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デスメタルの沼に沈めたい!  作者: 猪目狸目
3/5

コルナの目的

「つーぐーみちゃん!」

次の日の通学中、電車の轟音が響く中、あいも変わらず次海つぐみのイヤホンからは音が漏れていた。

よくよく考えると普段私は電車の中でイヤホンを付けているが、昨日は学校に忘れていったため付けることが出来ず次海の音漏れに気づくことが出来たのだった。


宮古みやこさん」


ドアのすぐそば、角の席に座る彼女は私を見上げた。綺麗なストレートの長い黒髪、朝だからか昨日よりも沈んでる重い瞼は破滅的ドゥームな雰囲気を醸し出していた。


「隣には……座れないか」


通勤通学ラッシュの車内では正直動くのもままならない。しかし私は彼女をデスメタルの沼に沈めるという使命のもと二つ隣の車両から捻り出てここまでたどり着いた。

じーっと浴びせられる他の乗客からの視線。密閉スペースの中、無理に入ってきた女子高生と、音漏れがうるさい女子高生のダブルコンボ。私は申し訳ないと心の中で思いながらもミッションを続けることにした。


「次海ちゃんってどうしてそんなに音量上げて音楽聴いてるの?うるさくない?」

「あ、うるさかったらごめん」


次海はそそくさとプレーヤーを止めイヤホンを仕舞う。それによっていくらかの痛い視線は止んだ。そもそも他の乗客から騒音で注意されそうなものだが、このご時世どんな発言がセクハラ認定されるかわからないし色々守られている未成年女子高生、彼らは注意しようにも出来ないようだ。


「いや、私はいいん……いややっぱ止めていいと思う。うん」

乗客の視線が再び私を刺し殺す気配がしたため私は発言を撤回した。

電車の轟音が静かに鳴る中、彼女は口を開いた。


「音楽って、良いと思う」

座ったまま目を閉じて膝の上の鞄に手を組み乗せながら続けた。


「私は小さい頃、何故か耳かきとかすごく好きだった。その時は何も気にしてなかったんだけど、中学生になって誕生日プレゼントに音楽プレーヤーとカナル型のイヤホンを貰って……」


私はつり革を掴みながら彼女の語りに静かに耳を傾けていた。


目の前に座っている彼女は下を向いていて、長い髪で顔が見えないが首は少し紅潮しており、組んだ手は人が密集した車内の暑さからではない汗ばみ方をしていた。


「ある時間違えて音量最大で再生してしまったんだけど、それがとても……」

「とても?」


彼女はこちらに顔を向け近づけた。そして目を逸らしながらも右手を頰に当てて私に囁いた。


「気持ち良かった」


その表情は紅く、目は昨日今日見たドゥームな気だるさは全くなく車外からの朝の光を反射し輝いていた。鞄の上の左手は下腹部を抑えているのか、力が入り震えていた。

私は最初から考慮するべきだった。こんな異常行動おともれしてる人がまともではないことを。

しかし今の私の目的は仲間を増やすことであるためそんな()()なことは気にならず、実際音楽はそういう興奮を催すほどではないが気持ち良いというのはわかるので学校に着くまで大いに語り合った。




×××



「それってつまり外でも常に股にバイふごっ……ごほっえほっ」

昼休み私たち三人は教室の隅に机を固めて昼食をとりながら歓談していた。今朝の話をしたところしるしが急に下品な話をしだしたため私は腹パンを繰り出した。


「また二倍……?」

何も察していない有津実あつみ


「いやだってそうでしょ!外見上ただめちゃくちゃ音漏れしてるだけだけど、常に外でもアレしてるってやばい人だよ〜!そのうち気持ち良いからって全裸で深夜徘徊しだすよ!いやもうしてるよ〜」

「はへほはははへへふほふう」

私の頬をサンドしながら振り回す識。


「保護者として!コルナちゃんを変態の魔の手から守らないと!」

「守りましょう!」

「いつからあんたらは私の保護者になったんだ……」


立ち上がりえいえいおーっとしている識と有津実を他所に私は昼食のサンドウィッチを食べ続けた。


「でもなんでコルナさんは次海さんに変態されてるんですか?」


微妙に理解しきれていない有津実は微妙にずれている質問をした。


「あー!そうそう結局かつ丼に夢中で忘れてたけどなんで私達を捨てたの!?」

「捨てられたんですか、私達!?」

「あーもうめんどくさいなー!昨日……」


私は事の経緯について話した。私の好きなデスメタルを聴いていた女子高生を電車で見たこと。その女子高生が同じ学校の次海であった事。


「「なるほどなー」」

「そういうことなの」

「でもさーわざわざ布教するにしてもあの変態に布教することはないと思うよ〜」

「そうですね」

「もっと身近な心許していられる人とかに頼んだほうがいいと思うな〜」

識はチラッチラッと悪どいいやらしい目で私を見返す。


「だってあんたたち聴いてすらくれないじゃん……」


私は下唇を噛み締め恨めしそうに上目遣いで二人に言った。

しかし識と有津実は互いに顔を合わせて


「「だってうるさいしキモい」」

「ほらー゛」


私は頭を抱えて机に伏した。


「コルナちゃんごめんね。でもまずボーカルが無理、ウボァーゲローグリュリュリュリュってなんなの?無理」


無意識に徹底的に始末する。識は真顔で腕を組み私に言いつけた。

当然の意見である。人は音楽に対して、歌詞がいい、歌声が綺麗、ギターがかっこいいなど基本的に快適さを求めている。売れているポップスなどは基本的にこの要件に当てはまるのではないだろうか。

さもすれば歌詞がグロい、歌声が汚い、ギターが凄すぎてキモいというデスメタルは最悪な条件であるといえる。


「あとジャケットがあまりよろしくないと思います、死体とかなんかそういうのはちょっと……お店で買えません」


有津実は何故かもじもじした様子で言った。

デスメタルのジャケット画と言えば一に惨殺死体、二に巨大クリーチャー、三に戦争、四にアポカリプス、五に地獄とろくなジャケットが無い。下三つならまだマシなものだろうが、これらは別のジャンルの可能性(戦争→ハードコア、アポカリプス→ブルデス、地獄→ブラックメタル)があるため、基本のデスメタルはおおよそ惨殺死体である。

Cannibal CorpseのVileのジャケットは暗い洞窟内に存在する下半身が存在せず、腕は有刺鉄線で巻かれ肘下が切り刻まれ、上半身はY字に大きく切られ荒く縫われ、中身を全てウジに食われた緑色に変色した死体のイラストである。


「そこがいいじゃん……」

伏せながら恨めしそうに聞こえないほどの声で呟いた。

「とにかく!あんたら聴いてくれないし聞いてくれるだけ好きになる可能性があるわけよ!」

「でもなんでそんなデスメタル好きになってもらいたいんですか?」

有津実は訝しんだ。


「それは……」


私は静かに座り下を向いた。


「「それは?」」


私を見下ろす識と有津実はゴクリと息を飲んだ。

そして私は二人の方を向き


「今度来日するあのバンドのライブに行きたいから!」

教室が一瞬だけ静寂に包まれる。他のクラスメイトも一瞬私に注目したが、すぐに自分達の昼休みに帰っていった。ぽかーんとする有津実と識。一瞬の間を置いて識が口を開けた。


「一人で行けばいいじゃん!」


かつ丼ソロ充の無情な声は教室に響いた。

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