わたくし達の魂と下半身で深くつながったパッションは、語らずとも見えてしまうものですか？ 困りましたね……あ・な・た・？」
愉快な鬼畜エロゲーのイズミが、頭が非常に愉快なことを仰って、俺の肩にしな垂れかかるように抱きついてきたのだ。
たまにカオルが見せる、うっとりとした乙女の顔をしていた……。
おかしいよね、俺いつの間にＴＳ清純系ビッチの好感度稼いでいたんだ？
そして腕にたわわなエルフおっぱいを押し付けられて俺は知った。乳肉の硬度って女の人によって結構違うんだね……と。
隣に座るダークエルフの美女を見ることは……もちろん出来なかった。
二人の美しい白黒エルフによる、前世まで持ち出した罵りあいの末に始まったのが……俺の正妻の座を賭けた高級娼婦の技巧勝負であった。
俺は周りの男達から殺意に等しい憎悪の視線を頂戴することになる。
勝負方法が決まる前、二人はどちらの体の方が相性がいいかを比べて判定してもらおうと、その場で俺のズボンを強引に剥ぎ取ろうとした。
俺は断固として拒否した……。
やめろ、俺に公衆の面前でそんなプレイを楽しむ性癖はない。まじで、やめろって、い、いやぁーお母さぁん！！ 泣きながら必死に抵抗した。
二人のＴＳ娘が目と口を三日月形状に変化させ、舌なめずりしていたのが心底恐ろしかった。
じゃ、じゃあ、俺の体でよければ勝負に使ってくれよ！？ と鼻の穴を広げて冒険心満載で言いだす勇者も複数いたが、二人に股関節を外されて治療院送りとなった。
その後、何人ものギルド関係者巻き込んで協議した結果、シャドウボクシングならぬ、シャドウ槍磨き（隠語）勝負をすることになる。俺を中心として挟んだテーブルに二人の美女が向かい合い、神聖な夜の技能勝負が始まったのだ……なんだよこれ？
――――
そして、それから十分は経過している、二人の右腕の上下反復運動は依然止まらず、むしろトップギアさえ上げているように見える。
これでも俺は世界を救った男、武術や戦闘術にもそれなりの慧眼をもっているつもりだ。夜の技能は専門外だが、それでも彼女達の勝負はかなりの高いレベルで行われていることが分かる。お互い右手を動かしたままポーカーフェイスで微笑んでいるが、たまに目線や口元や長耳がやり取りをするかのように微妙に動き、それを受けて腕や指の位置がさり気無く変化していくのだ。
言葉に出来ない深い心理戦というか、多分カ〇ジとかのギャンブル漫画的な頭の中での読みあいとか駆け引きとか、そんな感じのことが行われているんだと思う。
すまん嘘吐いた、正直俺にはどういう勝負なのかよく分からん。
ただもういい加減にしろよ……お前らの腕の動きは酷く生々しくてエグイんだよ！
見ろよ、いかにも田舎から出てきて冒険者になったばかりの純粋で素朴そうな少年達が顔を赤くして前屈みになってるじゃねーか。若い女の子達も赤面してるよ！
俺も危なかったよ！ お前らのＴＳ前の姿を知らなかったらヤラレてたよ！？
というか俺の後ろで無邪気に応援しているリコット嬢は絶対意味分かってないよね、ちくしょう！！
そんな大多数が理解できない勝負、決着は突然だった。
余裕の顔だったイズミが不意に何かに気づき、カオルの右手を見て、それから何故か俺のほうを見てから驚愕の表情を浮かべる。
そして悔しそうに目をつぶると卑猥な右手の運動を停止させたのだ。
「…………わたくしの負けです」
あっさりとしたイズミの敗北宣言だった。
カオルも当たり前のようにそれを受け入れて返答する。
「私の方が情報が多かったね……アンフェアだったかな？」
「そんなことはありません、勝負に対しての認識の甘さ、それが明暗を分けたのですから」
先程までの激しい戦い（？）を繰り広げていた割には静かなやり取りである。
お互い見つめ合い、長耳をピコピコと動かし、やがて二人はうなずき微笑み合う。
その表情には全力を尽くした者だけに分かるシンパシーがあった。
ただ、スポコンものみたいに〆るのはいいんだけど、お前達以外はなんで勝負が付いたのかさっぱり理解できてないぞ？
「あ、あのぅ……どうして勝敗がついたのですかぁ？」
二人の雰囲気は爽やかすぎて、物怖じしない小娘リコットですら遠慮ぎみである。
やっていたことは手〇キだというのに……。
リコットの質問に、イズミは右手で架空のナニかをつかんで見せた。
「わたくしが想定したのは、この……今まで致した方々の平均からの割り出した大きさです」
そう言って右手をシュッシュッ……どうして無駄にエロくするかな、このエロフ。
「しかし、カオルさんが想定したのは……」
カオルはにぎった右手をイズミの隣に差し出してきた。
そのにぎりはイズミのにぎりにくらべると明らかに一回り小さい。
そしてイズミは俺の股間を透視でもするかのようにジッと見詰めてくる……もの凄い嫌な予感がするんですけど。
「そう、この勝負の本題を考えれば分かり切ったことです。万人を想定したわたくしと、あくまで個人を想定したカオルさん……勝敗は明白でした」
「………………」
イズミの説明に、理解ができた者から俺に対しての同情の視線が向けられていく。
何人かの男達に優しく肩を叩かれる、お前は生きろと無言で叩かれる。
や、止めてくれよお前ら……まだ憎悪の視線と言葉を投げられた方がましだよ。
そんな中、カオルが俺の方に歩み寄ってきた。
彼女は俺の全てを受け止められると言わんばかりに大きく手を広げる。
母性の溢れる豊かな胸……そして慈母の微笑みを見せながら俺にささやくのだ。
「私は君の全てを知っているのよ？」
俺は顔面をテーブルに叩きつけて泣いた。
