軌道エレベーターへ
その女将校は実習航海教育隊の実習艦「パレンバン」艦長のグエン・ヘレンで遠く遡ればベトナム出身の家系であったが、見た目は欧米人のようだった。混血が進んだ時代においては珍しい事ではなかった。今回の実習船は航空宇宙乗務員学校アジア管区が運行するので、生徒の大半がアジア地域から集まっていた。
「今回の実習は二班同時に行います。見た目は機械のようになった運航乗務員課程と普通のままの運行管理課程を同時に行います。ですが喧嘩しないように!」
グエン艦長はそう言ってメタリックドールになったミチヨ達を引率し始めた。この時の「パレンバン」は運航乗務員課程と運行管理課程の生徒20人ずつと実習船の上官3人、機関部5人、戦闘要員2人の50人のほか便客50人が乗艦する予定だった。便乗客は国際機関の家族が中心で子供から老人までと年齢層が幅広かった。
ミチヨたちがいる宇宙港があるのは赤道に近い第3軌道エレベーターの真下だった。ここは東経130度付近のインドネシアの赤道直下の島に設置されていて、「パレンバン」は軌道エレベーターの先のステーションに係留されていた。宇宙港から出発できるのはパトロール艦など一部だけに限られていた。特にワープ機関を備えた宇宙船は大気圏内への飛行に制限があるため、必要がなければ地上に降りてくることはなかった。だから実習生たちの集合場所は地上であった。
ミチヨのようにメタリックドールに改造された男女が整列して宇宙港からの出発手続きが行われていた。機械と一体化してしまう運行乗務員実習生は普通の乗客よりも厳重にチェックが行われていた。地球圏から出ていく場合、異なる地球外生命体と接触するリスクがあるからだ。
大半の実習生は人間らしい姿を好むものなのに、ミチヨほか四人はガイノイドそのものにしか見えない改造を受けているので管理官のチェックが厳しかった。すると管理官のエドガーはミチヨにこんなことをいっていた。
「大きなお世話だけど、わざわざこんなゴツイ機械の身体にならなくてもよかったんじゃないんか? サバイバル機能なんか選ばなくたって客室乗務員ならもう少しソフトなデザインを選べばよかったのに」
このときエドガーが見ていたのは生体としてのミチヨの顔だった。ミチヨは妹のマナミと二人で美人双子といわれているほどの美貌だった。本当なら反論したかったが、管理官の気分を害したら大変と我慢していた。
「知っていると思うけど、メタリックドールになった人間が地球圏に帰還する場合は極端に改造を受けたら入域を拒否されるから。だから改造されないように! それだけは気を付ける事!」
そういってエドガーはメタリックドールとしてのミチヨの情報を入力すると許可パスを出してくれた。予定ならミチヨは一ヶ月で戻ってくるはずだったが、戻ってこれたのは相当先のことであった。