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反乱軍よオタクに続け!  作者: 沖村 悠太郎
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1話 『「魔法の国」と「オタクの街」』

 

「魔法の国・アッハシュタに、夢と希望のテーマパークがついに進出!」

 

 大学で行われる講義の退屈さといったらない。

 講師の口から(つむ)がれる抑揚のない単語の羅列は、午後の光が差し込む講義室にぽつりぽつりとしている学生たちの眠気を誘っていた。

 

 あまりの退屈さに、講師の目を盗んでスマホを起動させる。

 WEB上の検索サイトにアクセスすると、そんな夢があるんだかないんだかわからないニュースのトピックスが目に飛び込んできた。

 魔法、夢、希望。メルヘンチックでロマン溢れる言葉の安売りは、アニメや漫画の世界だけで十分である。

 今日一番のニュースに胸を躍らせるコメント欄を呆れながら一瞥すると、スマホを置いて、意識を講師が意味もなく歩き回る講義室前方へと向けた。




 魔法の国・アッハシュタ。

 新国家誕生に世間が湧いたのを陽太(ひなた)は昨日のように覚えている。忘れもしない、中学二年の夏。

 なんとなく入った剣道部。そこで出会った仲間の勧めで読み始めたライトノベルのコミカライズ作品。そこから彼のオタク人生は幕を開けた。

 元々興味のあるものに対してのめり込む性格だったのが幸か不幸か、陽太は漫画だけでは飽き足らず、深夜アニメから声優がパーソナリティを務めるラジオ番組に手を付けるなど、順調にオタク道を躍進していった。

 そしてそれと同時に、14歳前後で発症しやすいと言われる病・中二病との長い付き合いがスタートしたのである。


 朝は好きでもないブラックコーヒーを片手にわざわざ取り寄せた英字新聞を(たしな)み、通学のお供はよく知らない洋楽バンド。学校では窓に腰かけて物憂げに空を仰ぎ見ながらため息をつく。

 そんな感じで学校生活を謳歌していた彼が、「魔法の国」などという陳腐だが妄想を掻き立てられる言葉に目を輝かせたのは、火を見るよりも明らかである。


 魔法の国。

 とってつけたようなありふれた表現ではあるが、新国家・アッハシュタをシンプルかつ正確に表現するにはこれしかないだろう。

 五年前、大西洋に突如として現れた島国。

 今まで島なんてなかった場所に、さも昔からそこにありましたと言わんばかりの堂々たる(たたず)まいで現れたそれは、世界中のメディアの、国民の話題をかっさらっていった。

 そのうえあらゆる国々が調査のために未開の地へと調査団を送ると、そこは所謂(いわゆる)「魔力」を司る人間達が生活を営む巨大国家であったものだから、世間のボルテージは最高潮に達した。


 


 空想上にしか存在していなかった魔法の国が、自分が暮らすこの世界の、海を越えた先に確かに存在している。

 毎日のように報道されるアッハシュタに関する新情報と、テレビを通して見る映画のような世界に、陽太は目を輝かせた。

 

(いつか自分も、この世界に行ってみたい・・・・・・!!!)




 そんな世界的大事件から5年が経った今、大学一年生になった成川(なるかわ)陽太は、あの頃持っていたアッハシュタへの希望やら憧憬(しょうけい)といった心を完全に失っていた。


 確かにこの現実世界に、魔法なんてものが存在するだけでも夢みたいな話である。

 

 しかし夢は夢であるからこそ面白い。目の前に現れてしまったら、その時点で夢は現実へとなり下がってしまうのだ。

 

 そのうえこのアッハシュタという魔法国家、片道約15時間と距離はあるが飛行機の直行便で行けてしまうというお手軽さ。

 日本とアッハシュタ間で安全保障条約が結ばれ、国民の安全が約束されると、それに際して建設された国際空港を介して多くの観光客が押し寄せた。

 なぜか世界共通語である英語を使用していたアッハシュタ人はすぐに他国の人間を受け入れ、他国もまた、アッハシュタ人の来訪を歓迎した。


 こうして、今までフィクションの世界にのみ存在した「魔法」は、驚くほど速く、我々の世界に浸透していった。


 どれだけ驚くべき事象が目の前で起こっても、

「あ、なんだアッハシュタの出身なんですね。てっきりドッキリか何かだと思いましたよびっくりしたな~!」

 この一言ですべて片付いてしまう。なんとつまらない世界だろうか。




 構内に響くチャイムを合図に、先ほどまで真面目ぶってノートを取っていた学生たちはそそくさと立ち上がった。

 陽太もそれに続いて荷物を乱雑にリュックの中に仕舞い込むと、教室を後にした。


「なぁ!もう夏休みの計画たてた?」

「今年は彼とアッハシュタ行こうと思ってたのに~」

「魔法の国自体が巨大テーマパークみたいなもんなのに、そこに夢の国作ってもなんか霞みそうだよな~」

 構内を少し歩けば、ネットでも持ちきりとなっているアッハシュタの新観光地建設と、間近に迫った夏季休暇の話題が次から次へと耳に飛び込んできた。



 

