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1-3

「相変わらずなのね、リーディア殿下は」


 案内されたばかりの部屋を出て、すぐにウルシュラを訊ねたユリアーネは、少し困ったように微笑した。


「あれはもう変わらないだろうな。まあ、アトルーシェ皇子がいる間は大丈夫だろう。もう結婚もされてるし、婿に行く事もないからな」


 先ほどまでと口調をがらりと変えて、ユリアーネに苦笑しつつ、ウルシュラは穏やかに応じる。


「そりゃあ、外交のために外に出すのなら、誰だってレグナストル皇子を押しつけますわよね」


 この場の誰よりも不敬な事をさらっと口にしたのは、肩口までの淡い桃色の髪と、碧の瞳をした十三、四程の少女だった。

 黒のタイに青の長袖、丈の長い白のエプロンドレス。機能よりもデザイン性を重視した、上級侍女の出で立ちだ。


 彼女自身も伯爵家の次女という生粋の貴族である、ウルシュラの側付き侍女であるエルマ・ラーヴェラ・カレットだ。


「けどだからって、あんなお花畑皇子を我がヴィシリアスに押し付けようだなんて、皇帝陛下もあんまりですわ」


 すでに白紙になっている話ではあるが、一度、ウルシュラにレグナストルとの婚約話が持ち上がった事がある。

 レグナストルの無能ぶりが有名だけに、エルマはその一件がいたく気に入らないのだ。


「エルマ殿、口を慎みなさい。ここはリュクレシアです。ウルシュラ様の浄室と同じ気分でいてもらっては困ります」


 部屋の中にいる最後の一人は、灰銀の髪と灰青色の瞳をした、背の高い硬質な雰囲気の美女。名をエルヴィーラ・ノイエ・プランジェといい、ヴィシリアスの誇る幻獣騎士団の一つ、不死鳥騎士団副団長を務める女傑だ。どことなくウルシュラに似た面立ちなのは、彼女が従姉であるためだった。


「分かってますわ」


 ちょっと拗ねたような口調でそう言ったエルマは、失言の自覚はあるが、反省はあまりしていない様子だ。

 事実を言って何が悪い――と、世の中の機微を無視する、若さゆえの向こう見ずさが透けて見える。貴族であり、甘やかされて育てられているのも原因の一つだろう。


 その態度にヴィラが再び口を開きかけたのを遮って、まあまあ、とユリアーネが間に入って場を取りなす。


「ちょっと言いすぎだったけど、ここはリュクレシアよ? 盗聴の怖れのある敵地というわけでもないんだし、ヴィラも、そう固くなりすぎなくても良いじゃない」

「ユリアーネ殿下とウルシュラ様は、よろしいかと存じます。しかし私やエルマ殿が口にするには、あまりに身の程知らずな物言いと考えます」

「エルヴィーラ様は堅物すぎるんですわ」


 ヴィラの方は、役職と年齢が感情的にならずに話す事を身に着けさせ、淡々とした悪感情の見えない話し方をするが、エルマは素直に面白くなさそうだった。

 表面上表さなくても、ヴィラはエルマのその幼さを、あまり快く思っていない。


 ウルシュラを通して二人共それなりに付き合いはあるのだが、性格の反りの合わなさというものは、少々の時間では適度な間合いを取る事すら難しいらしい。


「まあ、両方正しいと言えば、正しい」


 やり取りを一通り聞いてから、苦笑しつつウルシュラは会話に割って入った。主から下される裁定に、ピタリ、と場の空気が変わる。


「今のところクロツィアエルに俺を狙う動機はないはずだが、それは俺の常識ではだ。世の中には、常識の通じない馬鹿が間違いなくいる。俺は死ぬわけにはいかないし、致命的な弱点を常に抱えていると言っていい。どこだろうと警戒して悪い事はない」

「はい……。すみません、ウルシュラ様」


 しゅんと落ち込んで、エルマは素直に謝罪をした。ヴィラに対しては素直になれなくても、ウルシュラには従順だ。

 それは主だから、という理由以上に、エルマが少女として抱く感情が起因している。ヴィラに対して素直になれないのも、同じ理由による部分が――多少ならずある。


「だからと言って、宗主国たるリュクレシアで無意味に警戒を露わにする事はない。相手の気分を損ねるだけだからな」

「はい」


 ヴィラもまた、ウルシュラの言葉に粛々と首肯した。


「とはいえ、俺だってこうしてお前等とは素で話してる訳だし、これぐらいは許容範囲だろ。そもそも、その程度の常識をわきまえていないなら、とっくにどちらも殺してるし、今頃ヴィシリアスはカドゥーリアと戦争真っ最中だろう」


 色自体は明るく、柔らかなもののはずなのに、ウルシュラの青の瞳がふと冷酷な光を宿す。そうすると、繊細な美貌の印象が一気にきついものになる。それはウルシュラが本気で言っているからだ。


 ここにいる者は皆、ヴィシリアスにとって致命傷となる、ウルシュラの秘密を知っている。それ故に、能力の無さは罷免だけでは許されない。裏切りなど言語道断。その咎は、命を以って支払う事になる。


