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「!」


 ウルシュラの言わんとする所が分かって、ユリアーネははっとした表情をする。

 神の貴色を持つウルシュラが現地の人間のように話せたとしても、それは相手に舐められるのと出し抜かれるのを防ぐ程度の意味しかない。


 しかし、違和感を与えない容姿をしているのならば、現地の言語に熟達している事は、非常に役立つ。

 今の男の風貌は、リュクレシア人として違和感のあるものではなかったが――


「自信があるからあれだけペラペラ喋るんだろうし、実際らしい訛りもなかったしな。綺麗過ぎるってだけで」


 カドゥーリアの国名や地名を、相手の訛りを加えて誘ってみたが、駄目だった。むしろ余計に警戒させてしまった感がある。

 だが疑われているのを知った後、相手は慣れた地名を少し慎重になって口にした。だから余計に違和感があった。


 ――気がする、という程度だが。ウルシュラはこの手の疑いは、黒である前提で調べる事に決めている。


「一番クロツィアエルに近くて、よく出て来る自国の固有名詞ぐらいは練習するか。けど、やり過ぎたかもしれない。黙ってアトルーシェ皇子に報告だけしておくべきだった」


 多少苦い表情をして、ウルシュラは息をつく。


「おそれながら、さしたる問題ではないかと思われます。例えカドゥーリアの密偵だったとしても、市井の露店で聞ける話など、所詮噂話の域を出ない物。大した事でもないでしょう」

「まあな」


 淡々と言われた、事実とフォローの両方を兼ね備えたヴィラの言葉に、ウルシュラも頷く。

 中枢に入り込むのは難しく、今のところ適っていないが、カドゥーリアの主要都市に密偵を放つ事ぐらいは、ヴィシリアスでもやっている。何も追及せずにネックレスを購入して離れたのは、ヴィラと同意見でもあったからだ。


(市井で露店を開くぐらいで、何ができるはずもない)


 リュクレシアに限らず、クロツィアエル諸国では要職に就くための身分証明が不可欠だ。


 家柄や血筋にうるさい、という意味ではなく、もっと根本的な自国民である証――神力の発動による証明が必要だ。

 カドゥーリアの人間には絶対に持ち得ないもの。王宮内にお互い間者を送り込みずらいのは、どう足掻いても真似る事の出来ない神の力があるからだ。


(――だから、早々入り込めるはずがない……)


 そう冷静な部分では思っているのに、妙に胸騒ぎがするのは、男が玄人だったせいだろう。城下の様子を探るだけの人間にしては、技量が高い気がしたのだ。

 とはいえ、ここはクロツィアエル同盟の宗主国、リュクレシアだ。慎重を期した結果だとも見える。


(まあいい。ここはヴィシリアスじゃない。俺の勝手な裁量で動くのは間違いだ。後の判断はリュクレシア側に任せよう)


 素性を断言できない怪しい男の事は、とりあえず保留しておく事にした。





 露店で気にかかる男を一人見かけた他は、リュクレシアは実に平和だった。クロツィアエル加盟国の一つであるヴィシリアスとしては、非常に喜ばしい事だ。

 翌日、皇帝との面会を許可されたウルシュラは、ヴィラを謁見室前の通路に残し、一人で扉を潜っていた。


 屈強な近衛騎士二人掛かりで開閉される、両開きの重厚な扉は木製だ。磨かれてよく艶の出されたそれは、金属とは違う荘厳さと静謐さ、威圧感を与えすぎない柔らかさが同居している。


 長方形の形をした部屋の最奥に、三段分の階段が設えられ、中央に玉座が置かれている。そこにはすでに皇帝が席に着いていた。

 入り口から玉座に続くまでの道のりは、毛足の長い赤の絨毯が敷かれている。皇を守るために兵が控えるべき両脇には、今は誰もいない。皇帝の玉座の下に左右一人ずつ、二人の近衛騎士が控えているだけだ。


 それは、リュクレシア皇帝からのウルシュラへの信用の証でもある。

 決められた位置で立ち止まり、ウルシュラは優雅に腰を折って挨拶をする。


「ヴィシリアス第一王女、ウルシュラ・クルースウェール・ヴィシリアスにございます。お目通りいただきありがとうございます、陛下」

「良く参られた。ウルシュラ王女」

「ご招待いただき、ありがとうございます。建国と、次期皇帝陛下御指名のお祝いは、また当日に致したく存じます」


 声を掛けられ、顔を上げたウルシュラは上品に微笑みそう言った。

 そのウルシュラと同様の、感情を悟らせない上品な笑みで武装した現リュクレシア皇帝は、四十手前の実年齢よりも、少しだけ若く見える整った顔立ちの淑女だった。


「そなたの顔が見れたのは嬉しいが、あまり無理はせぬように。民の期待する王女たらんとする姿勢は立派ではあるが、まず、何より己を慈しみなさい。私は、そなたが己に厳しすぎるのが心配になる」


