焦げ茶色のビン 「後悔のない人生」
今日も少年は、たくさんのビンの中から1つを手に取り開く。
焦げ茶色のビン。堅く閉じられ、なかなか開かなかった。
「後悔のない人生を生きろ」
皆が言う。教訓のように、激励のように。
可能なのか、そんな事が。
思えば、後悔ばかりの人生ではあった。
友人と思っていた人物には手ひどく裏切られ、体は自ら傷つき、満足に頭も体も働かない。
「もしもあの時ああしていれば」という"if"の記号は、僕の人生にはひどく魅力的に映る。
それこそ、後悔の数だけで潰れてしまって、人生を終わらせたほうが気が楽じゃないかという程度に。
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赤ん坊は産まれた瞬間に涙する。
「赤ん坊の産声は、この世に否応なしに引き出される、恐ろしく不安でならない孤独な人間の叫び声なのだ。」
父親に、母親に恨みが有るわけではない。ただ直観的に「苦しい世界」だと分かるのだろう。
赤ん坊のうち幾らかは、その首にへその緒を自ら巻きつけてしまう。
産まれたとき、彼の呼吸は止まってしまう。
ああ、なんて苦しいのだろうと彼は産まれて2度めの後悔をする。
息の止まりかけた赤ん坊は、産医師に背中を叩かれる。息をするように、生かすようにと。
ああ、なんて痛いのだろうと彼は産まれて3度めの後悔をする。
スリーアウト、チェンジ。
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後悔は、人生において取り除くことの出来ない存在。
正しいと思って行っていたことが、時に反転して手酷い結果を招くことが有る。
その場の運次第で、なにも悪いことを行っていないのに最悪の結末に至ることも有る。
だから、「後悔のない人生」なんて人間には送ることが出来ない。
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死というのは時折、予想外の方向からやってくることがある。
いつの間にか、同級生がいなくなっていた。物心ついたときには、祖父は亡くなっていた。
その人達は、病院で今か今かと可能な限り納得の行く方法で、死ぬ瞬間を迎えようとした結果の末なのか。
あるいは昨日まで普通に暮らしていたものの、異常な形で命を失ってしまったのか。
その人達にとって、彼ら自身の人生はどう映ったのだろうか。
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死ぬ瞬間の後悔。
おそらくは、死ぬことへの後悔。
その時、彼らはそれまでの人生の後悔をどう考えたのだろう。
死ねない、と思った。
簡単に後悔に潰されて、死んでしまうわけにはいかない。
これを書いた彼は、どうなったのだろう。
名前も書いておらず、筆跡も今まで見たことのないものである。
最も、少年自身は筆跡をいちいち覚えることも出来ない性分であったが。
ビンを海へ放り投げると、それは溶けるように海に沈んでいった。