「お前のアッハシュタ嫌いは筋金入りだよなぁ」

 後ろから唐突にタックルを決めてきたのは、同じ外国語学部に通う友人・矢崎柊斗(やざきしゅうと)だった。

「別に嫌ってるわけじゃねーよ。そのお手軽さと我が国の商魂逞しさを憂いているだけだ」

 日頃からスキンシップの多さが目立つこの友人を慣れた手つきでかわしながら答える。


 その通り、陽太は決してアッハシュタを嫌っているわけではないのだ。


むしろ好きだからこそ、中二病心を擽るアッハシュタの世界・ロマン溢れる魔法の数々を愛しているからこそ、成川陽太の心は憂いの影を色濃くしていくのである。


「夢ってのはさ、手の届かないところにあるからこそ燃えるんだよなぁ」

「何を少年漫画の主人公みたいなこと言ってるんだか」

「男はいつまでも少年で、我が人生における主人公なんだよ!」

「どこかで聞いたことあるセリフだなぁ」

 

 小学校からの腐れ縁である矢崎柊斗は、呆れたように笑いながらも、そんな陽太の戯言に耳を傾けてくれていた。

 所謂”リア充”と呼ばれる種族に分類されるであろう、隣を歩く長身イケメン男は、スマホのスケジュール管理アプリを開きながら陽太の顔を伺う。


「ところでひなは、夏季休暇はどう過ごすんだ?他の奴らみたいにアッハシュタ旅行を計画したりしないの?」

「お前、分かってて言ってるだろ・・・」


 全てを見透かしたかのような笑みを浮かべる柊斗を、恨めしそうに見上げる。 


「旅行なんてしてる余裕あるか!毎日バイト三昧の予定だよ。そもそも、夢も希望もない現実世界の”魔法の国”に金かけるくらいなら、二次元に貢いだほうが有意義だね」


 リュックからICカードケースを取り出しながらぶっきらぼうに答える。


「あれ、今日はチャリじゃないんだ?」

「新刊の発売日。アキバまで行って特典回収するのにはしごしないと」

「あぁそういう。じゃあ今日は俺が何に誘っても意味ないだろうな」

「わりぃ、また今度埋め合わせする!じゃあな!」


 駅の改札が見えると、陽太は柊斗に軽く手を振り走り出した。

 今日は陽太が高校時代から応援し続けているライトノベルの新刊発売日。 


「もっと早くに終わらせとけば綺麗にまとまった」

「惰性で読んでるけどそろそろ限界」


 最近の怒涛の伏線回収からの謎展開、新たなる敵と、広げた風呂敷をなかなか畳もうとしない作者および編集に対する不満もレビューで目立つようになってきたが、そんなことは関係ない。

