彼女には才能がある
「デスメタルって何?」
へ?
私は耳を疑った。デスメタルって何。イヤホンから聞こえるガテラルボイスの極端な低い下水道から発せられるような篭った声とは対象的に、そう言った彼女の声ははっきりと聴こえた。
デスメタルとは音楽のジャンルの一つであるメタルの派生系の一つである。ダウンチューニングを施したギター、グロウルを使うボーカル、ブラストビートを行う高速のドラム。重く激しく速い地獄へのジェットコースターのような音楽だ。
その歴史はそこまで古くない。1980年代中頃スラッシュメタルバンドのPossessedがリリースした1stアルバムSeven Churchesの中の一曲にDeath Metalという曲があり、そこでデスメタルという言葉が初めて使われた。1980年代後半になるとアメリカのフロリダにDeathやMorbid AngelやObituary、ニューヨークにはCannibal CorpseやSuffocation、ImmolationそしてスウェーデンにEntombed、Carnage、Graveといったバンドが生まれ次第にアンダーグラウンドだったデスメタルは世界中に広まった。
といった歴史はあるがメタル自体がそもそも一般大衆向けの音楽とは言い難く、ましてやそれをさらにマニアックな方向へエクストリームさせたデスメタルなど普通の人が聞いても「うるさいうるさいうるさい」とラノベ系ヒロインのような感想しか出ないほど聴くに耐えないため、音楽プレーヤーに入れることすらないはずである。つまり《《新譜を入手してまで》》好んで聴く人がデスメタルという言葉を知らないというのはありえないのだ。
「いや、だからその曲Suffocationってバンドのじゃん??」
デスメタルを知らない人がプレーヤーに入れてまで大音量でデスメタルを聴く。その私のマイノリティな常識でもありえない事態に困惑し思わず声がピッグスクイールしそうになった。
「ふーん、あっほんとだアーティスト名合ってる合ってる」
「……そのSuffocationはデスメタルってジャンルの曲を出してるバンドなんだ。さっきのCannibal Corpseもそう」
「へー。ごめん私音楽の違いわかんくて。例えばこれもその……デスメタル?」
次海はスマートフォンを弄り曲を新たに再生した。
「こ、これは……」
唸るヴォーカルのような16分ベースと2ビートのドラムス、その隙間を埋めるようにコードが裏打ちでリズムよく交差していく。デスメタルをドロドロの死体が溺れる血沼とするならこれはリア充がパーリーするナイトプールのような煌びやかな世界。
「ダブステップだね。私も良くは知らないけど」
「そう、なんかビヨーンってグニャーンってしてるところがそうかなって思ったんだけど」
私は無表情から発せられるビヨーングニャーンといったおかしな擬音は一切気にならないほどに、この人は大音量で音楽を聴きすぎて鼓膜が破れてるのではないかと頭を抱えた。
たまにスラッシュメタルとデスメタルとブラックメタルなど分からないという話は聞く。しかしデスメタルとダブステップ、ギター音楽と電子音楽の違いが聞き取れないというのは鼓膜が無い以外考えられない——
キーンコーンカーンコーン
「あっ予鈴、じゃあ宮古さんまた」
「あ、うん。じゃあね」
鼓膜はあるらしい。
×××
「ほーあにふんお!」
放課後、夕陽が落ちかけてる中、帰ろうかと机で鞄の準備をしていると背後から識がのしかかって私の頬を手で挟んでこねくり回していた。
「コルナちゃん私達をおいてあの女と最後の時間を過ごすなんてどういうこと!?所詮私はポイ捨てされる消耗品に過ぎないの!?」
「私の占いによりますと破局するのでやめた方がいいですよ」
「あ゛んなうるさい女はやめた方がいいよ〜」
「ひははほはえはほほふはふるはい」
私は識の手を引き離し後ろを向いた。
「というかあんな子いたっけ?私今日初めて知ったんだけど」
もうこの高校に入学して半年以上経つ。あれだけ爆裂的な音漏れさせてる人を知らないはずはない。
「だってコルナちゃんいつも昼休みは私達と話すときもイヤホンしてるじゃん。昼休みによく次海さん……だっけ?何処のクラスの子か知らないけど、よく音漏れさせて廊下を歩いてたりするよ。でもそれじゃあ流石に聴こえないよ〜」
「コルナさんたまに適当な生返事してますし、あんまり私達の声も聴こえてないですよね〜」
2人のじっとりとした視線が私を襲う。これは明らかに私が悪い。
「ごめんごめん次から外すよ」
「もう、最初から外して入れば私達の友愛が今頃有頂天の不可説不可説転だったはずなのに。罰として今からかつ丼一緒に食べに行くよ!」
「えー……わかったよ」
「有津実ちゃんもオセロのようにそのまま食べない派から寝返って私達と一緒に行くこと!けってーい!」
「えっ、なんでですかー!?」
ダイエット中なのにーという有津実の声を聞きながらも私は昼休みのことが頭にちらついていた。
一般の人では聴くに耐えない音楽であるデスメタル。それをプレーヤーに入れてまで《《聴いていた》》。つまりまず第一段階の聴くということが彼女は出来るのだ。そこから良さを見出しもらい、果ては私とデスメタルの沼へと沈んでく---
「ふふふふふ」
「コルナちゃんがなんか性犯罪者予備軍のような笑い方してるよ〜」
「しっ!見ちゃいけません!」