マナミのスリープ準備
「パレンバン」は地球軌道を離脱し太陽恒星系の公転面から見て北極星方向へと向かっていた。その時、核融合パルス駆動通常エンジンで太陽系脱出速度を出していた。そのスピードは秒速50㎞以上を出していたが、もちろんこんな速度で近くの恒星系に行くのすら数万年かかってしまう。そのため必要なのはワープ航法だ。
このワープ航法最大の欠陥が地球人類の身体能力では活動限界があるほか、大質量天体の傍ではワープできない事だ。それはワープ空間の歪が生じるからだ。その一方でワープアウトするときは大質量から離れたところに自然となるので問題は少なかった。それでもアプローチを間違えると、目的の惑星に行くために二週間も通常エンジンで航行したなんて笑えない失敗があったという。
今回の実習ではワープ空間適応改造を受けていない実習生や便乗客はスリープ状態にする措置が行われていた。実はこの措置も訓練の一部だった。これはマニュアルでスリープ措置を行う必要がある場合を想定したものだ。
ミチヨが担当したのはマナミだった。マナミは制服からビキニ水着のような恰好になっていた。
「いやだなあ、ミチヨに見られるのはルームメイトだから慣れっこだけど、そこの教官は、ちょっと」
ミチヨの横にいたのは航法将校のチェ・ミンシクで彼女もメタリックボディだった。
「しかたないでしょ、なんでお姉さんと同じ実習過程を専攻しなかったの? いいわよ、ワープ空間にいる時に自由に動けるって事は」
「そおだけどお、そんな機械と一体化するのは私嫌なのよ!」
「まあ、個人の自由だからねそれは。あなた方のプロフィール・ファイルは拝見したわよ。あなた方姉妹って結構裕福な家庭出身なのよね? それなら別の選択肢だってあったはずよね?」
「そうよ! でも父は一度は体験するのも悪くないというのよ、宇宙に関わる仕事に就くのは。だから入学したのよ」
ミチヨとマナミの両親はいくつもの恒星系の企業体を所有するシンジケートのオーナーで、姉妹も希望すれば経営陣に入るのも可能だ。しかし、そんな定められた軌道を歩みぐらいなら、宇宙の無限の軌道を行く道を選んだ二人だった。もっとも、そんな素性は明かせないので学校では日本の片田舎の商店主の娘なんて紹介していたが。
「とりあえず措置するわねマナミさん。ここに入ってちょうだい!」
チェに促されて入ったのはスリープカプセルだった。普通は軽いモードでいいのでそのままの服で入ってもいいが、実習過程の都合で長期漂流に備えたスリープモードにされることになっていた。具体的に言えば宇宙船事故によって総員退避する事態を想定したモノで、救助船が到着するまで長期間かかる間も生存できるためであった。
「ここって、狭いよね。まるで卵みたいだし窮屈だし!」
「マナミ! だから言ったでしょ、メタリックドールになればモルモットにならないって! 良いじゃないの目覚めたら目的地についているから一瞬よ!」
そうミチヨはマナミの顔を触った。その顔は柔らかい弾力に満ちていた。