 一度愛した作品に最後まで責任を負うのは、陽太のオタクとしての美徳である。


 購買意欲を掻き立てるための店舗別特典。

 中には声優出演イベントの優先申込み券が封入されていたりと、本体と特典と、どちらが購買目的なのかわからないようなものもあるが、貰えるものは貰っておきたい。


 JR山手線・秋葉原駅を下車して電気街口を出ればそこは、アニメショップがひしめくオタクの街・アキバである。


 目的の特典を目指し、朝から練りに練った、それぞれの店舗を無駄なく効率的に回れるルートを再確認する。


 少し歩けば、肩で風を切って歩く同胞たちとすれ違う。

 ふと顔を上げれば、現在放送中の新作アニメのラッピングや巨大ポスターが飛び込んでくる。


 まさにオタクのための空間。なんと居心地の良いことか。


 平日の夕方といえど、流石は日本有数の観光地。

 休日と比べればまばらではあるが、それでも学校終わりの学生や外国人観光客らしき人々の往来が激しい。


 魔法を使わなければ見た目は普通の人間と変わりのないアッハシュタの民も、中にはいるのかもしれない。


 今期の覇権とも言われている、ライトノベル原作の魔法学園ハーレムアニメの宣伝ポスターを見上げながら陽太は独りごちた。


「”本物”の魔法の国の方々は、こういうの見てどう思うのかね・・・」


 日本人の想像力の豊かさに感心しているのか、はたまたなんでもエロに繋げようとするその変態性に呆れているのか。


「いやいや、確かに魔法とエロの相性が良いのは事実だけど、エロばっかってわけじゃねーしな・・・!」


 そんなことを考えながらよそ見をしていたのが良くなかった。

 反対側から歩いてきた人もよそ見をしていたのか、ダイレクトに肩と肩がぶつかる。


「あ!す、すいませ・・・っ」


 わずかに揺らいだ態勢を整えつつ振り返った瞬間、思いもよらぬ速さでぶつかったその人に左手首を鷲掴みにされた。


「もう君でいいかな」


 急に腕を掴まれ、思考が追い付かないままに〈なに!?殴られるの!?〉と身構えた陽太だったが、聞こえてきた声は思いの外可愛らしい声で更に仰天した。


 よくよく見ればその手の主は、肩まで伸びた柔らかそうなブロンドの髪が印象的な美しい少女だった。


 観光客だろうか。それにしては日本語が流暢だ。君でいいってなんだ。なんで俺の腕を掴んでる。

 目が合ってからどれくらい経っただろうか。

 いまだ状況が呑み込めず固まっている陽太に追い打ちをかけるように、ブロンド美少女は口を開いた。


「悪いんだけど、このお金でエロ漫画買ってきてくれない?ジャンルは君の性癖に任せるよ」


 そう言って陽太の手に数枚の千円札をねじ込んでくる。


 ・・・今、何と言った?

 エロ漫画?性癖?自分は肩でなく頭を強打したのだろうか。


 返す言葉が見つからず、口を半開きにしながら美少女を見つめる。

 美少女は至極真面目な表情で陽太を見つめ返しながら返事を待っている様子だった。


 やはり先ほど聞こえたのは聞き間違いではないようだ。

 間違いなく彼女の口から。なんだか良い匂いがしそうなその桃色の唇から、「エロ漫画」「性癖」という単語が飛び出した。


 新手の勧誘か、それともドッキリか。

 全身から変な汗を流しながら、それでも陽太は慎重に言葉を選択しながら答えた。


「俺の性癖、結構どぎついけど大丈夫?」


 どうやら陽太の選択は間違ったらしい。

 

 それは彼女の顔から表情というものが喪失していくのを見れば一目瞭然であった。

 勧誘ならばうまくかわせ、ドッキリであればジョークに富んだ機転の利いた返しだと思ったのだがそんなことはなかったらしい。


 美少女だけでなく、通りすがりの通行人にまで信じられないものでも見るような視線を送られ、再度全身から変な汗が放出する。


「うん・・・・。まぁ・・・良いよ。その方が都合はいいし。でも見かけによらず変態なんだね」


 美少女は陽太の全身を嘗め回すように見ながら変に納得したような声を上げる。


「待って待って。ごめんなさい冗談です。今のはジョークなんです納得しないでください!」

「ジョーク?じゃあエロ漫画とか読んだりしない?」

「いや・・・それはまぁ・・・人並みにはたしなみますが・・・」

「じゃあやっぱり変態じゃん」

「そうではなくて!」


 必死に弁解しようと声を荒げるが、ここは往来激しいアキバのメインストリート。

 ブロンド美少女と、どこもかしこも一般的な男子学生が歩道の真ん中で言い争っていれば嫌でも目立ってしまう。


 通行人の視線に気付いた陽太は、美少女の腕を引いて目の前にあった大手アニメショップ・アニメイトの中に咄嗟に入っていった。


 美少女は店内に所狭しと並んだ書籍の新刊やアニメ関連雑誌を興味津々といった眼差しで見つめている。


「・・・それで?エロ漫画がなんですか?」


 今度は周りの人間に迷惑を掛けないように、声のボリュームに気を付けながら尋ねる。

 彼女を見据えるその目は、疑いと警戒の色を濃くしていた。


「日本ってホントすごいね。ここまでオタク文化が根付いてる国も珍しい」


 そんなことは意にも介さず、飄々とした態度で美少女はまたも陽太を仰天させる言葉を放った。


「私にね、エッチなことを教えてほしいんだ。とびきりどぎついのでも構わないよ?」

「・・・。それ、俺じゃなきゃ駄目ですか?」


 エッチなことに興味のある美少女との運命的な出会い。一体どこのラノベだろうか。

 だが陽太は、すでに疲れ切った顔で、それでも声を大にして叫びたかった。


 夢も妄想も美少女も、手の届かないところにあるからこそ萌えるのだと。






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