「それはそれとして――ユリアーネ」

「何?」

「薬持ってきてくれ。解呪の方の」

「ここ、リュクレシアよ? いいの?」

「せっかくリュクレシアに来たんだぞ? 『病弱の王女』じゃフラフラ出歩けないだろうが」

「分かったわ」


 二度は確認しなかった。頷き、椅子から立ち上がったユリアーネは、自分の客室へと戻り、高さ十センチほどの小瓶を持って戻ってきた。

 透明なガラス瓶の中には、なみなみと金色の液体が入っている。


「どうぞ」

「ああ。すぐ着替えるから、お前は戻ってろ」

「私だけ? エルマはともかく、ヴィラもいいの?」

「エルマは俺の侍女で、ヴィラは護衛だ。『女性』はお前だけだ、ユリアーネ」

「……分かったわ」


 きちんと女性として扱ってもらえる事が、嬉しいような、仲間外れにされている気分で悲しいような、複雑な気分でユリアーネは頷き、再び部屋の外に出た。


 ユリアーネが部屋から出ると、すぐにウルシュラは小瓶の中身を飲んだ。僅かな苦みが舌を刺激するのにも、もう慣れた。


 体を覆っていた光の粒子が解け消えて、その内側にある、隠されていたウルシュラ本来の姿が現れる。

 背を流れる長い純銀髪はそのまま。青の瞳も変化はない。女性にしては高かった背丈は更にもう少しだけ伸び、百七十の半ば程。宗教画に美の神のモデルとして描いても通用しそうな、線の細い感のある白皙の美貌と均整のとれた理想的な肢体は――間違いなく、男性のものだった。


「失礼いたします」

「ああ」


 声も当然の如く、声変わりを果たした男のもの。その全てを覆い隠して誤魔化しているのは、ユリアーネの持つ魔術師の神力。


 月神アルケナを祖とするマトレイアに所属するユリアーネの持つ神力は、現象の変化を司るというもの。

 ユリアーネの協力の元、ウルシュラはとうにドレスでは誤魔化せなくなった今も、王女として表舞台に立ち続けている。そして成人を迎える来年には、女王もそのまま継ぐつもりだった。


 ウルシュラの『病弱』はただの設定だ。薬の効果時間には限りがあり、中座しても怪しまれないよう、必要外の露出は普段から控えている。


 エルマの手によって、儀礼用の装飾の多い軍服を脱ぎ、続いて一般的な竜騎士の制服を身につける。

 宗主国たるリュクレシアへの訪問なので人数は多くはないが、王女として許されるぐらいの護衛や使用人は連れて来ている。その中の一人として竜騎士姿で動いても、特に目立つ事はないはずだ。


 王女の時は複雑に編み込んで飾り立てる長髪も、男装の時は邪魔にならないよう一括りに纏めるだけ。

 神の血統を表す貴色は、いかなる方法によっても人工的には再現できず、変化も受け付けない。同じく神の力を継ぐユリアーネの魔法薬をもってしても、短い髪を長く見せかける事すらできなかった。


 幻術によって長くうっとうしい髪から解放されると喜んで切った後、誤魔化せないと分かって物凄く慌てた十四の過ちも、今ではいい経験だ。


 貴婦人の立ち居振る舞いも、言葉遣いも、表情まで、ウルシュラは幼い時から自分に徹底した。万が一にも男である疑いを掛けられてはならなかったから。

 それが嫌だと思った事はない。全ては王族に生まれた己の義務であり、それを果たすための方法でしかなかったからだ。


「やっぱり、ウルシュラ様はこちらの方が素敵ですわ」

「違和感があったか?」


 だから、ほんのりと頬を染めて言ったエルマの言葉は引っかかって、眉を寄せてそう訊ねる。

 女性の目から見て王女の自分に違和感があるのならば、早急に改善しなくてはならない。


「い、いえ。そういう事ではございませんがっ。やっぱりそのっ、ウルシュラ様は男性なのだと改めて……」

「……あぁ」


 十四の少女に、男の半裸に全く照れを抱くな、というのも無茶なのだろうとウルシュラも納得した。この中では、首をすげ替えたばかりの侍女であるエルマが、一番付き合いが浅い。


 ウルシュラ自身は着替えにしろ入浴にしろ、人の手や目があるのが当然の生活をしているため『侍女』や『護衛』には、例え全裸を見られようと何とも思わない。ユリアーネに言った通り、ウルシュラにとって彼女達は『女性』ではないからだ。


 ただ、『女性』であるユリアーネには、晒すようなものではないという意識はある。


「すぐにとは言わないが、早く慣れろ。王女の着替えを手伝って、侍女が一々顔を赤らめてたら不審だ」

「は、はいっ。慣れますっ」


 先の侍女のようにクビにされたくない一心で、無理そうだと思いつつ、エルマはこくこくと何度も頷いた。


「ヴィラ、お前も。護衛であるお前が俺から目を逸らしてどうする」

「窓の外を警戒しておりました」


 こちらは着替えが始まってすぐ、体ごと窓へと向き直って、一切何も見ていないはずだが、冷静な声と反して耳と、不死鳥騎士団隊服の詰襟から僅かに覗く首が、これでもか、という程に赤い。


(まあ、ヴィラは一々着替えに立ち合う訳じゃないから良いけどな)


 幼い頃から、ヴィシリアスに対して、ではなくウルシュラを主として忠誠を誓うヴィラの事は、信用している。

 ただ、このような場合には連れて来ない方がいいかもしれない、とは思った。

 こんな所でも、一々性別は足を引っ張るのだ。


「ユリアーネを呼んで来い。城下見学に出るぞ」


 意味のない溜め息をつく代わりに、必要のある命令を下して、妙に疲れた気分を押し隠した。

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