 言うと、皇帝は玉座を下りウルシュラの元まで歩み寄ると、そっと頬に指先を触れさせた。

 そこにあるのは、純粋な慈愛の心だ。


「他国を訪れるのは、そなたには大きな負担があろう」

「お心遣い、ありがとうございます」


 選ばれ、掛けられる言葉は、側に控える近衛騎士達に聞かれても何ら不都合のない、病弱の王女へ向けるのに相応しい言葉。

 言った事も言われた事もないが、ウルシュラは皇帝が『知っている』のだという事を、確信している。


(多分、レグナストル殿下との婚約の時の騒ぎで、だろうけどな)


 すでに白紙になっている婚約話を、ウルシュラは思い返した。

 普通ならばお互い妥当な地位と立場だったが、ウルシュラが普通でなかったため、意図的に破棄に持ち込んだ。


 エルマの言うように、リュクレシア側が無能な皇子を押し付けて来たのだとは、ウルシュラは思っていない。


 どれだけ本人がお花畑でも、レグナストルの直系血族としての力は優秀だ。リュクレシアの行使する神力の中には、癒しの奇跡と呼ばれる驚異の治癒術がある。

 むしろ、宗主国には頼って来ない病弱な王女への、リュクレシアからの気遣いだったのだと思っている。


 意図的な破棄の工作は、気付かれないよう進めたつもりだが、皇帝は気が付かない程暗愚ではなかった。当の本人であるレグナストルは気付かなかったようだが。

 その時に一緒に気付かれたのだ。何故ヴィシリアスがリュクレシアに対して、そのような暴挙に出たのか、という部分までも。

 ユリアーネの有する、アルケナの力こそが必要な理由を。


 工作に気付いたにも関わらず、何の咎めもなかった事がその証だ。ウルシュラが『王女』でなくては困るのは、クロツィアエル全ての国に共通している。


「リーディアが、何か迷惑はかけていまいか?」

「いいえ、大変良くして下さっています」

「そうか」


 ふふ、と小さく忍んだ笑い声を上げた一瞬だけ、皇帝は、国の主ではなく、母の顔を覗かせた。


「あの子は大変にそなたを慕っていて……。もう一月も前から、そわそわと落ち着かなかったのだよ」

「光栄です」

「ウルシュラ王女。どうかこれからも、あの子の良き姉でいて欲しい。遠い賢人の話をされるよりも、憧れの背中に追いつこうとする方が、やる気も出るし分かり易い」

「……光栄ですが、わたくしは、相応しくありません」


 皆を騙している『姉』として以上に、皇帝を継ぐリーディアが追う目標として、相応しくない。


 『王女』を演じる事に罪悪感はない。それは必要な事だったと、今でもウルシュラは思っている。

 必要上王位を継ぐつもりでいるが、王には本来、なってはならない。ウルシュラにはその自覚がある。

かつて思い知らされた事がある、と言った方がいいだろう。


「だから、そなたは厳しすぎる、というのだよ」

「甘いくらいだと思っておりますわ。もっと、自覚を持たねばならないと……」

「そんなに追い詰めては、心が壊れてしまう。……あぁ、うん。リーディアの、すぐ気を取り直せる所は、そなたも見習っていいかもしれない」

「善処いたします」

「王女。私は、クロツィアエルの皇帝としてそなたに感謝しているし、尊敬してもいる。だから、そなたの幸せを願わずにはいられない……。何かあれば、遠慮せずに頼りなさい」

「ありがとうございます、陛下」


 恭しく頭を下げたウルシュラに、皇帝は少し、苦笑をして。


「言っても、頼らぬのだろうな。そなたは」

「陛下に頼っていただく事が、わたくしの目標ですので」


 にっこりと笑って言ったウルシュラに、皇帝はぱちり、と目を瞬いて、くすくすと笑った。


「本当に、そなたは頼もしい。どうか、そなた達の時代になったその時は、リーディアをよろしく頼む」

「はい。我が幻獣の翼にかけて」

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