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1-6

 挨拶を終え、謁見室を出たその瞬間に、扉のすぐ外で待ち構えていたリーディアに捕まった。


「お姉様っ」

「っ!」


 扉の開かれた音に反応して顔を上げ、リーディアはウルシュラの姿を認めて表情を輝かせる。壁に預けていた背を勢いをつけて放し、駆け寄ってきたリーディアにウルシュラは一瞬だけ驚いた顔をする。

 しかし、リーディアがこの面会を知る事は難しくなかっただろうし、昨日追い返した時の態度から見ても、予想してしかるべき行動だった。


「ご一緒してもよろしいですか?」

「ええ、よろしくてよ」


 頷き、ヴィラには目だけで促し、リーディアと並んで歩き出す。

 リーディアとは違い、隙のない直立の姿勢でウルシュラを待っていたヴィラは、数歩分の距離を保って、二人の後ろからついて行く。


「お姉様ったら、昨日はぜんぜん会って下さらなかったのです! 私はすっごく寂しかったのです!」

「ごめんなさい。昨日は少し気分が優れなくて」

「分かっているのです。ヴィシリアスの幻獣の翼はとても速いですが、それでもお姉様には大変な旅であったのだとは……」


 ヴィシリアスを最強たらしめる、翼ある幻獣の持つ力は制空権だけに留まらない。様々な種が持つ獣としての力も勿論、機動力の速さも大きな武器だ。

 特に竜は馬で一月かかるような距離を、最速で一日弱で飛びきる。今回リュクレシア到着までにかかった時間は、僅か一週間だ。馬で地上を行けば、優に数ヶ月かかっただろう。


 クロツィアエル最北に位置するヴィシリアスと、中央に位置するリュクレシアでは、それだけの距離がある。

 それも、騎士ではない侍女や侍従などを連れてきたための日数だ。騎士だけならば、掛かる時間は更に縮まる。


「恥ずかしい話だけれど、そのようね」

「恥ずかしくなどないのです! そのようなお体でも公務に努めるお姉様は、本当に格好いいのです!」

「ありがとう」


 さりげなく腕に絡みつこうとするリーディアを、こちらもやんわりとかわしつつ、ウルシュラは公務で貼り付けている笑顔よりも、幾分柔らかな笑みを浮かべる。自分に純粋に懐いているリーディアが、可愛くないわけではないのだ。


 この調子では、昨日の不在を隠すのは大変だっただろう。エルマの苦労が目に浮かぶようだった。

 性格は多少苦手な部類に入るが、リーディアと親交を深める事はウルシュラとしても望むところだ。

毎日は辟易するが、来る前からできる限り時間を作ろうとは思っていたので、待ち構えられていても今日の所は問題ない。


 しかし、個人感情はともかく、リーディアの振る舞いは決して褒められたものではなかった。


「殿下、ウルシュラ様が困っておられますので、その辺りで……」


 見かねた側付きの侍女にまで、そうたしなめられる始末だ。


「……お姉様、困っていらっしゃるのですか?」


 そろり、と見上げて伺う様子で聞いてきたリーディアは、ウルシュラの不興を買う事を――というより、単純に嫌われる事を恐れているようだった。

 言われなければ気が付けない盲目っぷりは、さすがにそろそろ、どうにかした方がいいとは思う。


(けど、まあ、リーディアはまだ十五だからな)


 甘やかされる環境だから、多少幼くても仕方がない。もう少し年を取れば自然に落ち着いて、何とかなるだろう、と期待している。


「そうね、少し。わたくしはあまり人に触れられるのは得意ではないから……」

「分かりました。止めるのです」


 少し名残惜しそうに、しかしリーディアは触れてこようとするのを諦めた。


「でも、いつか私には慣れて下さると嬉しいのです」

「努力するわ」


 一生来ない日を前向きな言葉で誤魔化したウルシュラの背後で、ヴィラがウルシュラだけにかろうじて聞こえるような小さなため息をつく。

 リーディアと連れだって、与えられた客室にまで戻る。ヴィラが開けた扉を潜り、声を掛けた。


「戻ったわ」

「お帰りなさいませ、ウルシュラ様」


 出迎えたエルマが、腰を折って頭を下げる。


「リーディア殿下がいらっしゃっているの。お茶の用意をお願い」

「かしこまりました」


 一礼し、部屋を出て行ったエルマと入れ替わりに、リーディアがウルシュラについて中へと入る。


「お邪魔しますのです」


 弾んだ声でそう言って、リーディアはいそいそとテーブルの側にある猫足のソファに座る。

 ソファは落ち着いたワインレッドの皮張りで、背もたれのクッションを二重にしてから思いきり体重を掛けた座り方をする。公式の場ではまず許されない、見た目を考慮しない体に楽な体勢だ。

 その隣に優美に腰掛けて、さて何を話そうか、とウルシュラが迷った所で、丁度いい物を見付けた。


「可愛らしいブローチね」


 ドレスの胸元に飾られた紅玉のブローチを褒めると、リーディアはぱっと顔を輝かせた。


「そうなのです! 昨日、このグレーテが見つけてくれたのです」


 この、という所でリーディアは側の侍女を指し示し、グレーテと呼ばれた侍女が頭を下げた。


「見つけた?」


 妙な言い回しだと思って首を傾げる。見つくろった、が妥当ではないだろうか。


「各国の皆様からお贈りいただいた品々の中から、僭越ながら私が選ばせていただきました」

「だって私にはよく分からないのです。私の選んだドレスや宝石は、アトルーシェ兄様が駄目って言うのです。レグナストル兄様は褒めて下さるのに」


 そんな所からも、リーディアがアトルーシェに苦手意識を持つ理由が察せられる。


(アトルーシェ皇子の方が正しいんだろうが、女性としては面白くないだろうな)


 そう想像できてしまえるから、ウルシュラは曖昧に微笑んで言及を避けた。


「グレーテに任せた方が完璧なのです。一度も兄様にやり直しさせられた事がないのです」

「恐縮です」


 まるで自分の事のように胸を張るリーディアの後ろで、グレーテが控えめに頭を下げた。主はともかく、リュクレシアの人材そのものが枯渇している訳ではないらしい。


「グレーテは何でも完璧なのです! お茶もお菓子も美味しいのです。そうだ! お姉様にもぜひ飲んでいただきたいのです!」


 明るい紅の瞳を更に活き活きと輝かせ、リーディアは突拍子もない提案を、名案だとばかりにそう言った。


「お姉様。ぜひ、グレーテのお茶を飲んで欲しいのです」

「え、ええ。機会があればぜひ……」

「今なのです! だってお姉様は、またいつ一緒にお茶ができるか分からないのです!」


 ぽふぽふっ、とソファの表面を軽く叩きながら、リーディアは譲らずに言い募った。

 公務でも露出の少ない病弱の王女としては、今回は大丈夫だから、とも言えなかった。言ったとしても、リーディアは納得しないだろう。


「分かったわ。それでは、お願いできるかしら」

「はい! なのです! グレーテ、お茶の用意を」

「え、は、はい。い……今、ですか?」

「今なのです!」

「はい……」


 支度はすでにエルマが始めている。代われというのも中々失礼な要求だが、リーディアにその意識はないようだった。


 グレーテの方は戸惑った様子を見せたが、主の命となれば従うしかない。頷き、部屋から出て行った。

 しばらくして、入れ代わりにエルマが厨房から戻ってきた。表情が心なしか不機嫌そうだ。侍女としてのプライドを傷つけられた気分だろう。


(……やれやれ)

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